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クラウンクエスト  作者: 空花
17/25

静かなる夜・3

 いつの間にか止まってしまっていた食事を、誰からともなく再開する。


 長老だけはすでに終わっているのか、ゆっくりと茶を啜っている。


 テーブルの上にはまだ料理が半分ほど残っているのだが……

 ちらり、とカシミアはデニムとコットンの方へと視線を向けた。


「…………」


 大柄なデニムはやはり食べる量が本来多い。しかし、コットンもまた成長期なのか、こちらもまたデニムに負けず……


 まあ、二人して食べる食べる……


 白くもっちりしたパンに片っ端から具材を乗せ、頬張って咀嚼しつつ眼はすでに次の獲物を狙っていて……


 ……この分ならば料理が残ってしまう心配はなさそうだ。


 苦笑に似た吐息を漏らして、カシミアはスープに口を付けた。

 湯気はすっかりなくなってしまっていたものの、このスープは冷めても美味しい……


 その味を堪能しながらも、カシミアはふと浮かんだ疑問を口に乗せた。


「でも……そんな目に遭ったというのに、君は傭兵を続けていたのかい?」

「んん? ……まあ、そうだな」


 皿の底のスープを匙で丁寧に掬いながら、デニムは当然のことのように続ける。

「俺にはそのくらいしかできないからな……」

 それにそこそこ稼ぎも良いんだよ?


 その言葉にそうか、と頷き、カシミアはパンの上に塩で茹でられた緑も鮮やかな鞘豆を乗せる。


 確かに傭兵ならば、一番手っ取り早く稼げるんだろうな……


 千切りにされた艶やかな黄色の野菜を更に乗せながら……


 不意に、一つ別の疑問が浮かんでくる……


 それを口にすべきかカシミアが悩んでいるうちに、デニムの皿のスープが完全に空になった。


「おかわりはいかがですかな?」

 それを見止めて、長老がいいタイミングで声を掛けてきた。


「あ、……良いんですか?」

 はにかむように笑ったデニムに、

「どうぞ、遠慮なさらず……量だけはたんとありますのでな」

 長老はそう言って微笑むと、オーボー達に眼で合図を送る。


 小人達はパタタタと忙しげに羽をばたつかせながらデニムの皿を運び、サイドテーブルに置かれていた未だ鍋からほっこりと湯気の立つスープをえっちらおっちらとよそって、デニムの元へと戻ってきた。


 ……その様がなんとも言えず愛らしい。


(まあ、いいか……)


 タイミングを失ったカシミアは、後で聞いてみよう、と疑問は心の隅に留めおくことにした。


 デニムの方はと言うと、小人たちの危なっかしいさまに見かねたのか、途中で手を伸ばしてホカホカと湯気の立つ皿を受け取っている。


「ありがとう……」

 礼を言ってから、ふとデニムは何を思ったか、足元に置いていたナップザックの中をごそごそとやりだした。


「……何してるんだい?」

 突然の行動に訝しむカシミア。


 しかし当のデニムはそちらに振り返ることもせず、

「いや……俺たちだけが食べてるのも、何だか具合悪いしさ……」

 言いながら、尚も今度は革製の保存袋をごそごそとやる。


 コットンがそれを見てクスクスと笑い声を上げた。

「心配しなくていいよ、お兄ちゃん。ちゃんといいものがあるから」


 妙に楽しそうにそう言って椅子から飛び降りると、奥の部屋へと駆けて行き、すぐに戻って来る。

 その手には布で蓋をされた小鉢が一つ……それをデニム達に差し出してみせる。


 蓋を取られ、二人が覗き込んだ小鉢の中には、白くて小さな塊がたくさん入っていた。


「何だ? ……アメか?」

「砂糖菓子だよ」

「…………砂糖菓子?」


 デニムが小首を傾げてその小さな菓子を一つ摘み取ると、一斉にオーボー達の熱い視線が注がれた。

 首を精一杯に伸ばし、そわそわソワソワと落ち着かない。


 きょとんとした顔のままデニムがコットンに視線をやると、コットンはにっこり笑って、

「あげていいよ」

と、元気一杯に頷いて見せた。


 それを見たデニムの表情がぱっと明るくなる。


 いそいそと菓子をいくつか手の平に載せオーボー達に差し出すと、オーボー達は空色の目を輝かせて一斉に群がった。


「うわっ、くすぐったい!」

 およそ姿に似合わぬ子供のような声を上げてデニムがきゃっきゃと笑う。


 …………大の男がきゃっきゃと言うのも何なのだが。


(こいつ……本当に無邪気な顔して笑うよな……)


 カシミアが半ば呆れた表情で見つめていると、デニムが小人たちに揉みくちゃにされながら、小鉢をカシミアに手渡してきた。


 それをつい反射的に受け取ってしまう。


「……?」


 意味が解らず首を傾げるカシミアに、デニムは破顔一笑、

「お前もやってみろよ」


「……僕が?」

 いや、いいよ……


 断ろうとして感じた気配にはたと視線を下げると、ばっちり小人と眼が合ってしまう。


「……」


 静かに、熱く訴えかけられ、困惑したカシミアがデニムに視線を移すと……


 デニムも全く同じ瞳をしてカシミアを熱く見つめていた。


 その眼を見た途端……カシミアはもう抗う気力も失せてしまった。


「解ったよ……ほら」

 デニムと同じようにしてそろそろと掌に載せた菓子を差し出す。


 オーボー達はキャイキャイと喜びの声を上げて、その手の菓子を取った。


 赤子のよりも小さな手が、さわさわとカシミアの手の平を擽っていく。


「な……可愛いだろ」

 デニムが愛おしげな声で囁きかける。


「…………確かにね」

 皮肉ではない、優しい笑みがカシミアの口元に浮かび……


 コットンも、嬉しそうにそんな二人を見ていた。


(幻獣狩り……か)

