神樹の村・4
少し時間は遡る…………
カシミア達を待つ事に決めたデニムは、悠長に村の門に背をもたれかけて座り込んでいた。
暖かい陽気に誘われるように、大きなあくびなどをしている。
ぼんやりと眺める先にはさやさやとそよぐ丈の低い草……その向こうにデニムたちがやってきた森の小道が見える。
神様の樹のあまりの大きさに圧倒されて先ほどは気付かなかったが、草地はそれなりの広さがある。
その一角に人の手が加えられたようなやや丈の低い木が固まって生えている。実を付けているようにも見えるそれは、果樹園のようなものか。
頭の真上にあった太陽はその高度を少し落とし、デニムのやや右手の方向から柔らかい光が射している。
日没までにはあと少しありそうだ。
空は青く、雲の影は見当たらない。
「ほーんと、いい天気だよなあ……」
眠たげに一人呟くと、リュートがそばに歩み寄ってきた。
二、三歩離れたところで立ち止まり、後は何もせずにじっとデニムを見つめ続けている。
デニムはちょっと困ったような笑みを浮かべると、鼻の頭をぽりぽり掻いた。
「俺、カシミアみたいに話しできないんだよなぁ……」
しかし、もともと動物好きな性分のデニムにとって、目の前に居る生き物は無視できる存在では無い。
出来るならば、カシミアみたいに話しが出来なくても構わないから、是非お友達になりたいくらいだ。
「……そういや、お前さんたち何食うんだ?」
何気なく発したデニムの言葉が解ったのか、リュートの首がデニムの横に置かれた布袋のほうを向いた。
その袋をじっと見つめる。
袋は旅に欠かせない必需品とは別に非常用の食料を入れておくためのものだ。
中にはさっき採ってきて食べきれなかった木の実などが入っている。
「! ……そうか!」
リュートの視線にデニムは何かを思いついて、布袋から幾種類かの果物などを取り出すと目の前に並べた。
「おまえ、何が好きだ? 一緒に食べないか?」
そう言って赤くて丸い果物を取り上げるとリュートに差し出す。
リュートはしばらくつぶらな瞳でデニムを見つめていたが、やがてその首を伸ばすと、果物の匂いを嗅ぐような仕草をした。
デニムは嬉しそうな顔をして笑って果物をそっとリュートのほうに転がし、そして自分も同じ果物を取っていい音を立てて齧り始める。
その様子を見てリュートも安心したのか、大きく一つ鼻息を鳴らし果物をたった二口で平らげてしまった。
「……いい食いっぷりだなあ」
無邪気に感心していると、今度はねだるように幻獣が首を振る。
デニムは笑いながら、
「自由に食っていいよ……一緒に食おう」
言葉が通じたようにリュートは首を大きく振り、今度はすぐそばまで寄ってきて野イチゴを食べ始めた。
そのスピードは相当で、あっという間に全部食べ尽くすかのような勢いだ。
それを嬉しそうに眺めながら自分も次の果物を手に取り、デニムはリュートに言葉を掛ける。
「遠慮するなよ。少ししかないけどな」
どちらにせよ、今はじっと待つより他に何もすることが無い。
やたらに動いてカシミアたちとすれ違いになっては元も子もないし、何より小腹も空いている。
それに果物類は日持ちが悪い。
ポロの実は別だが、その他の加工の効かないものは食べてしまったほうがいいのだ。
ひょっとしたらカシミアが食べるかと思って多めに採ってきたものの、当のカシミアはほとんど見向きもしなかった。
それが少し残念ではあったものの、警戒する気持ちも解らなくも無かったから敢えて強制はしなかった。
それにしても……
デニムはリュートの食いっぷりを見ながら思う。
(せめてこれくらいとまでは言わないから、もう少し食べてくれたらいいんだけどなあ……)
でなければ、これからの長い旅に体力がついていくかどうか、正直不安はある。
ひ弱ではないし、しぶといのは解ってはいるのだが……
(大きなお世話だ、って言われるな……絶対)
その口調までありありと想像して、デニムは思わず吹き出した。
リュートが一旦食べるのをやめて不思議そうな眼でデニムを見る。
デニムは何でもないよ、と言うように優しくその首筋を叩いてやった。
果物が全て食べ尽くされてしまうのに、そんなに時間はかからなかった。
食べかすなど一つも残っていない。
「ああ、食った食った……」
デニムは満足げなため息をつくと、立ち上がって大きく伸びをした。
いつのまにか太陽は更に傾いている……日が落ちるのは時間の問題だろう。
「カシミア、遅いな……」
小さく呟き、門を見やる。
特別には心配していないが、さすがに少し遅すぎるか……しかし争うような物音はまだ聞こえていない。
何よりカシミアは神官だ。手荒なことにはなるまいが……
「なあ、リュート……やっぱり行った方がいいかな……」
何も応えは無いと知りつつ呼びかける。
心の中では、後しばらくしたら様子を見に行こうと決めていた。
すると、リュートが何かを感じたように村の奥に頭を向けた。
その耳が、何かを聞くように微かに動く。
デニムはその動きに気付き、息を殺して耳を済ませた。こちらに走ってくる足音がする。
「コットン、かな……?」
確認しようと門を覗き込んだその時、
「————!」
デニムとリュートは殺気を感じてすばやく横に飛びのいた。
彼らがいた場所に何本かの矢が突き立つ。
「何だ!? どっちを狙った!?」
ヒュッ————
考える間も無く二撃目が空を割いて飛んで来る。
狙いはリュート————!
