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【1-18】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 訓練場 / 実技試験

 過剰なくらい堅牢な壁に囲まれた、バスケットコートくらいの空間。

 その中心でシャラは、剣盾鎧兜で完全武装したランドルフと対峙していた。


 ここは冒険者ギルドの建物からほど近い訓練場。

 少々過激な訓練も想定した場所で、周囲の壁には魔法防御能力も備えられている。

 冒険者たちが剣を撃ち合わせて技を磨く場所であり、新たに冒険者とならんとする者に試験を施す場としても使われる。


 冒険者となる者は、基本的に出自を問われない。

 もちろんそれが手配通の犯罪者だったりしたら官憲に引き渡されるが、そういう話ではなく、身分によって門前払いされることはあり得ないということだ。

 行き場をなくした者たちが糧を得るため、あるいは人生一発逆転の冒険者ドリームに賭けるため、ギルドの門を叩くのは決して珍しいことではない。


 それでも、冒険者のみならず人族の敵であるドラゴンが冒険者になりたがるなんて、前代未聞かも知れないけれど。


 ――今の俺は、マリアベルさんの信用のお陰でこの街に入って来れただけで……

   後はなんかドサクサ紛れに居着こうとしてるだけの、限りなく不法滞在者みたいなものだ。

   でも冒険者になってしまえば、ひとまず建前としての身分は得られる事になる……!


 シャラはファルエル市民ではないし、ファルエルが所属する"東王国"の国民でもない。

 だが冒険者になればギルドが身分を保障することになり、制度上は合法的にこの街に居られるようになる。

 ドラゴンに法的裏付けなど何の意味があるのかと自分で思わなくもないが、まっとうな手続きを踏んでおくことは大切だろう。


 座学試験は楽勝だった。ある程度の社会常識と魔物の知識、それと野外活動の知識があれば合格になる。

 ちなみに文字すら書けなくても口頭試問でパスできるのだが、シャラは群れで人族語を学んでいた。ドラゴンたちは見下している人族の言語もしっかり学ばせる辺り、太平洋戦争中に敵性語を排除したどっかの国の市民様よりは賢いようだ。


