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【1-12】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 裏口 / 仮釈放

 シャラが冒険者ギルドの建物を裏口から出ると、夕焼けの中に三角帽子とローブのシルエットが待っていた。


「マリアベルさん……! 今度は葉っぱじゃないですよね?」

「ちゃんと生身よ」


 彼女は軽く手を振って駆け寄り、シャラの小さな身体をぎゅっと抱きしめた。

 温かな感触に、シャラは思わず立ちすくむ。


「ごめんね、シャラちゃん」

「えっ……いや、なんで謝るんです? 俺、助けてくれたお礼を言おうと……」

「何も言わずにあんなところにシャラちゃんだけ行かせちゃって……」


 ああそうか、とシャラは今更納得する。

 マリアベルは最初からああいう展開を予期して、自身は捕らえられないように手を打っていた。

 それでいてシャラは自ら危険な場所に飛び込ませたことになる。


 とは言えシャラは、それがしょうがなかったのだと考えてもいた。

 向こうは既にシャラの正体に目星を付けていたのだから、呼び出しを突っぱねればどんな手段に出られたか分からない。

 マリアベルもそう考えたからこそ、まずは向こうの手に乗っておいて、それを食い破ることで拮抗状態を作り出したのだろう。

 そして、自慢じゃないがシャラは器用な演技などできないだろうから、『敵を騙すにはまず味方から』理論は結果的に正しい。


「怖くなかった?」

「……白状すると、結構本気で死ぬかと思いました……」

「その危険も無いわけじゃなかったけど、あれは牽制って言うか脅しって言うか、そういうものね。

 このままじゃあなたが『英雄』として民の信認を全部持っていっちゃうから、そこに本能的な危惧を覚えたのよ。権力者として。

 だから大人しくしてろって言ったわけ」

「マジですか……? てっきり本気で警戒されてるもんかと」


 シャラの背後には男女一人ずつ、重武装した手練れの冒険者がじっと控えている。話が聞こえていないかのように静かに待機している。

 SPみたいな雰囲気だが、目的はもちろんシャラの護衛なんかじゃなくて監視だ。


「本気で警戒されてたら、お呼び出しなんてヌルいやり方しないわよ。

 それに、脅しが通じる程度の強さだと思ったから脅されたわけだし。こりゃ、あなたの戦い……よっぽどの手練れに観察されてたわね。防衛兵団の分析班も動いたでしょうし」

「実力はだいたい把握されてるってわけですか。うひゃー」

「魔力を()()()()()()封じられるって公算はあったんでしょ」


 考えてみれば、あの場所には街を襲った十頭+囮一頭のドラゴンのうち三頭もが集まっていたのだ。

 防衛兵団とかから観察されていない方がおかしい。


 シャラは人工触媒を大量消費したブレスでガイレイを打ち破った。

 だが、それまで一方的にボコられていたことを考えれば、シャラの強さがどういう性質のものなのかは想像が付くだろう。

 付け加えるならさっきの地下室で、何かマジックアイテムでも使って力を測られていたりするのかも知れない。


「俺を呼び出したのって、つまりこの街の政府って言うか、お役所って言うか、そういうので間違ってないですよね?」

「そうね。街の実力者が集まった意志決定機関の『評議会』ってとこ。

 ……なんとなく分かったとは思うけど、あれで無能じゃないのよ、評議会も。なにしろドラゴンの侵攻に最前線で抵抗し続けるファルエルを動かしてるんだもの。

 ただ無慈悲だし身勝手で横暴だから、関わる時は最大限に注意して。あいつらが勇ましく戦いの指揮を執っている下で、評議会の連中の私利私欲のために泣かされてる人は少なくないわ」


 マリアベルの言葉は溜息交じりだった。

 別に彼女はドラゴンというわけではないが、『魔力持ち』という特異な、そしてある種特権的な立場である彼女が街の幹部から目を付けられていることは想像に難くない。積もり積もったものがありそうだった。


「本当にごめんね、シャラちゃん。……あんなものを、街の恩(ドラゴン)であるあなたに見せちゃって」


 彼女はくすぐるようにシャラの髪を掻き乱す。


「もしかして、人に幻滅した?」

「別に……この程度なら予想してたんで」


 別の世界に生きていたとは言え、なにしろ元人間なもので、シャラは良くも悪くも人を知っている。

 あんな風に敵意を向けられることがあろうと、まだシャラは人の善性というものを信じるに足ると思っていた。ドラゴンの世界よりは万倍マシだ。

 いきなり権力者に目を付けられたのは……正直、面倒なことになったとは思うが。


「……帰りましょ」


 マリアベルはシャラの手を引いて歩き出す。

 見張りの冒険者たちは少し間を開けて、黙って付いてきた。


評議会あいつらのやりそうなことは見当付いてるわ。

 次はあなたがドラゴンだって情報をこっそり流してくるわよ』


 シャラの頭の中にマリアベルの声が響いた。魔法によるテレパシーだ。


『それも俺への牽制ってやつですか』

『注意喚起の意味もあると思うし、『街にドラゴンが居る』と知った市民の反応を見たいんでしょ。

 あなたへの反発が盛り上がるようだったら追い出すし、そうでもなければ堂々と利用しよう……

 ってところじゃないかしら』

『うへー……』


 したたかだ。シャラは率直にそう思った。

 政治的な駆け引きみたいな難しい事はよく分からないが、有能で横暴という言葉の意味は痛いほど分かった。


『どうする? ……もしどこか、誰もあなたを知らない街へ行きたいなら協力するわ。私も付いて行って良いし。

 だけどもし、この街に居続けたいなら指くわえて見てるわけにはいかないわね』

『俺は……』


 詰まるところ、今シャラが直面している問題は自分がドラゴンだと露見したことに起因している。

 なら、どこか遠い人族の街へ行って……そこに住み着き、正体を隠して一からやり直すというのも考え得る。


 しかし、シャラはそうする気にはなれなかった。


『……まだ、この街から逃げるわけにはいきません』


 歩きながらシャラは周囲を見回した。


 十頭のドラゴンが暴れ回った時間は数分、あるいは十数分程度だろう。だがそれは被害を出すのに充分すぎた。

 多くの建物が倒壊し、潰され、叩き割られ、焼かれていた。

 道脇を見れば、魔法か何かで荒っぽく瓦礫を掻き分けて何かを掘り出した痕跡がある。倒壊した建物に埋まった人々を救助したのだろう。

 未だ、どこからか屍肉の焼ける臭いが漂っている。


 この件に関してシャラの責任があるかどうかと言えば、無いだろう。

 それでも事態の引き金を引いたのはシャラだ。

 そのことで何かの決着を付けなければならない。それをしないまま街を離れることは人族全体への裏切りになるのではないかと思われた。


 ――そもそも、俺はこのことをマリアベルさんにすら言えてない……


 ただでさえ微妙な立場に置かれてしまっているのに、ガイレイの侵入手段を馬鹿正直に誰かに話すのは怖かった。


 ラウルですら知らなかったガイレイの裏技だ。

 評議会だかなんだかの連中も、シャラが使われたことには気が付いていなかった様子。

 黙っていればこのまま気が付かれない……かも知れないが、だとしても何かの埋め合わせをしなければならないという気持ちはあった。


『なら、先手を打つわよ。明日か明後日辺り、絶対に町を挙げての大宴会になるはず。そこで……カマしなさい』


 マリアベルはとっておきの悪戯を思いついたかのような顔をしていた。

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