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クラウンクエスト  作者: 空花
12/25

神樹の村・3

「天地創生の時代……その身に光と闇を持って生まれたる……そは息絶えしものの魂の導き手……」


 目の前で起こっていることに気付いていないかのようにカシミアは呟き続ける。


 その声が次第に呪文の詠唱のような響きを帯びて来た。


「……」

 見守る長老の眉が、微かに動く。


「創世記神話の一説か……これは……」

「えっ……?」

 聞きとがめて、コットンが長老を見上げる。

 しかしそれに気付いていないのか、長老はカシミアを見つめたまま動かない。


 カシミアはどこか意識の遠くでそれを感じながらも、コットンに言葉を掛ける余裕も無く、眼の前の鳥から眼が離せないでいた。


 カシミアと鳥の視線が真っ向から絡み合う。


 意識の奥底に、探りを入れるように何かがするりと触れてくる……


 心の中に浮かび上がってくる言葉をそのままに、カシミアは詠じた。

「見届けしもの……幻獣、フルート……」


 名前を呼ばれ、鳥が一声鳴いた。フルートの身に帯びた輝きが、カシミアを抱くように包み込んでいく……


 その瞬間、カシミアは眩暈に似た感覚に襲われ思わず眼を閉じた。


 ふわり、と身体が浮き上がるような感覚……

 同時に、閉じているはずの瞼の裏に鮮やかな青い空が広がった。


(こ……これ、は……!?)


 風を切る音が耳に飛び込んでくる。


 流れる空の向こう側に天を突くように聳え立つ巨大な樹を認めた時、カシミアはこれがフルートによって見せられている幻影だと気付いた。


 交霊術……


 カシミアが先ほどリュートに向かって行った精霊術と似ている。


 しかしこれはそれよりもはるかに鮮明で、それだけでより高度な業であることが解る。


(何かを伝えようとしている……?)


 そうであるならば……カシミアは心の力を抜き、眼の前に広がる景色へと集中した。


 『神様の樹』とコットンが呼んでいた樹は、はるかはるか高みからやっとその全貌が見えるくらいに巨大だ。

 その枝葉は四方に伸び、それだけで小さな山を形作っているかのように見える。


 その神樹を中心に、見渡す限りの森が広がっている。


 くるりとその樹を一巡りして、少し高度を下げると、神樹の麓の一部が切り開かれ、そこに集落と畑が小さく集っている。

 これが今いる村だろう。


 見渡す限り、他に同じような集落と思しき影は見当たらない。


 神樹の聳え立つ場所は聖域だ。


 村から伸びている道の先、ちらりと建物らしきものが見える。


 景色は再び上昇し、今度は薄っすらと見える山の方へと向かった。


 山の影は延々と連なり、ぐるりと森を取り囲んでいる。

 その先は、いくら目を凝らしてもぼんやりとした靄しか見えない。


 この世界は閉ざされている……


 カシミアは唐突にそう理解した。


 まるでそれを確認したかのように、唐突に景色が切り替わる。


 山の麓の一角に突然濃い霧が現れたかと思うと、そこから数人の人影が姿を見せる。

 その人影は全員黒いローブに身を包み、それぞれが何か武器らしきものを携えている。


≪ヨソモノ……≫


 意識の奥底からそんな言葉が沸き上がる。恐らくはフルートの思考だろう……


 更に景色が切り替わり、今度は沢辺を見下ろす場所へと降り立つ。

 その眼下、美しく陽の光を弾く水辺には三つの角を持つ燃えるような真っ赤な躰をした牛のようにも見える生き物……


 平和に水を飲むその躰に風切り音と共に数本の矢が突き刺さる。


 ぶおおおおおおおお!


