2、始まりの章 俺の厄日、ババアの悪夢
おぉ!?どうなってんだこりゃ?
最初はただ転んだだけだと思った。だけど違うのだ。
絶対に先程とは違う部屋に俺は座り込んでいた。
まず明るさが違う。そして家具も違う。ああ、家具の配置もちがうのか。
長い間気絶して外の光の角度が変わったのだとしてもいたんだとしても、流石に家具の配置は変えないだろう。そして雰囲気はすごく似ているものの、さっきはなした様に家具自体も明らかに先程と違うのだ。
まあつまり、だから俺はこの部屋は違う部屋だと思ったのだった。
この謎の部屋は植物大好きなやつのモデルハウスみたいな空間だ。
積み上げられた本の上にも、床にも、天井から吊り下げたようなやつもある。
左右の壁は本棚や薬棚になっていてギチギチに本かよくわからない瓶か引出しが並んでいる。学生の頃の理科室の棚を彷彿とさせる感じ。
天井のつっかえ棒のような柱には乾燥したドライフラワー?草?がいくつも吊り下げられていて、なんとなくオシャレにもみえた。
青エ◯のし◯みの家と言えば伝わるだろうか?まさにそんなだ。素敵。俺は好き。
しかし1番目を引いたのは部屋奥中央にあるすごくでかくて立派な本棚だった。
その本棚はレトロで一見わからなかったが、よく見るとリアルで細かいドラゴンなんかのほりものがあり動き出しそうなほど。
そして本はすごい古くて背表紙のしっかりある立派な感じの、これぞ本!という物が沢山詰まっていた。
英語のアンデルセン童話?絶対読めない。
ハリーポッターあるじゃん!英語版は初めて目にしたかもしれない。
古事記に源氏物語なんてのもあるのでこの本棚のジャンルはざっくりというのであれば物語なのだろう。
驚いたのはそんな中にもラノベがあった事だろうか?知っている物が7つ並んでいてちょっとにやけてしまった。
わかるわかる。"俺、最強種族で素敵な雇用形態作って魔王になる件" おもしろいよな!
ラノベまで入っているのに、本棚の装飾は本がマッチしているように見えてなんだか凄くカッコ良いぞこれは。なんとなく俺の中の厨二心がくすぐられる本棚装飾と本達を眺める。
かっこいいんだけどさあ、結構太陽光が入ってるから本が痛むな、と本棚全体を見上げた時だった。
…棚、デカすぎないかコレ?
本棚がものすごくでかい、と思っていたけどよくよく見れば部屋全部がでかい。
今まで気づかなかったことに驚きを隠せないぐらいに、床に寝っ転がった時の視点か?という程
物がでかい。でかいったらでかい。
さらにさっきひっくり返したはずのカウンター諸々が無くなっていた。あの頭に当たった本も。
呆気に取られて、白昼夢ってこんな感じで見るのか?なんてアホ丸出しな顔で惚けていた時だった。
「まぁ、まぁ、まぁ。あんたのせいで失敗しちまったねぇ…」
目の前にいきなり60歳ぐらいのおばさんが俺に難癖つけながら現れたのだ。中肉中背、だけど姿勢はピッと伸びている。服はラ◯フで売ってそうなどことなくダサいワンピースで、その上から沢山ポッケのついたエプロンを身につけていた。
それはもう、フワッと自然に、あたかもそこにいたかの様な登場だった。
そのおばさんもやっぱりでかいサイズで、こんな夢見るなんて自分の想像力に感動していたらそのおばさんがため息を吐いた。
「逃避してないで自分が置かれた状況ぐらい理解したらどうだい?」
自分の置かれた状態?んなもん白昼夢だろ?やけにリアルな夢だな、そう呟いたつもりだったのだ。
しかしその時、俺の口から出たのは
「にゃー」 の一言だった。
…沈黙が流れる。
耳を疑うとはまさにこのことだろうか。
俺は確かにラノベは読んでいるが、自分の言動を無自覚で猫のようにするほど重度の症状は今まででた事がなかったはずだ。
断じて自分は痛いやつではない、しがないサラリーマンであると声を大にして言いたかった。
しかし無慈悲にもさらに口から出た音は再びの
「にゃー」である。
頬杖をつきながらこちらを見ていたでっかいおばさんは呆れたようにしながら、
無言で部屋奥のこれまたでかい鏡をクイっと顎で指した。
呆気に取られながら、ついそのおばさんの動きのままに鏡を見た俺。
耳の他にも目までやられたのかと、その時は思った。
そう、ここまでの流れで想像はつくだろうが映っていたのはどう見ても俺ではなかったのだ。
そこには顎が外れそうなほど驚き、口をポカンと開けたマヌケそうな顔をした 1匹の黒猫がうつっていた。
――――――――――
予想打にしていなかったことが続きアホズラ猫爆誕である。猫ってこんな感情豊かな顔できたんだななんてしらなかったぞ…
大至急病院に行かねばならない。
おかしいのは目と耳と頭か?あとは外れかかった顎か。
しかしこんな状態じゃ病院っていってもどの病院に行けばいいのだろうか? …動物病院か?
そしてさらにようやく気づいた。
周りの物が大きくなってたんじゃない、俺が小さくなっていたのだ。
鏡の猫の姿をじっと見て、自分の手の平に視線を移すとそこにはピンクでプリチーな肉球様が。
こいつがこんなにも絶望を生み出すことが未だかつてあっただろうか?
「まだ可愛げがあるもんでよかったじゃないか、これが毒虫とか貝とかだったら使えないところだったよ」
そう頭上から響く声に顔をあげるとさっきのおばさんが俺の両脇に手を差し入れ持ち上げてきた。
伸びる俺。そういえば猫って意外と胴体長いのな…
「はじめましてお邪魔猫。おかげで魔術が失敗しちまったよ…責任とって貰わないとねぇ?」
全くもって異議ありである。
責任も何も、おれは巻き込まれた被害者だって言いたいけど口から出たのは「にゃー」一言のみ。
しかし、よくもまぁカウンターに手をついたと思ったら知らない部屋にいて、さらには猫になってるとかなかなかない夢ではある。
しかし夢の中ならば、猫であるらしい俺を抱き上げるのはミニスカセーラーJKか、みねフ◯子的なグラマラスおねぇ様に抱き上げられるべきではなかろうか?
俺は熟女好きではないのでこのおばさんチェンジで。
思っただけだ。口に出してはいない。
大体声がニャー縛りだしな。
しかしその途端、目の前のおばさんの目が厳つくなって口には不敵な笑みがうかんだ。ニヤリ、という笑みは間違いなくこれのことだろう。
悪寒がして俺の体毛?毛皮?が全て逆立った。
「出会い頭に失礼な奴だね、チェンジはないから諦めな。まぁそんなにいうなら熟魔女の魅力を見せてやろうじゃないか?どーれどれチュッチュッ」
ギャァァ!!やめろ!!俺の腹に顔をつけるなな!!オイ糞ババアァァァァ!!!
…お分かりいただけただろうか?
この糞婆、なんと俺にかおを埋めはじめたのである。
「ホーレホレ嫌よ嫌よも好きのうちってねチュッチュッ」
大体持ち上げられた状態で逃げる事は不可能だった。とんだ糞夢だ。こんな悪夢を見るなんて今日は厄日で間違いない。
しかしその悪夢がしばらく続くことになるなんてこの時の俺は全く想像もしていなかったのである。