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【1-20】前線都市ファルエル ポーター術医院 106号病室 / 懺悔

 病院を出て行こうとして、ふと、シャラは足を止めた。


「あ……そう言えば今、見張りがいない?」


 ランドルフは話をする前にシャラの見張りを下がらせた。

 そしてそのまま訓練場に行って、マリアベルが倒れたことでシャラがマリアベルを病院に担ぎ込むことになって……

 成り行きで見張りが外れていた。


 今ならば、秘密の話ができる。

 決意を固めて踵を返し、シャラは病棟へと向かっていった。


 * * *


 病棟一階の、奥まった場所にその病室はあった。

 部屋は狭いがベッドも一つきりの個室である。

 シャラが入っていくと、ベッドに腰掛けていた者が足音に気付いて顔を上げる。


「先生?」

「じゃないです」

「その声! シャラちゃん!?」

「……はい」


 浴衣のような服を着てベッドに座っていたのは、トリシアだ。

 手足に、そして両目を覆うように、痛々しく包帯が巻かれている。見えない目でシャラの方を向いて、彼女の声には喜色が滲む。


「ごめんなさい、ここに居るって分かってはいたんですけど……お見舞いに来るの、遅れました」

「そんなこと良いから! ほら、こっち来てくれる?」


 ぱぱぱ、と自分の隣を叩くトリシア。

 シャラは彼女に招かれるまま、並んでベッドに腰掛けた。


 包帯をグルグル巻きの顔でトリシアはシャラの方を見たけれど、視線は合わない。

 目を合わせているつもりかも知れないが、彼女はシャラの耳の辺りを見ていた。


「聞いたわ、あなたドラゴンだったんですって? もう驚いちゃった!

 でも考えてみれば魔法使ってたのも納得だわ!

 あの時私を守ってくれたのよね? でもまさかガイレイを倒すなんて……」

「目……」


 シャラは震える声を絞り出す。


「それ、魔法で良くなりましたか?」

「……何か、分かるの? シャラちゃん……」


 はっとした様子のトリシアの声音で、シャラは事態を察する。


 包帯の裏からは嫌な気配が漂っていた。

 腕を落とした少年のそれを何倍かに希釈したような呪いの気配が。間近に来て始めて分かるレベルだ。

 襲撃の時、彼女はガイレイのブレスで破壊された建物の中に居た。無差別ブレスの余波がかすったのか。

 命に別状は無いだろう。かすった場所が最悪だっただけで。


「ガイレイのブレスは、すごくタチが悪いんです。直撃しなかっただけでも幸運ですけど……」


 ブレスを腕に浴びた少年は腕を切らざるを得なくなった。

 頭や胴体に浴びていたら、即死を免れても緩慢に死ぬだけだ。


 命を失わなかっただけで儲けもの……と言えば確かにそうなのだが、シャラは痛々しく包帯まみれになったトリシアの姿を見て、配慮に欠けた言い方だったと思い直した。


「……『幸運』なんて言うべきじゃなかったですね」

「そんな気はしてた……この辺りだけ、魔法で回復しなかったから……」


 トリシアは包帯ごしに目の周りを撫でる。

 おそらく彼女は失明しており、それをまっとうな手段で治療できるかは分からない。


「ごめんなさい……」

「どうしてシャラちゃんが謝るの? あなたは私の命の恩人で――」

「そうじゃないんです。あいつらが襲ってきたのは、俺が原因でもあるから……」


 シャラは、込み上げる吐き気に耐えかねて反吐をぶちまけるかのように、言った。

 恐ろしくて秘密にしておきたいのに言わずにいられないという、二律背反の重圧があった。


「ガイレイは、俺の血を使って……俺が居る場所に転移してきたんだって言ってました。

 だから、あの時は急に街の中にドラゴンが沢山出て来たんです。

 そんなことができるなんて、俺知らなくて……

 だから、トリシアさんの怪我も、そのせいで……」

「それは、わざとじゃないんでしょ?」

「そうですけど、でも……!」


 思わず声が大きくなってしまって、シャラは尻切れの言葉を飲み下す。

 シャラは深呼吸した。呼吸の音にビブラートが掛かっていた。


「……この話、まだ誰にもしてないんです。トリシアさんが最初です」

「え……?」

「マリアベルさんにも言ってません……ずっと冒険者ギルドの監視が付いてたから、もし聞かれたらって思って……」


 床板のミゾに土の欠片が挟まっていた。


「もうガイレイは死んだんです。同じ事ができるドラゴンは居ないはず。

 でも……もし俺を使ったんだって知られたら、俺はきっとこの街に居られなくなる。『もしかしたら同じ魔法を使えるドラゴンが居るかも知れない』って考えたら……俺を追い出すのが正解です。

 それだけじゃない。人族世界中に情報が回って……どこの街にも入れなくなるかも知れない……

 本当に街とかそこに住んでる人の事を考えたら、俺は正直に全部話して出て行くべきなのかも知れません。

 でも……できませんでした。ずるいんです、俺は……」


 自分が黙っていたのは、少なくとも『正義の判断』ではないのだとシャラはよく分かっていた。

 これは、全くの利己だ。


 きっと、ガイレイがどうやって街に入ってきたのか知れたら、シャラは追い出されるか、殺されるのか。

 手に入れかけた居場所を無くしたくなくて、シャラは口をつぐんだ。もう大丈夫だろうと、大丈夫であってくれと、そんな怯えと祈りを抱いて。


 トリシアは押し黙っていた。

 どうするべきなのか考え込むように。

 もし彼女が、シャラの話を誰かにぶちまけてしまえばお終いだ。だけど、それでも仕方ないとシャラは思った。


「シャラちゃん。あなたはこれからどうしたいの?」

「ドラゴンの力……みんなのために使いたいんです。魔力を活かして人を助けるとか……

 ガイレイを倒したあの力がまた出せるなら、街を守ることだってできる」

「だったらそれでいいじゃない!」


 トリシアは、必死で食い下がった。

 何が問題なにかと言わんばかりに。

 見えない目でじっとシャラの方を見て。


 きっと、確かに、そうだ。

 街を出て行くとか、そういうのを抜きにして、もしシャラが何かできるとしたらそれくらいしか無いだろう。


 シャラはじわりと安堵して、力無く苦笑した。


「やっぱりずるいですね、俺……多分、最初から勝手にそうするつもりで……答えは出てたんです。

 なのに誰かに許してほしくて……『それで良いんだ』って言ってほしくて、こんな……」

「じゃ、私は共犯者ってことで」


 冗談めかして言いながらトリシアが手を伸ばす。シャラのほっぺに当たった。

 彼女は手探りでシャラの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。くすぐったかった。


「ごめんなさ……じゃなくて、ありがとう、ございます……」

「私こそありがとう。命懸けで私を守ってくれて……」


 情けなくて、申し訳なくて、でも嬉しくて、シャラは胸がいっぱいだった。

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