「————ちっ!」
デニムは地面を蹴りリュートの前に踊り出た。
矢が目の前に迫る————
「————ッ!? リュートッ! お兄ちゃんッ!」
デニムを呼びに来たコットンが真っ青になって立ち止まリ、叫び声を上げた。
思わず両手で顔を覆う————次の瞬間————
キキキキーン!
聞こえてきたのは金属的な連続音だった。
「…………!」
コットンが恐る恐る眼を開けると、そこに見えたのは鞘付きの剣を片手に無造作に立っているデニムとその後ろに立つリュートの姿だった。
デニムの前にはことごとく打ち落とされた矢が散乱している。
「ふう……何だってんだ、まったく。穏やかじゃないな」
緊迫感の今ひとつ抜けた調子でデニムは軽く笑みを浮かべる。
そして肩越しにコットンを振り返ると、場にそぐわないほど優しい口調で、
「コットン、リュートと一緒に中に入ってるんだ。ここはちょっと危ないみたいだから」
言ってる間にもまた飛んできた矢を打ち払う。
目にも止まらぬ素早い剣捌き。
コットンにさえも判るほど……とても鞘がついたままとは思えない早さだ。
のんびりとしたイメージのデニムしか見ていなかったコットンにとって、ショックが大きかったのだろうか……コットンは凍りついたように動かない。
「……リュート、コットンと一緒に中へ」
それを見止めてデニムは苦く笑うと、リュートに向かって囁くように言った。
リュートは首を縦に大きく振ると、コットンのそばへと寄っていく。
それを確認して、デニムは二人に背を向けた。
「さてと……もういい加減隠れてないで出てきたらどうだ? こんな可愛い子を苛めて何が楽しい?」
矢の飛んできたほうに向かって言い放つ。
「…………人間などには用は無い。用があるのはその幻獣のほうだ」
応えはあるものの姿は見えない。
そうやってる内にも矢は飛んでくる。
邪魔者と判断したのか、矢はデニムの方を標的と定めたようだ。
「その幻獣をこっちに渡せば、お前達は見逃してやる」
状況を有利と見ているのか、嘲笑を含んだ色で声が続ける。
「…………隠れたまま言われてもなぁ」
本当に困ったようにデニムは苦笑する。
「そっちこそ、このまま引き下がってくれないか? 俺としてもできればあんまり戦いたくは無いんだが……」
軽口とも本気ともつかぬ調子でそう言いながら、デニムは矢を避け続ける。
驚くべきことにその息は少しも上がっていない。
そして冷静な瞳は矢の飛んでくる方向に当りをつけていた。
「————そこか!」
足元の小石を拾い上げると木の茂みの陰に向かって投げつける。
ゴツッ
木陰の奥で鈍い音が響いたと同時に、低いうめき声と物が落ちるような音がした。
デニムはその音に構わず、立て続けに小石を放つ。
大きな木の上のほうに一発。
そしてもう一発。
投げた小石は狙い過たず、見事に全弾命中した。
「よっしゃ! 当り!」
「ば、バカな!」
相手もさすがにこれには度肝を抜かれたらしい。
門の影から様子を見守っていたコットンも、ポカン、と口を開けてしまっていた。
いくらなんでも無茶苦茶すぎる……
子供のケンカではあるまいに、小石一個で物陰に隠れた狙撃手を逆に狙い撃ちにして倒すなど尋常な技ではない。
ガサガサと茂みの中を撤退していく気配に紛れて、呆然と呟く声が聞こえる。
「どうやって……」
「判るだろ、ふつー……あんだけ撃ってくれば」
本気なのか冗談なのか……デニムは何でもない事のようにさらりと言ってのける。
その口調からは判断がし難いのだが……鞘に収めたままの剣を肩にきょとんと首を傾げる様は本気で当たり前だと思っているように見える。
あまりにあっさりしすぎて相手は呆然としているのか、続ける言葉を失っている。
何とも言えない沈黙が辺りを支配して……
そして、突っ込みは意外にも後ろから来た。
「出来るわけ無いだろ……普通」
笑いを含んだような声。
無論、コットンのものではない。
デニムは振り向きもせず、にっ、と笑った。
「意外に早かったな……用は済んだのか?」
「まだ途中なんだけどね……」
そう言いながらデニムの背後に立ったのは……
メイスを右手に構え、戦闘態勢に入ったカシミアだった。
戦闘シーンは不得意です……(^_^;)
さて、うまくいきますことやら……
今回もよろしくお願いします(*^^*)