鍛錬
周囲を確認する。目に見える範囲だけで無く、自分の第六感と呼ぶべき感覚を用いる。危険は、ない。
体の調子を確かめるために、柔軟運動を開始する。ゆっくりとした運動をして、体をほぐしていく。立ったまま膝を曲げずにペタリと掌を地面につける。体を元に戻し、腕を上に伸ばして横に伸ばす。右に曲げたら、次は左。その後も基本的なものをしばらく行う。
さて、準備運動はこれでいいだろう。ダラリと腕を下げ、脱力する。そこから必要な部分にだけ力を入れ、構える。
目の前に、仮想の敵がいると想像する。手始めに熊。森の中で出会った、真っ白の毛皮に水を纏った魔物。恐らく通常の人間だったら少しは苦戦するであろう生物をの命を自分は、いともたやすく、えげつなく、消しとばした。
まぁ、そこはいいだろう。それは触手による攻撃もあったからこそ、出来たのではないか?そう思えてならない。いや、自分がそう思っているということは事実なのだろう。
と、いうことで、戦闘開始。
想像した我ながら驚くほど、まるで本物のような迫力で、殴りかかってくる熊。その腕をいなし、外側から腹を殴りかかる。当然、熊もそれを素直に受けるつもりはないだろう。もう片方の腕で、自分の拳を受け止める。瞬時に、殴りかかった腕の力を抜き、引く。熊の外に踏み出した足で、熊の足を払う。体重差がありすぎる故、倒れるとまではいかないが、少しバランスを崩した。倒れてくるところに拳を置き、突き、引く。それにより、熊の体は斜め上にはじき出され、自分の体も落ちていく。素早く片足を振り上げ、回転する。視点が目まぐるしく入れ替わるが、酔う、といった事はない。片足で着地し、後ろに飛ぶ。
すぐに体勢を整え、突撃に備える。熊は助走をつけ、唸り迫ってくる。腕を振り上げるなどという攻撃はしない、純粋で原始的な突進。一番はじめにできるようになる攻撃方法だからこそ、最強の攻撃方法となる。少し、熊の背中に巡る水が蠢く。
プシュッ
当然、人間がするような詠唱は無しに、完全な不意打ちで、水を飛ばしてきた。その形は飛行途中で飛沫から完全なる球体へとなり、自分に向かってくる。それが、3発。体を逸らし、最小限の動きで全てを避ける。飛びかかってくる熊。1メートル近くの高さを舞い、自分を押し潰さんとしてくる。
最後の水球を避けるときに、体を大きく横に倒す。すると、自分に突撃しようとした熊の標準が少しズレる。ここまで引き付けたので、修正は間に合わない。
横に逸らした体を少し回転させ、その勢いと熊の速度、それを利用し左手で、熊の腹を殴る。顔は見えない。だがしかし、熊の体が硬直したのが、拳から伝わる感触で分かった。拳を打ち込んだ方向にさらに体を回転させ、右足で蹴りを放つ。現実に手応えはないが、そこそこのダメージは入ったと思う。
最後の一撃に、力を込めた。それのせいなのかは知らないが、右足に螺旋状の何かが巻きついた。触手ではない。金色のエネルギーのようなものだ。その螺旋は回転し、強力な力を生み出した。触手と同程度の切れ味を生み出せる、そう理解できるようなものだった。
戦闘終了。熊の幻影を掻き消す。次は新たな触手の形を使い、動く。腕の側面に展開する。まるで、死神の鎌のように変形する。
構える。腕を振り下ろす。一閃。黒の刃が空を裂く。なにか、気に入らない。具体的な何か、それは分からない。それ故に首を傾げ、また構える。
再度、一閃。前の時とは身体の捻りが違っている。鎌を振り下ろす時に腰の回転を意識し、その動きが正確に伝わるように放たれた。体が自動的に悪いところを修正してくれる。強制的に体を動かされる、というものでは無く、頭の中に情報が流れ己の意思で体を動かす。
たった2度の振り下ろしで扱いを理解した。自分は、そのまま右から左への横薙ぎ、その逆に左から右への横薙ぎ、下からの掬い上げるような一撃と思いつく限りの素振りを延々と飽きずに繰り返す。
理解できる。初めの自分の鎌の扱いは、ただ腕力に任せて振るっていただけだと。ぎこちなかった動きが、徐々に滑らかに、自由自在に操れるようになっていく。通常の人間ならばありえないスピードだと、自分でも思う。
今や、自分の動きは一撃を入れては止まって、また一撃、といったようなぎこちない動きではない。演舞と言っても過言ではない程に研ぎ澄まされた舞となっている。振るわれる刃は、空気を切り裂き、真空状態を作る。組み合わせて突き出す拳の一撃は、触手により硬質化され、また舞によるスピードと合わさり、生半可な鎧なら貫通するような威力があるだろう。
死の演舞、そう言われるに等しい動きを延々と続ける。ドンドン、ドンドン動きは研ぎ澄まされ、最後に腕を振り下ろす。血を払うようにした腕を持ち上げ、僅かに滲んだ汗を拭く。
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