 驚き悲鳴を上げるその生き物に向かって飛び出した黒い影が、その手にした長剣を一閃させる。


 コォォォォォォ……


 悲鳴を上げる間もなく、三つ角の生き物は光の中に消えた……


 それを無感情な顔で眺め降ろすローブの男。

 何かを話しかけながら近くの茂みに隠れていた者たちが姿を見せる。


≪ナカマタチガ……カラレテイク……≫


 悲哀に満ちた思考……


≪タクサンノナカマタチガ……≫


 次々に浮かぶ見たことのない生き物……幻獣たち……


≪……………………≫


 そして、怒りとも憎しみともつかない感情を伴って現れる顔、顔、顔……


 言い知れぬ苦い気持ちを噛締めながら、カシミアはそれを心の奥に刻み込んだ……


「お兄ちゃん!」

 コットンが上げた大声に、カシミアはハッと眼を開けた。


 どうやら交感は終わったらしい……カシミアはそっと息を吐きだした。


 長老の手を振り切ったコットンが、カシミアの元に走り寄る。そして庇うようにして前に立つと、激しい眼で長老を睨みつけた。


「ひどいよ! 幻術かけるなんて! カシミア兄ちゃんは……」

「……大丈夫だよ、コットン」

「えっ」

 言葉を遮られ、思わずコットンはカシミアを見上げた。


 澄み切った湖のような青い瞳が優しくコットンを見下ろしている。幻惑されたような虚ろさはそこには無かった。


 カシミアは二、三度瞬きをすると、今度は大きく息を吐き、頷いて見せる。


「少し交感状態に入ってたみたいだけどね……大丈夫、長老様は何もしてないよ」

 微笑んでそう言いながら、カシミアは同意を求めるように長老に目を向けた。


「ふうむ……」

 長老は感嘆とも溜息ともつかない声を上げると、しげしげとカシミアを見つめ……

「フルートのことをご存知とは、恐れ入りましたな」

 そう言って、初めて笑った。


「いやはや、何とも……恐れ入りました。試すような真似をしたこと、お許しくだされ、カシミア殿」

 長老は神妙な面持ちで、頭を下げた。


 コットンは訳が解らなくなったようにきょとんとしている。


 カシミアは、落ち着き払った様子で微笑んだまま、軽く頭を振った。


「致し方の無いことかと存じます」

 見せられた幻影から、長老が『余所者』を警戒する気持ちは充分すぎるほど理解できる。


「申し訳ございませぬ……」

 その言葉にもう一度小さな声で謝罪し、長老は肩に乗るフルートへ顔を向けた。


 その豊かな髭に覆われた口から、感嘆の声が漏れる。


「しかしこの村の者以外で幻獣と意思を交わす者がいようとは……」


 その言葉に、いち早く反応したのはコットンのほうだった。


「あたりまえさ! だってカシミア兄ちゃんは聖霊様の言葉が話せるんだもの!」

 そう言ってきらきらと輝く目でカシミアを見上げる。


「ね、お兄ちゃん!」

「あ、ああ……」

 力強く同意を求められて、カシミアは曖昧な微笑を返すしかない。


「聖霊の言葉……」

 呟くように繰り返す長老に、再び振り返りながらコットンは大きな身振りで力説する。


「そうだよ! リュートともお話ししたんだ! カシミア兄ちゃんはきっと聖霊様が人間になってるんだよ!」

「あ、あはは…………」


 顔を紅潮させてそう言い切るコットンは子供らしくて可愛いのだが……


(この場にデニムが居なくて良かった)


 心底そう思いつつ、カシミアは笑うしかなかった。


 デニムが居たらきっと笑い転げていたに違いない。

 簡単に想像できてしまい、軽い頭痛を覚える。


 軽く首を振ってそれを追い出し、カシミアは一つ咳払いをした。


「あれは単なる古い言葉だよ、コットン。僕は聖霊様じゃないって……」


 何度も言っているだろう?

