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【1-6】前線都市ファルエル 折れ牙通り / 街の賑わい

 明くる日。シャラはマリアベルに連れ出され、生活雑貨の買い出しに出ることになった。

 グレイ家にも客用の食器くらいはあったけれど、住人が一人増えるとなるとそれなりに準備が必要だとのこと。


 ファルエルの街並みは全体的に堅牢だ。

 石を分厚く積んで漆喰のようなもので固めた建物が多く、窓にも鉄の格子が取り付けられていたりする。魔物が……特に空を飛ぶものが壁を乗り越えて襲ってきても、そう簡単には被害が出ないような構造になっているらしい。商店や民家に交じって迎撃用の魔法兵器を設置した拠点が散在している。


 そんな街だが、戒厳令の静けさなんかではなく、極めてありきたりな賑わいに満たされていた。

 通りには老若男女問わず、出で立ちどころか種族さえ様々な人々が行き交っている。

 そんな中をシャラは歩いていた。

 昨日マリアベルが買ってきた『制服のようなもの』を着て。


「落ち着かない……なんか自分が凄い変な格好してるような気がする……」

「ただの美少女だから気にしないで」

「それもそれでなんだか!」


 シャラは俯きがちに長いスカートを掴み、身を縮こまらせるように歩いていた。

 前世と今生を通じてウン十年間、こんな格好で外を歩いたことは無かった。

 似合っているのだと分かっていても猛烈な違和感に包まれる。

 擦れ違う人全員が自分を見ているような気がした。


「視線が刺さる……」

「半分は私向けだと思うから気にしないで」


 気休め、というわけでもない。通りを歩く三つ編み魔女に、街の人々は次から次へ挨拶していく。


「やあ先生、お買い物ですか?」

「お疲れ様です、グレイさん!」

「いつもありがとうございます」


 マリアベルが行くところ、誰も彼もが声を掛ける。それをマリアベルは慣れた様子で笑顔で会釈を返していく。


「有名人、なんです?」

「そりゃ、『魔力持ち』の力を生かして防衛兵団に貢献してるんだもの。

 師匠はそれこそ街の希望だったのよ。……代替わりのせいで不安に思ってる人も居るみたいだから、頑張って働いて、皆が安心できるようにしなきゃ」


 なるほど、と思うシャラ。

 マリアベルは人族世界では異端の存在である『魔力持ち』。『魔力持ち』は偏見に晒されることも多いと聞いていたが、それでも戦いの場では頼もしい守護者である事に変わりはない。


 ――俺もそんな風に……やるのは無理か。本物のドラゴンは流石に厳しいだろうな。

   第一、ドラゴンの姿にさえなれない出来損ないのドラゴン一匹、戦列に加わったところで何ができるんだって話だし……


 何よりシャラは、群れのドラゴンたちに勝てる気がしなかった。その強さを身近に見てきたのだから。

 だからこそ、か弱き人の身でありながらそんな怪物どもと戦っている人々の凄さを感じたりもする。


「私が『魔力持ち』なのに、魔物じゃないかって疑われずに暮らしてるのは師匠のお陰ね。

 師匠の築いた信頼があるからこそ普通に受け容れられてるの。

 あなたもよ、シャラ。いくら人に化けてても、精密に調べられたらドラゴンだってバレちゃうでしょ?

 そこがうやむやになってるのは師匠のお陰よ。私の預かりだって言えば魔力があってもおかしくないし」

「大変有り難いです、本当に」


 周囲を憚り、小声で囁くマリアベル。

 怪談話みたいな調子でリアルに怖い話をされて、シャラは背筋がひやりとする。

 道行く人、人、人……

 その全てが敵になる地獄絵図なんて想像したくもない。


「先生、その子は? まさか先生の娘さんですか?」


 足を止めてシャラを覗き込むお姉様が一人居た。

 小さな子どもなんかに好かれそうな穏やかな微笑み。冠のように編んだ焦げ茶の髪に、ちょっと欠けた眼鏡。着古した白衣は、草の汁か何かで裾の方が淡い緑に染まっている。

 彼女は腰に悪そうなサイズの肩掛け鞄を提げていた。『私は医者です』と全身で主張しているような格好だが、どうも『服に着られている』という印象が否めない。


「違うわよ。この子はシャラ。私の遠い親戚よ。今度、私が預かることになったの。

 ほらシャラ、挨拶。この子はトリシア。術医の……つまり魔法による治療を行う医者の卵なの」

「は、はじめまして……この街に住むことになったので、これからよろしくお願いします……」


 ガン見されているせいで、なんだか居心地が悪く、シャラはちょっと目を逸らしつつ挨拶をした。

 焔色をしたトリシアの目に星が瞬いた。


「…………先生、この子連れて帰ってもいい?」

「ダメ」

「はじめましてシャラちゃん、トリシアです。

 どんな怪我も病気も魔法で治しちゃうから。何かあったら言ってね!」


 シャラの手を取って丹念かつ丁重に包み込み、トリシアは上下にぶんぶん振った。


 とりあえずシャラは周囲のドラゴンが風邪を引いたところなど見た事が無いし、シャラ自身も同じだった。残念ながら(……シャラにとっては幸運ながら?)今後、シャラが病気でトリシアのお世話になる確率は非常に低いだろう。


