静かなる夜・4
今夜はもう遅いから、と、詳しい話は明日ということになり……
デニムたちは夕食の後、コットンに部屋へと案内された。
居間の奥には廊下が続いていて、その両側に部屋が並んでいるようだ。
意外に広い家なのかもしれない。
「ごめんな……宿まで貸してもらって」
前を行くコットンに、デニムがちょっとだけ済まなそうな声で声を掛ける。
コットンは、気にしないで、といったように首を振ると、はにかむような笑顔を見せ、奥まった所にある一室のドアを開けた。
「じいちゃんがここ使って、って……」
言いながらパタパタと先に中へと入っていき、設えられた机の上に持ってきた灯りでランプを点ける。
暖かみのあるオレンジ色の明かりに浮かび上がった室内は、広くはないが清潔に保たれていそうだ。
ベッドもちゃんと二つあり、机を挟むようにして置かれている。その上には既にそれぞれシーツと枕、畳まれた上掛けが準備してあった。
その二つのベッドの間、机の後ろの壁には幅が狭く、縦に妙に長い窓が一つ。
その向こう側は暗く沈み、景色は見えない。
二人は礼を言い、それぞれの荷物をベッドの横に置いた。
向かって右側にカシミア
左側にデニムが陣取る。
役目を終えたコットンは、
「じゃあ、僕、こっちの部屋だから……何かあったら言ってね」
と、廊下の反対側の部屋を指し、「おやすみなさい」の言葉と共に部屋を出て行った。
パタン……
閉まったドアをしばし見つめ、コットンの気配が遠ざかるのを確認して……
「ふぅ…………」
どちらからともなく深い溜息が漏れた。
顔を見合わせ、殆ど同時に苦笑する。
「…………巻き込まれちまったな?」
ポツリと言葉を零しながら、デニムは立ったまま装備を外し始めた。
「……巻き込まれなくても自分から踏み込んでいっただろうけどね?」
肩を竦めてそう返し、カシミアもまたローブの襟を緩める。
「まあ、否定はできないけどさ……」
カシミアの言葉にさもありなん、と頷きながら、デニムはそろり、と続けた。
「でも、お前は良いのか?」
「…………何が?」
ローブを脱ぎ終わり、ブーツの紐に手を掛けながらカシミアが返す。
「いや……俺はいいけどさ、お前には旅の目的があるだろ?」
外した装備をベッドの脇に並べ、デニムはカシミアの方を振り返った。
カシミアも同時に顔を上げ、「今更?」といった様子で眉を顰める。
「もう引き受けたんだし……今更何も言わないよ。目的って言ったって、殊更急がなければならないものでもないしね……」
言いながら、その蒼い瞳をふっと笑みに細める。
「それにここから上手く出られたとしても……見捨てて出てきたら、…………寝覚めが悪すぎるだろ?」
神官を目指そうという者が、困っている人を見てそのままにして置けるはずがない。
「僕は名ばかりの神官になど、なるつもりは無いよ」
きっぱりと言い切ったカシミアに、
「そうか……」
デニムは小さく呟き、唇の端を釣り上げた。
「分かった。ならばいいよ」
言って、その剣を左の枕元に置く。
ランプの明かりだけでは俯いたその表情は伺い知れないが、少なくともカシミアを嘲ってなどいない。
「…………そういうデニムはどうなんだ?」
ベッドに腰を下ろして、今度はカシミアが同じ質問を投げかける。
その問いに、デニムは目線だけをカシミアに向け、くすっと笑った。
「俺はお前の随行者だからな……お前の決めたことに従うよ」
「本当に……?」
すかさず訝しげな声を上げるカシミア。
「もし僕が断ったとしても?」
「…………お前は断らないさ」
ほんの少し底意地の悪い言い方をしたカシミアに、デニムはきっぱりと言い切る。
「お前は見捨てない……」
だから俺はお前と旅することに決めたんだ……
言葉にせず、剣の柄に触れながら、デニムは小さな笑みを浮かべる。
『守られるなど、真っ平御免なんだ』
試合に負けた後も、カシミアはそれを曲げることはなかった。
たおやかにも見えるその容姿に反した力強い瞳……違わぬ実力
一度剣を交えれば分かる……カシミアは決して弱くない。
むしろそこらの傭兵より強いだろう……
しかし、この世界にはもっと強い者たちがいる……人であれ、魔物であれ……
旅をしてきたデニムは、それを肌で感じてきた。
カシミアがどんなに強くとも、一人で立ち向かうにはこの世界は過酷すぎるのだ。
だからデニムはカシミアに『提案』した……
「……僕の『力』は、守るべきもののために使え」
デニムの心を読んだようなカシミアの言葉。
スッと目線をカシミアに戻したデニムに向かって、カシミアは呆れたように肩を竦めて見せた。
「……そう言ったのは君だろう?」
そう言ってにやりと笑うカシミアは、微塵も迷いを感じさせない。
その笑みに、
「ああ、そうだな」
同じようにデニムは笑みを返して頷いた。
「そうと決まれば……」
話はついた、といった調子で、カシミアは大きく伸びをする。
「することは多分山ほどあるだろうから、今日はもう早めに休もう」
言いながら布団に手を掛けようとして……
「……? 横にならないのかい?」
珍しく戸惑ったようにもじもじとしながら突っ立ったままでいるデニムに、訝しげに声を掛ける。
「あ……? ま、まぁ……な」
「…………」
「…………」
「…………あの、さ?」
「…………ああ」
「もしかして………………ご不浄?」
「…………」
目線だけで肯定を訴えるデニムを眺めやりながら…………
出物腫物……所嫌わず……
カシミアは腹の底から特大の溜息を吐いて、立ち上がった。
「そんなこと、我慢するなよ……コットンに場所を訊いてみよう」
そう言って部屋を出る。
慌てて後を追ってきたデニムを気配で確認しながら……
ついでに身体を拭くための湯でももらおうか、とコットンの部屋の扉を叩いた。
きわめて短い、デニムとカシミアの会話編、です……
けど……
はい、もう、なんかすみません。まさかご不浄が来るとは……(^_^;)
そのうちここは大幅に手直しするかも……
今回もよろしくお願いします<m(__)m>