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【1-19】前線都市ファルエル ポーター術医院 施療室 / 滅せぬもののあるべきか

 マリアベルを医者に担ぎ込んで数十分。

 無限にも思えるほど長い待ち時間の果て、院長(仮)はシャラが待つ廊下に姿を現した。


「……所見は」

「あくまで……あくまで私の推測となりますが。

 長く患っていた方のように、命の力が尽きかけています。年齢を考えずに言うなら、老衰に近いような状態です。

 何故これ程までに衰弱してしまったのか……私には分かりかねます」


 恰幅の良い白衣の老人は、困惑と苦悩を滲ませて言う。


 医者が首をかしげるというのはなかなか恐ろしいものがあった。

 もちろんシャラにもわけがわからない。


「対処は?」

「安静にするように、としか言えません。

 まだお若いのですし、これまで病弱という事もありませんでしたから、ゆっくり休んで滋養の付くものを食べれば容体の改善が見込める……と思う……のですが」

「そうか……」


 恐縮した様子の院長(仮)と擦れ違い、シャラは病室に踏み込む。

 ベッドに寝かされたマリアベルは、寝息のように長く静かな呼吸を繰り返していた。


「マリアベルさん」

「面倒掛けてごめんね。

 大丈夫よ。ハードワークだったし、いろいろあったからちょっと疲れてるだけよ」

「本当に大丈夫ですか?」


 マリアベルの様子が空元気に見えてしょうがなくて、シャラは胡乱な目で見ることしかできない。


「無理しないでくださいよ。心配したんですから」

「……私が死んだら悲しい?」


 特にもったい付けた様子もなく、気温の話でもするみたいにマリアベルは聞いた。

 氷の手で心臓をつかまれたみたいに感じて、シャラはぐっと答えに詰まる。


「これから死ぬみたいな言い方ですね。縁起でもないですよ」

「そうね……ごめん、身体が弱ってると意味も無くおセンチになるわね」


 茶化すように、誤魔化すように、マリアベルは微笑む。

 シャラは溜息が自然とこぼれた。


「五日分です」

「なにそれ?」

「もし今マリアベルさんが死んだら、お世話になった五日間の分だけ悲しいです。

 俺、この街に来て一週間すら経ってないですから、会ったばっかりのマリアベルさんの事であんま大げさに悲しむのもなんか嘘くさいじゃないですか。恩はありますけれど、だから悲しいのかって言ったらそれも違う気がするし。

 でも一緒に居た時間の分は、俺にも悲しむ権利があるんじゃないかなって……なんかそう思っただけです」


 死の床(と決まったわけではないが)にある人間をどうやって元気づければいいかなんてシャラは知らない。

 突き放すわけにもいかないし、かと言って、大げさに元気づけようとしても薄っぺらな言葉になってしまいそうで、ただ『フェアで嘘の無い言葉は何か』を考えて、そう言った。


 しどろもどろで意味不明になってしまった気もしたけれど、マリアベルは感極まった様子で静かにシャラを抱き寄せてきた。


「わっぷ!?」

「ありがとう、シャラちゃん……」


 その力は悲しいほどに弱かったけれど、シャラはされるがままにしていた。

 彼女の柔らかな左胸からは命の音がしていた。


「あの、マリアベルさん。本当に色々ありがとうございます。

 俺のこと匿ってくれたり庇ってくれたり……

 まだどうなるか分かんないですけど、マリアベルさんが居なかったら、この街に住むなんて100%無理でした」

「ちょっと何? これ以上泣かせないでよ」

「別に……

 もしこの謎の病気で死ななかったとしても、俺もマリアベルさんも何時死ぬかなんて分かんないですから。ほら、隕石が降って来て運悪く直撃するなんてこともあるかも知れないし。

 お礼を言った方が良さそうなことがあれば、言える時にお礼しとくべきだなって、なんかそう思ったんです」


 マリアベルが死ぬなんてシャラは思いたくなかったし、あまりに急なことで何かの間違いではないかとも思っていたし、実は大したことなくて早晩元気になるのではないかとも思っていた。

 だからこそ軽い気持ちで、『念のため』を言えたのかも知れない。


「これで満足して死んだりしないでくださいね?

 俺、まだものすごく世話になる気満々なので」

「そうね。私もまだシャラちゃんに着せたい服が沢山あるし」

「うぐ。それは……」


 耳元で言われて答えに窮したシャラだが、半ばヤケで覚悟を固める。


「俺がファッションショーしてマリアベルさんが元気になるならスク水でもバニー衣装でも着ますけど! ええ、着てやりますよ!」

「やったあ! ……ところで『すくみず』ってナニ?」

「知らなくていい物です」


 バニー衣装が存在するかどうかは怖いので聞かないでおいた。

 

「明日からの討伐で冒険者ギルドの仕事手伝う代わりに、何か魔物の肉分けてもらってきますから、それ食べて元気になってください」

「うん、気をつけてね。

 ……にしても支部長マスターさん、割と無茶してたわよね。

 あれが可愛い女の子への扱いですかっての!」

「ま、まあ無事でしたし」

「結局あれで合格なの?」

「だとは思いますけど……聞きに戻らなきゃ。俺、付いてなくて大丈夫です?」

「子どもじゃあるまいし大丈夫よ。

 それよりも静かに考え事をしたい気分なの。何か、大切なことを忘れているような……それを思い出せそうな……」

「大切なこと……?」


 一瞬、遠い目をしていたマリアベルは、訝しむシャラに向かって誤魔化すように手を振った。


「ごめん、なんでもないない」

「そうですか……

 あの、入院に必要なものとか、持ってきましょうか? 歯ブラシとかタオルとか着替えとか」

「一休みしたら家に戻るわよ。多分」

「じゃ、何か予定変更があったら≪念話テレパシー≫でも使ってください」

「了解」


 ようやくマリアベルが手を離してくれたので、シャラは病室を出て行く。

 去り際に振り返ると、マリアベルは既に、気絶するかのように眠りに落ちていた。

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