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【1-17】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 支部長室 / 封竜の要

 それ単体で砦になっているかのように堅牢な冒険者ギルドの支部を、シャラは再び訪れた。

 騒ぎにならぬようにと裏口から入ったのは前回と同じだが、今回案内される先は地下ではなくて最上階。

 三階にある支部長室だった。


「マリアベル・グレイ。参りました」

「入りたまえ」


 マリアベルが挨拶をして入室する。

 扉を開くなり、シャラは鉄臭い空気がむっと押し寄せてきたように感じた。


 武具がいくつも飾られている事を除けば、そこは意外と普通の執務室だった。

 調度品の座に甘んじている武具たちは、決して生まれついての飾り物ではなく、一線を退いた歴戦の勇士なのだと数多の傷痕が物語る。


 部屋の主は、豪放豪快なアウトローオーラを漂わせる、海賊船長みたいな雰囲気をした壮年の男だった。

 腕相撲の国代表くらいにはなれそうな鍛え上げられた肉体。モヒカン風に刈り込まれた鋼色の髪。年季の入った剣ダコまみれの手を差しだし、彼はマリアベルと握手をした。


「ご足労感謝、グレイさん。そして……」


 かなりの身長差があるシャラを、ブルーグレーの双眸が射貫くように見下ろす。


「来てくれたか」

「……グエルガ・ズア・シャラと申します」

「冒険者ギルド、ファルエル支部の支部長マスターを勤めるランドルフ・ケインズという者だ。

 よろしく」


 ランドルフはニタリと微笑む。

 営業スマイルとか愛想笑いと表現するには、攻撃力が高すぎだった。


「下がっていろ。俺なら大丈夫だ」

「はっ」

「はい」


 ランドルフに命じられ、ずっとシャラを監視していた二人の冒険者は退出していく。

 それを見届けてからシャラは切り出した。


「『はじめまして』じゃないですよね。地下で会ってますよね」

「何故言い切れる?」

「この建物の地下で重要なことするのに、支部長のあなたが立ち会わないわけないですし……

 それに、あなたも評議会の一員だと聞きました」

「冒険者ギルドは公権力から独立した存在だ。ファルエル評議会の一員と言っても、私はオブザーバーとしてギルドから派遣された立場に過ぎないよ」

「その建前にあぐらを掻いて、いろいろとグレーの取引をしたり口挟んだりしてるんでしょうに」


 呆れ気味にマリアベルはツッコミを入れたが、ランドルフはスルーした。


「ともあれ、息子が世話になったな」

「いやー、息子さんとはいざ知らずというか、さっき聞いたと言いましょうか……」


 今にも噛みついてきそうな笑顔の圧に押され、シャラはちょっと後ずさった。


 このギルド支部長マスター、よりにもよってシャラが腕を切った少年の父だというお話だった。

 知らぬ間にシャラはランドルフにとって、息子の命の恩人になっていた。

 実際これはシャラにとって、街のお偉いさんの一人に恩を売れたのだから有り難いことだった。


「私の立場や仕事の話はひとまず脇に置いて、この件には一人の父親として礼を言いたい。

 ……とは言え、狂言で腕を切られちゃたまらないからね。切断された腕はギルドの方で分析させてもらった」

「疑いは晴れましたか」

「ああ。あれは『ドラゴンの呪いに冒された子どもの腕』の貴重なサンプルとして瓶詰めになったよ」


 息子の腕を瓶詰めにしたと、平然と言うランドルフ。


 ドラゴンをはじめとした魔物の研究もギルドの仕事だ。

 だからランドルフにとっては当然の行為なのかも知れないが、腕を切った張本(ドラゴン)のシャラは引きつった笑顔を浮かべるのが精一杯だった。


「ドラゴンたるキミは既に知っているだろうけれど、我ら冒険者ギルドは『みん』の立場でドラゴンと戦うことを生業とする者らの同業組合だ。

 冒険者がすることと言えば、街の外での資源採取や、魔物退治によるドラゴン側戦力の漸減……時にはドラゴンの巣に対して決死の破壊工作を仕掛けることもある」

「はい。よく知ってます」

「その仕事がちゃんと金になるよう環境を整え、そして支援するのが我々、冒険者ギルドの仕事というわけだ」


 勿体付けてランドルフは語る。

 彼は執務机に置かれていた文鎮ペーパーウェイトを摘まみ上げる。

 ドリルの先端のミニチュアみたいなデザインだった。これは『封竜楔』というマジックアイテムを模したものだ。


 百年単位で続いている、この世界の覇権を懸けた人竜の争い。

 七大竜王が生まれる前や、ドラゴンが生殖術式を手に入れる前はまた事情が異なるのでさておいて、現在の人族側の戦略は『ドラゴンの群れに総攻撃をさせない』……これに尽きる。

