【1-13】前線都市ファルエル 水の広場 / 戦勝の宴
襲撃の翌日。前線都市ファルエルでは街を挙げての大宴会になっていた。
ファルエルは襲撃を受けたり、でなくても街の関わる大規模な戦いがあった後は、こうしてしばしば宴会を開く。
決してお気楽にやっているのではなく、街全体の士気を保つ上で重要なことだ。
此度の襲撃によってファルエルが負った被害は決して小さくない。
だが、街はそれを上回る歓喜に包まれていた。
一頭でもドラゴンを討ち取ればお祭り騒ぎになる。それが、よりによって『黒の群れ』の首魁である竜王ガイレイを討ち取ったとあっては極限の乱痴気騒ぎになるのも必定だった。
ひょっとしたら、これが、長きにわたる人竜の戦いを終わらせる契機になるのではないかという声すら聞かれた。
通りの中心に椅子と机が並べられ、篝火や魔力灯で煌々と照らされる。
そこに、酒や料理が次々運ばれてきてはデタラメに並べられる。
朝から飲み通していた酔っ払いたちがそこかしこで乾杯し、芸人や楽士がせわしなく飛び回りつつ盛り上げる。
防衛兵団の者も、一部の不幸な見張り当番を除いて宴会に参加するほどだ。不用心にも思えるが、これもしっかり計算した上での行動だった。
ドラゴンは強大だが、戦うために魔力を蓄えるには時間が掛かる。あれだけの規模の襲撃の直後に連続して攻めてくることはほぼ考えられない。
シャラもそれは不可能だろうと思った。昨日は襲撃部隊を率いられるような特に力のあるドラゴンが総出で出撃していたから、『黒の群れ』はしばらく身動きが取れないはずだ。
ならば多少の息抜きは許した方が良いという判断だろう。
大通りの結節点となっている広場では、特に多くの人々が集まっていた。
街に丁度滞在していた旅芸人一座の歌姫がお立ち台の上で陽気な歌を歌い、喝采と投げ銭が飛ぶ。
さながら野外ディナーショーといった趣だ。もっとも、客のほとんどは浮かれきっているか酔っ払いかのどちらかなので、歌でさえあれば幼稚園児が歌う『ぞうさん』でも良さそうな状態だったが。
広場を見下ろす建物の上にもいくらか人が居て、屋根の上から月を見ていた。
シャラはそんな中に混じって広場の大騒ぎを見下ろしていた。
そして、歌姫が何曲目かを歌い終わったところで行動を起こした。
突如、晴れた夜空から一条の稲妻が降り、ステージ上に叩き付けられた。
「きゃああ!?」
間近への落雷に、歌姫が腰を抜かして倒れ、周囲で見ていた人々もざわめき悲鳴を上げた。
落雷などするはずのない晴れた空から降って来たこれは≪召雷≫の魔法。
群衆に紛れてマリアベルが行使した攻撃魔法だ。
あらゆる喧噪と物音が、広場では一瞬途切れる。
シャラは駆け出し、屋根を蹴って飛んだ。
見張りの冒険者たちを屋根の上に置き去りにして。
シャラが身に纏っているのは、チャイナドレスだか花魁装束だか微妙な感じの衣装。漆黒の地に金糸銀糸で模様を縫い取り装飾したものだ。背中の部分は大きく露出している。
マリアベルがどこからこんな服を調達してきたか疑問ではあったが、ありがたく使わせてもらうことにした。
シャラの背中から皮膜の翼が展開され、夜空を従えるかのように羽ばたく。
広場の上でふわりと宙に舞い、そしてシャラはステージ上に降り立った。どうせ長時間はもたないので、翼はすぐに折りたたんで消滅させる。
目眩がするほどの数の視線がシャラに突き刺さった。
突然の出来事にも逃げ出す者はほとんど居ない。何もかもが唐突すぎて頭が付いて行かないのと、酒で頭が鈍っているのと、そういう人が大半なせいで付和雷同して逃げ出さずに居る者と……といった様子だった。
「ふふ……楽にせよ、人の子らよ」
飴玉を舐め転がすような口調でシャラは群衆に語りかける。
「其方ら、竜王ガイレイの死は既に聞き及んでおろう?
それを何者が為したかは知り得ておるかの?」
問われ、細波のようなざわめきが起きた。
シャラが知る限り、少なくとも防衛兵団の公式発表で『誰が倒したか』という話はまだ出ていなかった。そうと分かっていてシャラは問うた。
街中では、あの有名冒険者だ、防衛兵団の勇者だ、そうじゃない俺だと、噂と与太話が溢れているところだ。
「竜王ガイレイを弑したは妾なるぞ。
妾の名はグエルガ・ズア・シャラ。
……憎き竜王ガイレイにより『黒の群れ』を追われた、はぐれ者の竜よ」
宙空に腰掛けて、シャラは足を組む。
群衆はおののき、どよめく。
ステージ前の最前列に居た者たちは椅子を被りながら距離を取り、シャラのすぐ隣で腰を抜かしていた歌姫も腰を抜かしたままシャカシャカと手動かして後ずさった。
「静まれ。……そう脅えずともよい。
妾は人が好きじゃ。穴蔵でふんぞり返っておる同族共よりも、余程な」
シャラは尊大に微笑んで、ゆるりと、意味も無く両手を広げた。
「妾はこの街が気に入ったのじゃ。
陰気な穴蔵に未練など無い故、人に紛れてこの街で静かに生きるもまた良かろうと思うたのじゃがな。
ああ、そうよ。本性を露わにする気も無かった。
じゃが、妾の街が同族共に焼かれようとしているのであれば、座して眺めておるわけにも行くまいて」
そしてシャラが軽く手招くと、その辺のテーブルに置いてあった空の杯と酒の瓶が飛んできて、不可視の何者かが酌でもしているかのように杯を満たす。
「今宵の宴にて妾の勝利を祝い明かすが良い。
そして、これよりファルエルの街は妾の庇護の下に栄えるであろう。
妾を讃える栄誉を許すぞ? 人の子らよ」
シャラは乾杯のジェスチャーをするように杯を掲げる。
「おお……」
群衆の誰かが、溜息のような声を出したのが皮切りとなった。
「「「おおおおおおおおお!!」」」
その声は徐々に盛り上がり、地震でも起こったかと錯覚するほどの歓声になった。
拳を、杯を突き上げて、人々は快哉を叫ぶ。
勝利を祝い、勝利をもたらした人ならぬ英雄を讃えた。
宴はいつ果てるともなく、夜が白々明けるまで続いた。
束の間の夢に酔い痴れる人々は、夜が明ければまた前線都市の一員としての仕事に戻って行くのだ。