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【1-3】前線都市ファルエル 西街門 / 入門審査

 山あり谷あり、人なし。


 緑豊かな山を下り、黄土色をした絶景の峡谷を越え、風渡る平原をシャラはひたすら歩いた。

 こんなに長く歩いたのは前世を含めても初めてだったけれど、歩く程度では疲れなかった。出来損ないのドラゴンと言えど、やはり人とは生物の格が違う。

 ラウルから貰ったお守りもしっかり効果を発揮しており、魔物に襲われる事は無かった。


 歩幅の小さい少女の身体なれど、不眠不休で二昼夜。

 シャラはついに地平線の向こうに人工的な建造物を発見した。


 堅牢な壁にぐるりと囲われた街。

 人類の生存圏をドラゴンから守るべく築かれた砦。

 シャラたちの『黒の群れ』一つを食い止めるためだけに作られたその場所の名は、前線都市・ファルエル。


 街を囲む壁は、シャラが立っているこちら側……つまり群れの本拠地がある側にも門が付いている。

 だがそこに真っ直ぐ向かって行くわけにはいかない。


『ちゃんと街の裏に回って、街道の方から入れよ。群れの本拠地から真っ直ぐ来たら門番に怪しまれるぞ。

 前線都市のこっち側には人族のまともな街なんか無いからな』


 心配性なラウルのアドバイスが頭の中でリフレインした。

 言われるまでもなく、シャラもその程度は分かっている。

 ファルエルの街を見つけたのはまだ日も高かった頃だが、シャラは大回りして街の裏の街道に回り込み、ようやく街道側の門に辿り着いたのは空が赤く染まり初めてからだった。


 ちょうど隊商が到着したところだったようで、門前には数台の馬車が並び、門番と話をして荷物の検査を受けている。

 商人の顔ぶれは、二家族+他若干名といったところ。そして周囲には鎧兜で武装して剣を持った護衛の姿もある。


「わお」


 門の前に二十人ばかりがたむろしていて、シャラは思わず感嘆した。

 人里への攻撃にも加わらず、ずっと巣に籠もるドラゴン生だったもので、こちらの世界に転生してからこんなに多くの人を見るのは初めてだった。


 ついに人の世界に辿り着いたのだと感慨深く思い、遠巻きに見ていると、すぐに隊商の一人がシャラに気が付いた。

 シャラが隊商を見る時、隊商もまたシャラを見ているのだ。


「やべ、こっち来た」


 フード付きの外套をすっぽり被ったひょろ長い人影が一つ、滑るような足取りでシャラの方にやってきた。


 ――うわこの人、背ぇ高っ! ……じゃなくて今は俺が小さいのか。


 見上げるほどの大きさだったその人影は、シャラの前でフードを脱ぐ。


 親しみやすい雰囲気の女性だった。

 長身で、(胸部を除いて)痩躯。奔放にカールした新緑色のショートヘア、そしてとんがった耳。

 この世界には人間以外にも『人』と呼ばれる種族が存在する。そのうちの一種、エルフだ。

 12弦ハープくらいのサイズの弓を腰に吊しているところを見ると、どうやら彼女は隊商の護衛らしい。


 彼女はしゃがみ、シャラを覗き込むようにして目線の高さを合わせ、にこりと笑った。


「お嬢ちゃん一人? この街の子ぉか?」

「あ、えっと……」

「違うだろ、マイアレイア。

 彼女は旅装だし……それにここは前線都市だぞ。後方とは違う。日があるうちだろうと、子どもが街の外に出られるもんかよ」


 商人らしき年配の男が後ろからツッコミを入れた。


「確かに……せやったら誰や?」


 マイアレイアと呼ばれたエルフは、フクロウのように首をかしげる。

 シャラが語学学習用ゴーレムとの会話で学んだ人族語に比べたら、マイアレイアの人族語はかなり訛りがある。軽くて、威勢が良くて、厚かましさと表裏一体の親しみやすさを感じるそれは、日本語に喩えるならテレビ向けの関西弁っぽい印象だった。


 ――まずったな……人が居なくなってから門の方へ行けば良かった。


 シャラは進退窮する。とりあえず門番をどうにかする方法は用意してあったのだが、いきなりそれ以外の人に声を掛けられた。ここからはアドリブだ。


「訳あって名乗ることはできません……

 家族に捨てられたので、この街に住む方を頼って旅をしてきたんです」

「……一人で? どこの街から!?」

「街ってわけじゃないです……山の中に住んでたので」


 嘘は言っていない。


 咄嗟に上手い嘘を思いつかず、シャラは言ったらマズそうな部分をぼかす作戦に出たのだが、その説明を聞いてマイアレイアは顔色を変え、エメラルド色の目を潤ませてシャラの手を取った。


