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【1-9】前線都市ファルエル 赤土通り / 乾坤一擲

 それを、勇気と呼んで良かったのかシャラには分からない。


 利害得失を一瞬で考えたり、哲学的な理屈を即座に練り上げるのは、人には不可能だしドラゴンにも無理なのだろう。

 命の瀬戸際に立たされた咄嗟の瞬間の行動は、生涯を掛けて積み上げてきたものの発露かも知れないし、抱き続けた祈りの具現であるのかも知れない。


 シャラは人の存在に救いを見ていた。

 自らを虐げ続けた竜の世界を抜け出して、人の世界にまろび出て、僅かでも未来に希望を持つことができた。

 そんな、ほんの一欠片の希望が、今のシャラには何よりも大切なもので。

 だがそれを壊す奴らがやってきた。


 ならば、そうだ、きっと守るのは誰でも良かった。

 トリシアでなく、門前で出会った面倒見の良いエルフのお姉さんでも、なんだかんだ理由を付けてはいるが結局はお人好し故にシャラの世話を焼いてくれているという気がするマリアベルでも、それこそ通りすがりの子どもでも。

 人の世界を。

 シャラが生きる場所を。

 壊そうとするのならば止めるより他に無い。


 彼我の力量差なんてものは、もう考えていない。考える余裕も無い一瞬の判断。

 庇ったところで守り切れない。もしトリシアを守るなら、シャラはガイレイを倒すしか無い。


 倒す。

 ドラゴンとしては貧弱ながら、しかしシャラにとって最大の武器は、やはりドラゴンとしての特性だった。


 真白き柔肌に黒いものが浮かび、角質のように鋭く固まる。

 シャラの身体にはまばらに漆黒の鱗が浮き始めていた。

 特に首回りから下顎に掛けては肌を覆い隠すほどに鱗が密集する。


 ブレス。

 炎、吹雪、雷、光、等々。ドラゴンが吐き出す、烈風のような吐息に乗せて叩き付けられるエネルギーの嵐。

 ドラゴンの代名詞とも言えるその攻撃を、シャラだって使える。


 ドラゴンの姿になることさえ困難なシャラ自身の魔力だけではガイレイにとても敵わない。

 だが、ここには燃料があった。


 トリシアの鞄に入っていた人口触媒。

 ジレジアのブレスで半数ほどは割れて、中身の液体が飛び散っていた。その七色の液体から輝きが遊離するように浮かび上がってくる。

 残りも全て爆ぜ飛んだ。連鎖的に触媒の容器が割れて、中に収められた液体から光が舞う。

 渦巻くように舞いながら、やがてシャラへと全ての魔力が収束していく。

 ブレスを形成するための燃料として。


 ガイレイの目に、興がるような光があった。

 シャラの悪あがきを笑っている。

 そう、きっとこれは悪あがきだ。出来損ないのシャラにとって、これほど大量の魔力を手にするのは初めての経験だけれど、それでもきっと、竜王たるガイレイの蓄えている魔力には及ばないだろう。ただでさえ格が違う相手に、この程度で勝てるはずがない。


 それでも。


 ――俺は、俺の……


 ここで勝つ以外に、道は無い。


 ――未来を守るんだ!!


 ガイレイが口を開き、黒炎のブレスを吐き出す。

 トリシアと、シャラに向かって。

 それを迎え撃ち、シャラは咆哮した。


「…………ァァァァァアアアアアアアア――――――――ッ!!」


 天地の開闢、あるいは終焉を思わせるほどの何かがシャラの口から吹き出した。

 臨界を極め超新星が目の前で爆発したとしか思えないような膨大な光量。

 聞こえるのは吐息の吹き抜ける音とか、炎が巻き起こす暴風の音とかではない。ただそれは耳鳴りとしか認識できない。あまりにも暴圧的なエネルギー量のせいで。

 余波だけで石畳がめくれて吹き飛び、地が抉られる。


 ガイレイの吐いたブレスは手の施しようが無いほどに卑小であった。

 迫り来るシャラのブレスに対して。

 光すら呑み込む漆黒の色をした呪いの炎は、しかし、雲散霧消し掻き消えた。


 ドクドクと熱いものがシャラの中を流れ、そして放出される。

 ガイレイ目掛けで見上げるように打ち出されたそのブレスは、空の果てまで突き抜けて雲を灼いた。


 そして世界に音と色が戻った。


 漆黒の巨龍は胸部を消滅させられ、右腕と右翼も消し飛ばされていた。

 くりぬかれたような肉体の断面から、炭化しかけた血が滴る。

 千切れた左翼が舞い落ちて、首から先だけがずんと地に落ち横たわった。


「…………え?」


 シャラは眼前の光景が信じられなかった。

 それは間違いなくガイレイだ。ガイレイが、身体に大穴を開けられて、そして。


「馬鹿、な……こん、な……ことが……あって……いい、はず、が……」


 もげ落ちた首と頭だけで、それでもガイレイは喋った。

 驚愕に目を見開いて。悔やみに口を歪めて。


「愚か……な……偽りを尊び……真実、を…………貴様は、このことを、後悔……す……」


 切れ切れの恨み言を呟いて、それはただの生首になった。


 第六竜王・ガイレイが死んだ。

 千年以上の時を生き、人族世界を脅かし続けた竜王の一角が。

 いかなる勇者にも為し得なかった竜王殺しが、今、ここに、一瞬で。


「族長様……? う、嘘ですよね? そんなトカゲ野郎に……

 こ、これは幻術か何かでしょう!? あ、ああ、そうか、だったら俺は話を合わせないと……」

「ジレジア」


 周囲の建物よりでかいほどの図体で、ジレジアは情けないほどに狼狽えて動揺していた。

 だが、無理も無い。竜王が死ぬことなど、仮定としてもあり得ないような出来事なのだから。


 ラウルが……彼もまた信じられない様子ではあったが、裏拳でジレジアを小突いて首を振る。


「現実を見ろ」

「う…………」


 ラウルはジレジアの肩越しにシャラに目配せをする。

 そして、魔力を巡らせて拡声しつつ高らかに、人の言葉で咆えた。


『陛下は死んだ! 竜王陛下が敗れた!

 総員、撤退せよ! 撤退せよ!』


 ラウルはガイレイの生首を抱えて、もう片方の手にはジレジアの背中のたてがみを掴んで、引きずり上げるようにしつつ羽ばたいて舞い上がる。

 すぐに後を追うドラゴンは無かったが、戸惑うような間を置いて、三々五々、巨影は羽ばたき舞い上がる。


 去り際ラウルは、ぞっとするほど、『邪悪』と呼べるほどに凶暴な笑みを浮かべていたのをシャラは見てしまった。

 ラウルはガイレイに批判的だった。だが、それ以上の何かがあったようにも思えて。


 いずれにせよ、破壊の音は聞こえなくなっていた。

 いきなり静まりかえった街に、何が起こったのかと訝るような、人々のざわめきが戻り始めていた。


「助かった……のか……」


 あまりにも全てが唐突すぎて、勝利の余韻だの達成感だのは感じる余裕も無く。

 ただ、それを考えるのが精一杯だった。


 シャラは全身が岩になってしまったかのように重く感じ、トリシアの胸に顔を埋めるかのように崩れ落ちた。

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