 オーボー達の無邪気な姿を見ながら、カシミアはさっきの男の事を思い出す。


 あの時男が狙っていたのはリュートだったが、当然、他の幻獣も犠牲になっているに違いないだろう……


「長老様、一つお聞かせ願いたいのですが……」


 すっかり満足したのか眼を細めて擦り寄る小人の頭を優しく撫でながら、カシミアは独り言のように口を開く。


「……何ですかな?」

「幻獣狩りのことについて……彼らの目的は一体……?」


 カシミアの質問に、一瞬コットンの顔がこわばり、デニムはスープを口にしながら、黙って聞耳を立てる。


 長老は重々しく頷くと、

「はっきりとしたことは分からないんじゃが……」

と、一つ前置きしてから声を潜めて話し始めた。


「夕刻にもお話しましたな……? 今、この狭間の世界には、数人の侵入者が紛れ込んでおりますのじゃ」

「先ほどのあの男達ですね?」

「左様、全てではありませぬがな……彼奴等はこの数ヶ月の間に多くの幻獣を連れ去って行ってしまいおった……」

「…………あんなやり方で?」

 口を挟んできたのはデニムだった。


 今一つ合点が行かない様子で首を傾げ、

「あれじゃ、連れ去る、というより“狩る”って言った方が……」

 匙を持つ手を降ろし、唸るような声を上げる。


 その表情を見ながら、カシミアにも疑問に思うところがあった。


 確かにデニムの言う通りだ……「連れ去る」という言い方が引っ掛かる。


 弓矢を使うのだけならまだしも、相手は魔獣まで召喚して来た。

 生粋の魔物に当然人と同じ理性など考えられない……


 確かに今回召喚された魔獣は数こそは多かったが、呼び出しただけでコントロールなど出来ているようには全く見受けられなかった。


 一体一体がたいして力が無くても、あんな状態では狙われた者はひとたまりも無いだろう……幻獣がどのくらいの力を持っているのかは判らないが、下手をすれば傷つけるどころか殺してしまいかねない。


「…………確かに決して良い方法とは思えませんね」


 初めから殺すつもりならばまだしも……


「あいつらの狙いは“種”だから……」

 二人の疑問に答えたのは、長老ではなくコットンだった。


 クルクルとした黒い大きな目を伏せ、悔しそうに唇を噛んでいる。


「……“種”? コットン、それは一体……?」

 気遣うように少し語調を和らげてカシミアが問う。


 次に答えたのは長老だった。


「幻獣の『命』そのものですじゃ……」


 幻獣はその生命の危機に瀕すると、自らの『命』を殻に閉じ込めるという。

 そうすることで『消滅』することを防ぐらしい。


(もしかして、あの光……?)


 カシミアはフルートに見せて貰った幻影を思い出す。


 とどめを刺されたように見えたあの三つ角の幻獣は、最後に光の中に消えたように見えたのだが……そのあと、とどめを刺した男はそこで何かを拾う仕草をしていた。


 もしかして、あれが……?


「……カシミア?」


 名前を呼ばれて、ハッと顔を上げる。

 声の方を振り向くと、薄っすらと眼を細めたデニムがじっとこちらを見詰めていた。


「なんか心当たりでもあるのか?」


 疑問形だが、どこか確信を持ったその響きに、カシミアは少し自信なさげにしながらも頷く。


 カシミアは、昼間にあったことを掻い摘んで話して聞かせた。


「なるほどね……」

 唇を尖らせ、眉を顰めたデニムが、その表情のままポツッと呟く。

「……その光っていうのが?」

 言いながら、デニムは確認するように長老へと視線を流した。


 その視線を受けて、長老は深く二度、首を縦に振る。


「その光の後に残るのが“種”ですじゃ」

「それを持ち去って、一体何を……?」


 カシミアの当然の問いに、しかし長老は疲れたような溜息を吐きながら頭を振る。


「それ以上のことは皆目見当もつきませぬ……どういうわけか、フルートも彼らの後を付けようにも見失うようで……」


 言葉が途中で消え、うなだれてしまった長老の肩を、コットンがそっと支えた。


 カシミアとデニムは痛ましいものを見るような眼でそんな二人を見つめる。


 彼らにとっては、きっといたたまれない出来事なのだろう……


 その様子から、いかに二人が幻獣たちを大事に思っているか容易に見て取れる。

 そしておそらく、この村……いや、この『狭間の世界』の住人もまた同じ……


 言葉を失った二人の異邦人に……


 突然長老は背筋をスッと伸ばし……

「このようなこと、外のお方にお頼みするのは筋違いかと存じますが……」

 そのまま深々とその身を折った。


「どうかお力をお貸しくだされ……」


 その様子に、隣にいたコットンも慌てて倣い、頭を下げる。


 デニムたちは、互いの顔を見合わせ……


「…………まあ、な」

「ここまで聞いたら…………ね」


 互いが同じ思いであることを確認し合う。


 もうすでに片足は突っ込んでしまっているも同じ……今更無関係な顔などできない。


 二人の呟きに顔を上げた長老に向かって、旅人たちは力強く頷いて見せた。

本日は少し早めに投稿できました!


ここからは少しペースダウンするかもしれませんが……

二日に一話は投稿していきたいと思います('◇')ゞ


今回もよろしくお願いします!

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