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【1-8】前線都市ファルエル 赤土通り / 暴虐の竜王

 降り立ったドラゴンは二頭。


 片方はガイレイの腰巾着のように振る舞っている、おべっか使いの粗暴なオス。ジレジア。

 さっきシャラを壁に叩き付けたのもこいつだ。


 ちなみに。一応。本当に一応。こいつはシャラの父親だった。

 ジレジアにしてみればシャラの存在などドラゴン生の汚点でしかないようだし、シャラにとってもこいつが父親だという事実は過去を改変してでも捨て去りたい。

 彼は群れに居た頃からシャラを散々虐待してきた。裁判になれば未必の殺意が認められると思われる。


 そして、他のドラゴンと一線を画する覇気の持ち主。

 その体躯も美しく力強い彼の名はガイレイ。

 第六竜王。『黒の群れ』の長。


 トリシアを隠すように立ちはだかるシャラは、アリになって人間を見上げているかのような気分だった。


「ガイレイ……!」

「うん? 口の利き方には気をつけろ、小娘。貴様は竜王の前に居るのだぞ」

「そうだトカゲ野郎! 族長様のお慈悲で勿体なくも生き延びたテメェが!」


 太く巨大なジレジアの尾が、ビルを解体する鉄球みたいな勢いで振るわれてシャラを突き飛ばした。


「ぐはっ……!」

「なんだってそんなクソ生意気なツラ晒してやがらぁ!」


 シャラはサッカーボールの気分を味わった。

 転がされたシャラは瓦礫にぶつかってようやく止まる。

 ふらつきながらシャラは身を起こした。全身が痛い。骨が何本か折れているかも知れない。


 そのシャラの小さな身体を、ジレジアは鋭い爪のある手で掴み上げた。


「弱ェ弱ェ弱ェ!! なにがどうしててめぇみたいなクズが『黒の群れ』の血から! この俺様から! 生まれやがった!

 どの道こうなるんなら、あの時、俺様が間引いておけばよかったぜ!

 穀潰しのトカゲ野郎が!」

「けほっ……こっのやろ……」


 細かな鱗にまみれた無骨な手がシャラの身体を締め上げる。

 シャラは手を突っ張って必死で抵抗した。だがシャラのような出来損ないのドラゴンが、まともなドラゴンにかなうはずもない。


 身体の軋む音がした。

 息が詰まる。

 このままならシャラはあと何十秒かで潰れて死ぬ。


 そこに鋭い羽音を立てて、更に舞い降りるドラゴンが一頭。


「よせ、ジレジア」

「あぁ!? ンだよ、邪魔すんじゃねえ。ラウルてめぇ、このトカゲ野郎の味方するってのか!?」


 漆黒のたてがみをなびかせて割って入ったのはラウルだった。


 ジレジアは手を離さなかったが、少し緩んだ。

 シャラは咳き込んで息を吸い込む。


「竜王陛下のご判断は絶対だ」

「そうだな。で?」

「陛下はこやつを殺さず、生かして罰すると決めた。その判断を間違いにする気か」

「あ? てめぇ何……」


 ラウルはジレジアに背を向け、成り行きを見守っていたガイレイの前に、羽を畳んで跪く。


「いかがでしょう、陛下。罪過の者・シャラは既に罰を受けております。

 この上で正当な理由無く罰するのであれば、それは竜王の名を穢しましょう」

「……そうさのう」


 本当にどうでも良さそうな調子でガイレイは顎を撫でた。

 明白に殺意を向けられるよりも幾分か恐ろしい。シャラは気まぐれ次第で死ぬ立場なのだ。


「捨て置け、ジレジア」


 本当にどうでも良さそうな調子でガイレイは言った。


「承知致しました。

 ……命拾いしたな、トカゲ野郎」

「ふみっ!」


 地面に放り捨てられたシャラは不格好な悲鳴を上げて地に這いつくばる。

 しかし、生き延びた。シャラは情けなくも安堵していた。


「けっ。ドッ畜生が!!」


 お預けを食らったジレジアは、壊れかけの建物目がけて苛立ち紛れにブレスを叩き付ける。

 それは放射ではなく、炸裂する火球のブレスで、轟音と共に瓦礫が吹き飛ぶ。


 風に散る木の葉のように、瓦礫と共に舞い上げられる人影一つ。


「ぅあ…………」

「トリシアさん!」


 シャラは走り、トリシアが地面に叩き付けられる前に、フライを捕る外野手みたいに滑り込んで彼女を抱き留めた。

 まだ息はあった。だが、それがいつまでもつかはシャラにも分からなかった。

 

「あ? なんだそいつまだ生きてやがったのか」

「お、おいやめろ! この人は関係無いだろ!」


 迫るジレジアは、トリシアを庇うシャラを見て嘲笑った。


「あんだ? ご執心だなあ。てめぇの母ちゃんかなんかか? ダッハッハ!」

「さっき会ったばっかりだ」

「バカか! なんでさっき会ったばっかりの人間を守らなきゃならねぇ!?」


 本気で理解できない様子でジレジアは罵った。


 シャラの中に怒りの炎がちらつく。

 これがドラゴンの生き様だ。

 人を見下し、愚劣と断じるドラゴン共。彼らは個の力が強いために、人の素朴な善性や協調性、自己犠牲を解さない傾向がある。だから力が無い者は、同族であろうと虐げて憚らない……


 ――愚かなのは、どっちだ……!!


