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【1-5】前線都市ファルエル グレイ家 居間 / 鏡像認識ノ儀

 椅子に座ってじっと待っていたのは10分ほど。マリアベルは帰らない。

 次の10分は、物を壊したりしないよう、周囲に触れぬよう注意しつつ魔女のリビングを検分した。まだマリアベルは帰らない。

 そのまた次の10分、シャラは適当に廊下を歩き回り、扉が開いてる部屋だけ覗き込んでみたりした。家の中にはハーブと古い木材のような香りが漂っていた。普通の家という雰囲気で、特に変な部屋は無かった。……少なくとも、地上には。


 日が暮れてくると、驚いたことに部屋々々と廊下には勝手に明かりが灯った。

 壁や天井に取り付けられたクリスタルのような石が蛍光灯のように発光していた。これは『魔力灯』。魔力を注ぐと光を放つ、ちょっとしたマジックアイテムだ。


 意外と豊かだな、とシャラは思った。

 人族はもっと困窮しているものと勝手に思っていたが、魔力を無駄遣いする余裕くらいはある模様。

 ドラゴンの眷属である魔物たちは、確かに人族を脅かしてはいるが、魔物の討伐で手に入る触媒(つまりそこから得られる魔力)は、人族に豊かな生活を提供してもいるのだ。


 家の中を見て回っていて、シャラは石造りの下り階段を発見した。

 この家には地下室も備え付けられているらしい。


 地下から感じる妙な魔法のニオイに誘われるように階段を降りていくと、この素朴な家には似つかわしくない、巨大な石扉に突き当たった。

 なんだか、この先にゲームクリア後の隠しダンジョンでもありそうな感じの重厚さだ。


「なんだろう、ここ……魔法の実験設備とか、倉庫とか?」


 どうも魔法によって封印されているらしく、石扉にはぼんやりと魔法陣が浮かんでいた。

 シャラはその魔力を感じ取ったのだ。

 封印はおそらくかなり強固なもので、シャラ如きの力では破れそうもない。


 鼻をひくつかせてみると、ドラゴンの鋭敏な嗅覚が捉えたのは古い紙の香りだった。

 この奥は書庫か何かになっているのかも知れない。


 扉を観察していると、上階から扉を開く音がして、それからコツコツと足音が向かってきた。

 マリアベルが帰ってきたようだ。


「シャラ? そこに居るの?」


 廊下の明かりを背に受けて、逆光状態のマリアベルがシャラの方を覗き込む。


「お帰りなさい……って俺が言うのも変なのかな。ちょっと家の中を探検……じゃないけど……」

「そこに入っては駄目よ。危険だから」


 有無を言わさぬ、静かで硬い口調だった。


「あの、ここって……」

「そこに入っては駄目よ。危険だから」


 機械的にマリアベルは繰り返した。

 何か只事ならざる雰囲気で、シャラは気圧される。


「ご……ごめんなさい」

「謝る事じゃないわ。さ、上がって来て」


 マリアベルの声が優しい調子に戻り、シャラはホッとした。

 奇妙には思ったが、彼女にとって触れられたくない何かなのだろう。


 ――別に、血のニオイとかがしたわけじゃないし……まあいいか。

   薄い本でも隠してるのかも知れない……


 これから居候になる予定なのだから、ひとまず家主の機嫌を損ねるのは避けておきたかった。


「……服、買えましたか?」

「どうにかね。合ってるか分からないから、とにかく着てみてくれる?」


 弾むようなマリアベルの足取りの意味を、まだシャラは分かっていなかった。


 * * *


 リビングのテーブルの上には、色鮮やかな布の塊が積まれていた。


「かっ! わっ、いぃ~っ!!」


 シャラを見たマリアベルは、頬を押さえて身悶えながら歓声を上げる。


「あの。人族社会のファッションってこういうのアリだったんです?」

「何が?」

「いや、なんでも……」


 自分でも驚くほど憮然とした声が出たが、マリアベルが気にした様子は無い。


 ――異世界をナメていた気がする……


 今シャラが着ているのは、マリアベルが買ってきた服のうち一着。


 淡い紫色のジャンパースカートの下に清く白い丸襟シャツが覗く。

 そこに合わせるのは紺色のハイソックスと、赤いリボン付きの丸っこい帽子。


 この服がこちらの世界でどういう意味を持つのか、どこから湧いて出た発想なのかは分からないが、元日本人の感覚で言うなら『ちょっとお上品な私立小学校の女子制服』と表現すればだいたい合ってる。この場合ジャンパースカートではなく、ジムスリップと呼ぶべきだろうか。