 口にする前に、ふぉっふぉっ、と長老の笑い声に遮られる。


 カシミアが眼を向けると、親しみのある笑顔を浮かべた長老が深く頷いて見せた。


「神代言葉ですな」

「ええ」

 ずばりと言い切った長老に、カシミアも頷き返す。


 長老は白い顎髭をゆっくりとしごきながら、何度も何度も頷く。


「今でも使いこなす者が、外の世界にはおりますのか?」

「いえ、今は一部の神官が特別な儀式のときに使うくらいです」

「そうですか。ではあなたは特別な教育を受けた神官と言うことですな」

「……」

 言われて、しかしカシミアは慎重に沈黙を保った。


 神官と言う立場は、確かにある意味では安全を保障される。

 神に仕えるその役職は、例えそれがどこの国であれ、敬意を払われ迎え入れられる。


 ……だが、この村が例外ではないと、誰が保証できるだろうか?


 カシミアの知識が正しく、かつ、フルートが先ほど見せてくれた光景が正確であるならば……


 カシミアは思考を巡らせる。


 この村は……いやこの世界は遥か昔、神と魔の戦争が起こった時に、人間の住む世界から切り離されてしまった『消された村』なのかもしれない。


 時を遡ったかのような町並みを思うに、『外』との交流は殆ど無かったと思っていいだろう。

 隔離された長い年月の間に思想が変わってしまい、神官を敵視する事だってありえる。


 長老はしばらくカシミアの表情を見つめていたが、それ以上は言葉を重ねることはしなかった。


 しばらく続いた沈黙を破ったのはコットンだった。


「そうだ! デニム兄ちゃん!」

 突然叫び声を上げたコットンに、長老は咎めることもなく問う。


「お連れの方か?」

「そうだよ。もうすぐ夜になる。早く連れて来なきゃ……!」

「ふむ、そうじゃな。コットンや、呼んできなさい」

 長老の言葉に大きく頷くや否や、コットンは家を飛び出した。


「……よろしいのですか?」

 夕日が差し込み始めたドアを見つめながら、カシミアが不安げに問い掛ける。


「彼は……」

「戦士、でございましょう?」

 事も無げに言ってのける長老。


「……やはり何もかもご存知だったのですね?」

 問い掛けではなく確認の響き。


 ……そう、長老は初めから何もかも知っていたのだ……おそらく彼らがこの森に迷い込んでからの一部始終を……フルートが教えたのだろう。


 そもそもの初めから何も話す必要すらなかった。


 それでもカシミアが全てを話したのは、この老人に敵意が無いことを示すためだったのだ。


 それはある程度成功したと言えなくも無いだろう。

 少なくともカシミアに対する敵意や害意と言ったものは感じられない。


 だが、たとえ連れとはいえデニムは誰が見てもまごうかたなき戦士である。


 それだけでいらぬいざこざが起きないとも限らない……


「……村の者が嫌っておるのは、無意味な殺生をする輩のことですじゃ」

 カシミアの言葉にしない不安の意味を汲み取って、長老は言った。


「特に今は、皆が剣を持つ者を警戒しておる……」


 言葉の中に不穏の響きを感じ取って、カシミアはそっと探りを入れる。


「もしかして、さっきフルートに探らせていたのは、その事と何か関係があることなのですか?」

「左様」

 長老は重々しく頷く。


 コットンには何も無かったと言いはしたが、それは嘘だった。幻術を掛けられこそしなかったが、心の底まで探られていたのだ。


 しかし逆に心を開いたことによって、カシミアはフルートから情報を得ることに成功していた。


 長老が何を知りたがっているのかという事を……


 浮かんだのは数人の顔……いずれもカシミアには見覚えの無い顔ばかりだった。


「何か、起こっているのですね……おそらく、大変な事が」

「うむ……あなたにならば話しても良いでしょうな」

 長老が言葉を続けようとしたその時、


「リュート! お兄ちゃん!」


 悲鳴に近い声が、村の静寂を切り裂いた。

何となく真夜中更新多いです……(^_^;)

相当昔にちょっとだけ書いていた話だから、たまに文章がおかしくなっているかもしれません(^_^;)


見つけたらその都度手直ししようと思います


今回もよろしくお願いします('◇')ゞ

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