 群れの全てのドラゴンが一斉にやってきたら、いくらなんでも耐えきれないからだ。

 そこでまず、人々は連帯を深めて相互に後ろ盾を作った。

 もしドラゴンの群れが総攻撃を掛けて来たら、その群れは全員魔力が欠乏してまともに動けない状態に陥る。

 そんなことになれば、たとえ都市一つ滅ぼしてもその背後から別の人族が現れて隙を突き、群れを滅ぼすのだと思わせることで抑止力とした。


 さらにもう一つ、鍵となるのが『封竜楔』と呼ばれるマジックアイテムだ。『アイテム』と言うには少し大きすぎる、むしろ『設備』とか『兵器』と呼ぶべきものだが。

 400年以上前、家族も仲間も全てをドラゴンに奪われたとある錬金術師が狂気の研究の果てに作り出したというこのアイテムは、魔力を希薄化・破壊し、ドラゴンたちの力を奪う結界を展開する。


 人族は街という街に『封竜楔』を設置しており、『封竜楔』のネットワークを築いていて、人族の領域はドラゴンにとって『迂闊に踏み入れば貯蔵魔力を消し飛ばされて無力化される危険地帯』となっている。

 そのためドラゴンは『封竜楔』ネットワークの隅っこに当たり、『封竜楔』の影響が弱い前線地帯しか攻撃できない。それでさえ長時間の戦闘となれば息切れしてしまうので、時間さえ稼げば人族の勝利だ。


 さらに人族は、ドラゴンの群れの本拠地近くに切り込んで『封竜楔』を設置し、ドラゴンを戦いに引きずり出して消耗させることもあった。

 『封竜楔』で魔力を奪えればよし、戦いに持ち込んで消耗させればそれはそれでよし。

 とにかく群れの全てのドラゴンが魔力を満タンに貯め込んだ状態にしてしまったら、総攻撃で一気に人族世界を()()()()可能性が高いからだ。


 『封竜楔』の存在は、辛うじて人族がドラゴンと戦えている理由。人族の最終兵器だった。


 もちろん、魔力を持たない人族には何の影響も無い。

 と言うか対ドラゴン用の兵器として大雑把な造りになっているのか、一般的なドラゴンに比べたらもともと大して魔力を持っていないシャラや、『魔力持ち』とは言えか弱い人族であるマリアベルには大して効かない模様。網の目が大きすぎて、小物であるシャラたちはすり抜けているという印象だ。

 

 しかし、この『封竜楔』もマジックアイテムである以上、魔力を燃料として食わせなければならない。

 そのため冒険者は、現在の人族社会のシステムを維持する上で不可欠の存在となっていた。


「魔物の肉体や、自然界で魔力を蓄えた植物・鉱物……そういった魔力資源の回収も冒険者ギルドの重要な仕事。そして既に聞いていると思うが、我らの回収するべき資源が、我らの仕事の妨害者として現れた。

 ついては協力を求めたい。魔物との戦いでは必然的に怪我人が出るからな。そこで応急処置に当たる『魔力持ち』が二人に増えるなら大変有り難い」

「戦闘能力を期待されてるわけじゃないんですね、俺」

「戦える者ならうちは沢山抱えているが、触媒無しで魔法を使える者はと言うと、防衛兵団に伝手が一人居るだけだ。それを二人に増やしたい。……一人と一頭、と言うべきかな?」

「どっちでもいいですよ」


 ホッとしたような、気抜けしたような。

 再現性すら不明な必殺ブレスを活かすのではなく、あくまで救急箱としての役割を期待されているわけだ。


「協力しましょう。ですが、こちらからもお願いがあります」

「何だね?」

「……俺を冒険者としてギルドに登録してください」


 シャラが言うと、見透かし見定めようとするかのように、ランドルフの眼光が鋭くなった。

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