 そういうものをシャラは着せられていた。


 考えてみればシャラはこちらの世界に転生してからずっとドラゴンの群れの中で暮らしていて、人族がどんな服飾文化を持っているのかなんて事は全く知らなかった。

 群れの同族たちが皆、中世ヨーロッパの貴族みたいな格好をしていたので、なんとなく人族もそんな方向性だろうと考えていたのだ。

 実態は斜め上だった。

 既製品としてこんな服を売れる技術力・工業力があり、そしてデザインも現代的……つまり、シャラが知る21世紀ジパングにあってもおかしくないデザインの服が普通にある。


「ほら見て! 本当に可愛いから!」


 マリアベルが鼻息も荒く大きな鏡を持ち出してくる。

 既にウンザリし始めていたシャラだったが、鏡を見て息を呑んだ。


 そこには、生きているのが奇跡と思えるほどの美少女が居た。


 星を撒いた夜空のように艶やかな長い黒髪の少女だ。

 華奢で儚く白い彼女は触れれば崩れて消えてしまいそうにも思えるのに、炎の中でも歩けそうな芯の強さを感じさせもする。

 清楚で子どもらしい服装とは裏腹にも思える、ませていて凜々しく気の強そうな顔立ち。

 その姿は、ただの少女から大人へと一歩踏み出そうとする時分の、アンバランスであるが故に鮮烈な魅力を湛えていた。


「……これが……俺?」

「でしょ!? 凄いでしょ!? 感動したでしょ!?」


 シャラが身体を動かすと、鏡の中の美少女はその通りに動いた。

 だからこれは確かにシャラだ。


 マリアベルはシャラのことを『宝石』だかなんだかと言っていたが、その意味が分かった。

 確かにこんな美少女が土埃にまみれて無頓着で適当な格好をしていたら、それを勿体ないと思うのは自然な感情だろうとシャラも思う。


 だが。断固として主張しておかなければならない部分がある。


「マリアベルさん。手紙に書いてあったんですよね? 俺が本来は男で、あのクソトカゲジジイの呪いで女の子にされたって……」

「あら、その格好はお嫌かしら」

「嫌って……わけじゃなくて……その、嫌って言えば嫌なんですけど! なんて言えばいいの? 違和感!?」


 こんな、モロに女の子女の子した格好をさせられて、しかもそれが似合っているというのは電撃的な違和感だった。

 前世でも、今生でも、シャラはずっと男ないしはオスであり、それが急に美少女にされては、自己という概念に対する乗り物酔いのような何かが発生する。


 しかしマリアベルは真面目な顔で言った。


「いい? この街で暮らしていくには、まず街の住人に顔を覚えてもらわなきゃやってけないのよ?

 その時に第一印象っていうのがどれだけ大切か分かる?

 みすぼらしい格好をした小娘と、完璧に身繕いした天下無敵の美少女じゃ、どう足掻いても後者の方が好意的に受け容れられるのよ!」

「くっ……! 許しがたいほどの説得力……!!」


 人は愚かだと、シャラは転生してから始めて思った。

 『ただしイケメンに限る』は古今東西どころか異世界に来ても不変の法則。もちろんそれは男に限らない。美女や美少女もだ。

 正体を隠して人の中で生きていくという高難易度のミッションに臨むに際して、使える武器を全て使うのは当然だ。


「その前に男に戻る方法とか知りませんか、そこの魔女さん」

「第六竜王の手ずからの呪いを解く方法なんかがあるんだったら教えてほしいわね」

「だよなあ……」

「と、言うわけで。仕方ないことだから全部着てみましょ。

 うん、仕方ない仕方ない」


 ウキウキしながら次の服を手に取るマリアベル。

 それは咲き誇るヒマワリの色彩と潮風の香りを夢想するような、純白のワンピースだった。

 シャラが着れば、これはこれで間違いなく似合う。


「あのー……『まともな服を着せたい』というのは『着せ替え人形にしたい』という意味だったので?」

「食事、寝床、身元保証」

「……謹んでファッションショーさせていただきます」


 シャラは屈した。

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