「苦労しとるんやな、あんた……!」

「いえ、そんな。別にそこまで可哀想なものでは…………」


 生まれてから今までずっと無能者として親族一同から蔑まれ続け、ついに三日前『野垂れ死ぬのが前提』という感じの方法で住居を追い出されただけだ。


「……可哀想なものでは、あるか。客観的には」

「団長、この子先に入れたらんか!? ウチらが終わるの待っとったら日ぃ暮れてまうわ!」

「あの、そんなお気遣い無く」

「ええから!」

「護衛が隊商の方針を決めるなよ……

 まあ、放り出してはおけんわな」


 どうやら隊商の一番偉い人だったらしい商人のオッサンからもGOサインが出て、エルフのお姉様は無理やりシャラを引っ張っていく。

 並んだ馬車を抜かして門の前まで来ると、そこには重厚な鎧で武装した門番が三人ほど立っていた。


「おい、スマンがこの嬢ちゃんを先に入れてやってくれんか。俺らとは別口だ」

「分かった」


 隊商の団長と門番は勝手知ったる間柄のようで、交渉は一言で終わった。


「ほれ行け」

「あ、ありがとうございます……」


 ――ああ、見知らぬ方の親切が身に染みる……

   そりゃ悪人だって山ほどいるだろうけれど、人ってこういうもんだよ。


 シャラはちょっと泣きそうになった。

 群れの中に居た頃は、むしろなんで生かしておいてくれてるのか疑問に思うほどのゴミ扱いを受けていたものだから、こんな風に親切にされた記憶なんて、ラウルを除けば無い。

 ドラゴンは人族を愚か者と見下しているが、シャラには人が愚かだなんて思えなかった。


 武装した巨大な(もとい、シャラが小さいだけだ)門番たちは、シャラを見下ろして驚いた顔をする。


「なんとまあ、これはまた可愛らしい旅人さんだ」

「一人でここまで? どうしてこの街に?」


 門番たちは気遣わしげだが、しかしそれはそれとして聞くべき事を聞いてくる。


 都市は外から入ってくる者に敏感だ。特に、身元が定かでない者に対しては。

 なので、都市の中に居る者に繋ぎが付けられるというのはかなりありがたいのだった。上手くすれば問答無用で事態を解決できる。


『念のため、手紙は同じものを二通持たせておく。片方を門番に渡して彼女に届けさせろ。上手く届かなかったとしても、手元のもう一通がお前を守るだろう。

 街の門では魔力の有無を調べられちまう。魔力を持ってる奴は十中八九、人に化けた魔物だからな。調べられる前に手紙を渡せよ。怪しまれずに街へ入る口実があるからな』


 用意周到なラウルから渡された手紙のうち一通を、シャラは門番に示す。


「エレナ・グレイという方を訪ねてきました。彼女が俺の身元を保証してくれます。

 ……この手紙をグレイさんに届けてくれませんか。お礼は致します」


 そして荷物から銀貨を一枚取り出し、門番の手にそっと握らせた。

 ワイロ、ではなくて手紙を運んで貰う手間賃だからこれは極めて健全で何の問題も無い清廉潔白なお金だ。相手を協力的な気分にさせるには充分だろう。


『金貨は出すな、絶対に銀貨を見せろ。

 金貨なんて出したらお前を盗人と疑うかも知れないし、愚かな……つまり大部分の人族であれば、お前を騙して金をもっと奪おうと考える』


 しつこいほどのアドバイスが頭の中でリピートされる。

 これはラウルから受け取った多少の路銀だ。まあ街に辿り着くまで金を使える場所はほぼ無いので、路銀と言うより街に着いてから使うための資金だが……


 門番たちは目を見張っていた。ただし、銀貨に対してではなく。


「エレナ・グレイだと……?」

「師のお知り合いで!?」


 銀貨はちゃっかり受け取る門番ズだったが、それよりもシャラの述べた名前に彼らは反応し、非常事態感を醸して動き出す。

 門に詰めていた伝令らしき兵が呼び出されて手紙を持たされ、全力疾走で街の中に消えていった。


「えー……もしかしてその人VIPなの?

 いや、そりゃ兄ちゃんが『相互利益』とか言うほどの相手だからさもありなんだけどさ……」


 それからしばし、シャラは待たされた。

 もしかしたらエレナ・グレイという女はとんでもない大罪人で、尋ねてきた自分まで捕らえようと準備しているのでは? ……なんていう、根拠の無い不安に駆られたりもしつつ、シャラは待ちぼうけを食った。

 暇を持て余した隊商の皆さんが身の上話を聞き出そうと質問攻めにしてくるのを、『他人に言うようなことではないので……』と、暗い表情ではぐらかし続け、質問の代わりに温かな視線と共に食べ物を貢がれるようになった頃だった。


 門の内側に彼女が現れたのは。


「手紙は読んだわ。あなたがシャラで間違いないかしら」


 外見を信じていいのなら、若い女だった。

 落ち着いているというか、世慣れているというか、そんなサバサバした雰囲気が漂う彼女は、金属質にも思える暗赤色の長い髪を豪快な太さの三つ編みにしている。目はガイレイのそれを思わせるような深い黒だったが、あのクソジジイとは比べものにならないような優しい色をしていた。

 鐔広のとんがり帽子に禁欲的なローブは、どちらも喪服のように真っ黒。そして巻き雲のようにねじくれた木製の杖を持った、コテコテの魔女スタイルだ。


 他者を見とれさせるような存在感のある女だった。

 確かに美女ではあったがそういう問題ではなく、彼女という存在を見過ごすべきではないのだと自然と思わせるような何かがある。


「エレナ・グレイさん、ですか?」

「あー、その話なんだけどね……」


 エレナ(仮)は、どう言えばいいか悩んでいる顔で首を振った。


「死んだわ、エレナは。

 私はエレナ・グレイの不肖の弟子、マリアベル・グレイ。

 師匠の魔術を受け継いだ、世にも珍しい『魔力持ち』よ」


 そして彼女はちょっとはにかんだように、にへらっと笑った。

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