 後は実技試験。

 魔物と戦う力のほどを確かめるものだ。


「本来は私自ら試験をするなんて事は滅多にないんだが、状況が状況だからね。

 それに私としても見てみたいよ、ガイレイを倒したドラゴンの力を」

「ホントに俺もなんであんなことができたのか分かんないんですってば。

 あと、大量に触媒を使ってようやくあのブレスを吐けたわけなので……触媒無しだと大したことはできませんよ」


 隙無く構えるランドルフを前に、シャラは闘気を滾らせドラゴンの力を呼び覚ます。


 細く柔らかだった両腕に黒光りする鱗が浮いて、長手袋のように覆って固まる。

 シャラの両腕は鋭い爪を備えた竜の腕と変じた。


 さらに、スカートの下から這い出たものが、ざらりと地を撫でる。

 尾てい骨の辺りから生えた尻尾だ。細かな鱗が接ぎ合わさったような尻尾は柔軟でありながらも力強い。


 ルエリの姿が変わっていくのを見て、ランドルフは興味深げだった。


「一応、半竜化は可能ということか。武器はその爪と尻尾かい?」

「はい。あとはブレスも……ガイレイをぶっ飛ばしたような凄いのは無理ですけど、普通のブレスならこの状態で使えます」

「翼は?」

「出せますけど今は尻尾優先です。俺の場合、あんまりパーツ増やすと魔力が持ちませんし、戦闘試験で飛んじゃったらなんか卑怯な気もしますし」


 長い尻尾をくねらせて、シャラはぺちぺち地面を叩く。

 格闘戦をするのであれば、ドラゴンの尻尾は強力な武器となるのだ。完全にドラゴン化した状態での尻尾ビンタがどれほどえげつない威力なのかは身を以て知っている。

 人竜形態でも同じ事。パンチよりキックより尻尾の方が強いし、単純に手数(尾数?)も増える。


 半竜形態のシャラを見て、訓練場の壁際ではマリアベルがニマニマと笑っていた。


「……なるほど、これは確かにローライズの下着が必要だわ」

「人の下着の形とかバラさないでくれます!?」


 突然のリークに、シャラは口から火の粉を散らしながら遺憾の意を表明した。


 シャラは遂に観念して、女の子向けの下着を身につけていた。

 ただし、用意したマリアベル自身も冗談のつもりで持ってきたらしいギリギリのローライズなやつを。

 尻尾を邪魔しないためには、お尻全体を覆うパンツを履くわけにはいかないのだ。


「って言うか俺はドロワーズに尻尾穴開ければ充分だって言いましたよね!?」

「女の子が穴開きのパンツ履いてるなんて駄目よ」

オスのドラゴンは皆、ズボンとかパンツに尻尾穴開けてるのに……」


 『黒の群れ』のドラゴンたちは、半人半竜の形態を取る場合も、尻尾と翼を出しっぱなしにするのが流儀だった。例外は寝るときくらいか。

 彼らが着る服には、社会の窓みたいな『翼穴』『尻尾穴』が備え付けられていたりする。


 まあシャラが知っているのはオスの格好ばかりなので、メスがどんな下着を身につけていたかは知らないのだが。

 そう言えば雌たちは基本的にパンツルックにならず、長いスカートの下に尻尾をしまい込むのが普通だった。彼女らは戦いに出ないので、雄のように尻尾をひけらかす必要も無いと言うことなのだろうか。


「ちなみに、半竜形態での格闘術などは群れの者に仕込まれたりしたかい?」

「いえ、そういうのはほぼ無いです。

 兄貴ラウルに特訓見てもらったことはあるけど、ブレスが吐けるようになるまでコーチしてもらった以外は、向こうも技術が無いからスパーリングしたくらいで」

「やはりか。

 『黒の群れ』は半竜形態での戦闘をあまり重視しないという。これは群れの文化だね。

 『赤の群れ』などは、半竜形態での武器の扱いを群れの者皆に学ばせると言うが……」

「そうなんですか? 知りませんでした」


 突然の雑学知識。

 群れ間の交流は無いに等しいので、これはシャラも知らなかった。

 『黒の群れ』以外のことに関しては、ドラゴンであるシャラよりも、ドラゴンと戦い続けてきた人々の方が詳しかったようだ。


「まあいい、とにかく掛かってきたまえ。私はキミが間違って殺せるほどには弱くないつもりだ」

「では、謹んで参ります」

「防具は要らんのか?」

「下手な防具より頑丈な身体してるんで」

「なら遠慮無く行くぞ」


 マリアベルがコインを弾く。

 それが控えめな音を立てて地に落ちた瞬間、二人は同時に地を蹴っていた。


 飛びかかるシャラを迎え撃ち、片手持ちの刃を潰した剣が振り下ろされる。

 シャラはそれを真正面から掌で受け止め、掴み取った。

 刃を潰した剣であり、対竜特効武器アンチドラゴンウエポンでもないなら、この程度は容易い。


「ほう!」


 興がるランドルフは続いて左手の盾で殴りつけてくる。

 シャラはそれを裏拳で殴りつけて止めつつ、突進の勢いを乗せて尻尾を振り回した。

 自分の尻尾を縄跳びのように飛び越え、地を薙ぐ一撃をシャラは叩き込む。

 足を掬われる寸前、ランドルフもシャラの尻尾を飛び越え、同時、剣を引いてシャラを引き寄せた。

 

 盾の裏の取っ手を持つ左手で、ランドルフは無理やりシャラの腕を掴む。

 空中でもつれ合う二人。

 一瞬の後、ランドルフは着地するなり身を捻るように鋭く投げを打って地面にシャラを叩き付けた。


「ぐっ……!」


 腕だけ掴んで投げ飛ばされたのだ、常人なら脱臼では済まず肩が破壊されていたかも知れない。

 さらに容赦無く剣が振り下ろされる。

 地面を転がってシャラはそれを回避しつつ、尻尾をバネにして跳ね起き、そのまま尻尾を軸にしてランドルフの腹を蹴飛ばした。

 鎧に響く重い手応え。


「ぬん!」


 よろめき一歩後ずさるランドルフだが、そこで踏みとどまって目にも止まらぬ勢いで剣を閃かせる。

 迎え撃たれたシャラは鱗と爪で剣を弾いた。切り結ぶ剣と爪は五秒で七合。鋭い音が鳴り、火花が散る。


 鳩尾を狙うランドルフの突き。

 シャラは交差させた腕の上に剣を滑らせ、刃を掻い潜って間合いに飛び込んだ。


 あと半歩。必殺の爪がランドルフの鎧を引き裂くかと思ったその時だ。

 姿勢を低くしていたシャラは顎を思いっきり蹴り上げられた。


「ぷわっ!」


 脳髄が揺れる。

 頭をかち上げられながらもなんとかバランスを取ったシャラは、倒立の要領でバク転して尻尾から着地した。


 シャラは空手だかカンフーだか分からない構えを取って再び……


「待て、そこまでだ!」


 ランドルフが突然、声を張り上げた。


 もう試験は終わりなのかと疑問に思ったのも束の間、シャラはランドルフが戦闘を止めた理由に気が付く。


「マリアベルさん!?」


 壁際で戦いを見守っていたはずのマリアベルが、射貫かれた獣のように身を丸めて蹲っていた。

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