「ほらほら、もう行きなさい。診療のお手伝いが始まる時間でしょ」

「ちぇー。……また今度ね、シャラちゃん」

「あ、はい。また今度……」


 元気にヒラヒラ手を振りながら、医者のお姉さんは駆けて行く。

 向こうのテンションの高さに若干引きながら、シャラは手を振り替えして見送った。


 そのシャラの背中に何かがぶつかってきた。


「どわたあっ!」

「わっ!?」


 盛大な音を立てて、何か大きな荷物がシャラの上に降って来た。


「あっぶねぇなお前! 道の真ん中……」


 威勢の良い男の声が降って来た。巨大木箱に潰されたシャラの上に。

 大荷物を持っていたせいで、小さなシャラは死角になっていたらしい。


「うげ!? 済まない、大丈夫か?」


 ぶつかった拍子に取り落とした荷物の下敷きになっているシャラを見てか、木箱男(仮)は激しく狼狽える。何が入っているか不明な巨大木箱はすぐにどかされた。箱からは金属のガチャガチャ鳴る音が聞こえた。


 身を起こしてみれば、シャラを見下ろしているのは天を突くような大男だった。

 ……というのは相対的なサイズの問題で、シャラはいきなり身長が縮んだばかりだから世界が大きく見えているのだろう。おそらく身長は人竜形態のラウルと同じくらい。


 山の中に居たら山賊と間違えられそうな風体の筋肉男だった。

 ギリギリで『細マッチョ』を超えた程度の、荒縄のような筋肉ばかり印象に残る。頭はハゲ、あるいは剃り上げていた。

 身に纏う服は粗野なダメージド。どう考えてもファッションではなく酷使の結果だ。


「ほ、骨とか折れてねえか? ヤバそうなら、ええと……治癒ヒーリングポーションならあるんだが……」

「大丈夫です、大丈夫です」


 これまでに二、三人殺してそうな厳つい面構えの男だったが、彼は大げさなくらい狼狽えていた。

 いや、あながち大げさでも無いかも知れない。あんな巨大な荷物の下敷きになったら、骨くらい折れかねないところだ。

 まあそれは『人間だったら』の話であって、シャラには本当に何でもないのだけど。


「そ、そうか……無事なら良かった。本当に済まん」

「こらー! ちゃんと前見て歩きなさい! シャラが怪我してたらどうするの!」

「うひぃ、すんません術師さん!」


 大男は巨大な箱を抱え直し、逃げるように去って行く。

 そのワイルドな足音はすぐに街の賑わいの中に掻き消えた。


「本当に大丈夫だった?」


 マリアベルは必要以上のボディタッチをしながら、シャラに怪我が無いか確認した。

 しかし、いかに出来損ないのドラゴンの人間形態といえども、この程度で怪我をするほど脆くはない。


「むしろ怪我一つ無いせいで何か怪しまれはしないかとビビりました」

「見た目は人間でも、やっぱり基礎スペックが違うわね。

 ……気をつけて。この街、こんな風に色々と慌ただしかったりするから。

 道の真ん中に立ってたら人でも馬車でもぶつかってくるわよ」


 確かにマリアベルの言う通り、この街は慌ただしい雰囲気だ。

 おそらく良い意味で。


 雑踏の音が、お喋りの洪水が、耳に心地良い。

 シャラはこちらの世界に転生してからというもの、ずっと閉鎖的な(つまりシャラにとって地獄のような)群れの中で暮らしていた。

 だがここは陰鬱な群れの中とは違う。

 多くの人が各々の希望を抱き、自由に生きている。そんな気がした。


「なんだか意外です。最前線の都市って言うから、もっと軍事基地みたいな雰囲気かと思ってて」

「ああ、この街を見た事は無かったのね。

 初めて来る人はみんな、同じようなことを言うわ」


 確かに街並みは堅牢で軍事基地っぽくもあるのだが、そこを歩く人々は活気に満ちていた。


「ドラゴンとの戦いの最前線ってことは、つまりこの場所が人族世界にとって魔力資源供給の最前線でもあるの。だから魔物との戦いを生業とする『冒険者』がまず集まってくる。

 彼らに装備を提供する職人が集まってくる。人が増えれば商売の相手が増えるから、種々の商人が集まってくる。

 必要な物資を後方から届け、触媒を買って行く交易商人が来る……」

「それで賑わってるんですね」


 軍事要塞に、金鉱の街の賑わいが同居しているようなものだろうか。

 そう考えてみれば納得だった。


 だが、突如。

 けたたましく鳴らされる鐘の音が街の賑わいを切り裂いた。


 ガンガンと響く鐘の音を聞き、道行く人々に凍てつくような緊張が走る。


「えっ? 火事?

 ……じゃないですよね、この緊張感」

「お買い物は中止ね。……敵襲よ」


 マリアベルの目が遠く東の空を睨む。


「間を開けずに鳴らし続ける鐘は、最も警戒すべき事態……

 ドラゴンの出現よ」


 まだ昇りきっていない太陽の中に、黒い影が浮かんでいた。

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