「会ったばっかりだけど……すごい、立派な人なんだ。

 自分も大怪我してたのに、俺が魔法で治してやろうとしたら……自分に触媒を使わないで、怪我してる人のところに届けてくれって!

 お前らが卑小だの愚かだの言って見下してる人間だけど、人ってのはそういうものなんだよ! 悪人もいるけど、善人もいっぱいいる!

 誰だろうと関係無い! 一方的に殺されていい人なんて、居ないんだ!」


 彼女の献身はシャラにとって、『黒の群れ』の中では終ぞ見ることのなかったものだった。

 積年の思いが堰を切ったように溢れ出して、シャラは火を噴くように叫ぶ。


 それにジレジアは、尻尾で答えた。

 黒い丸太みたいな尻尾が唸りを上げてシャラを薙ぎ払う。

 シャラは抱きかかえたトリシアを庇うことしかできなかった。弾き飛ばされて壁に叩き付けられ、転がる。


「うぐ……」

「キャンキャン咆えやがって。

 生憎と、俺様みたいに力のあるドラゴンには、ゴミクズ一つ一つの違いなんて小さすぎて見えないんだ」


 ジレジアは一欠片たりとも感銘を受けた様子は無かった。


 様子を見ていたガイレイが、傲慢に尖る牙だらけの口を開いて、硫黄のような臭いの息を吹く。


「忘れたわけではなかろうな。この世は全て、我らドラゴンのもの。

 人が居座り、退かぬと言うなら、力を以てそれを為すのみ。

 人を殺すなと? フッ……たわけおる」


 辺りには熱を帯びた風が吹いていた。

 焦げ臭く、人の焼ける臭いを孕んだ嫌な風。それを纏ってガイレイはシャラに迫る。

 彼がただ一歩進むだけで世界が揺れた。


 シャラだって知っている。

 この世界に存在する全ての人を駆逐し、ドラゴンの世界とする……それがドラゴンたちの悲願なのだと。

 人という存在の尊さを説いたところで無為だ。


「全ての人は死すべきであり、我が炎によって根絶やしにされる。遅いか早いかの違いしか無い。だが、そうさな。

 この人間は貴様のせいで、今ここで死ぬことになるわけだ」

「なっ……」

「違うか? 貴様がここにったから、我らはここに来た」


 老獪なる龍は愉悦に目を細め、ねぶるように嬲るようにシャラを責める。

 結果的にシャラの存在がガイレイたちを呼び込んだのだから間違いとも言い難いが。


 このガイレイというドラゴン。実はかなり陰湿で意地の悪いところがあるとシャラは承知している。

 シャラを追放するに当たって、わざわざ少女の姿に変えるような奴だ。

 ただ、人が相手だと存在としての格が違いすぎていじめる気にもならないのか、その陰湿さは主に同族に対して向けられる。

 シャラへの嫌がらせのために、わざわざ目の前で人を殺すくらいはするのだ。


 竜王としての筋を通すため、ガイレイはシャラの殺害を止めさせた。

 だが、他の者に至っては、人に関しては、何の遠慮も無い。


「うわ!?」


 急に、シャラの手からトリシアの身体がもぎ取られた。

 見えない力で彼女は宙に吊り上げられる。ガイレイが何か魔法を使っているらしかった。


「目に焼き付けるがいい、卑小なるトカゲよ。人の世界にすら貴様の生きる場所は無いのだと……」


 恐ろしく鋭いガイレイの牙の間から黒い炎が見え隠れした。

 頭痛がするほどの魔力を感じる。力が収束されている。

 ガイレイは、ブレスを吐く気だ。トリシア目がけて。


 竜王のブレスを受けるのだ、きっとトリシアは塵も残らない。

 ジレジアは嗜虐的で下卑た笑いを浮かべてシャラを見下ろしている。

 ラウルも二重の意味で『仕方が無い』と思っている様子で、聞き分けの無い子を見るかのように生ぬるい視線をシャラに投げかけている。


 トリシアを助けてくれる者などどこにも居はしない。

 助かる道など無い。


 シャラが、それを為さぬ限り。

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