【1-10】前線都市ファルエル 冒険者ギルド 地下封印室 / 人竜査問
もし、『明日からこの世界に地震は起こりません』と言われたら、人はどう思うものだろう。
竜王が死ぬと言うのは、つまりだいたいそういうことだった。
戦いが急に終わって、そして武装した人々がガイレイの死体を検めていた。
皆、ガイレイが死んだだなんて信じられない様子で。
肉体の半分以上が削れた首無しの死体なのに、それでも今まさに起き上がって襲いかかってくるのではないかと脅えた様子で。
こんなボロボロの死体を恐れるなんて馬鹿馬鹿しくも思えるが、無理なからぬことだ。百年単位で人類を苦しめてきた化け物なのだから。
その様子を、シャラとマリアベルは少し離れた場所から見ていた。
「本当に、これを、あなたが?」
「多分……
無我夢中だったし、なんでこんな事ができたか全然分からないんですけど、多分……」
マリアベルも信じられない様子だったし、当事者であるシャラももちろん信じられなかった。
ガイレイは正真正銘の怪物だった。ただのドラゴンとは格が違う、千年以上の時を生きる古代龍。
それが、死んだ。出来損ないのみそっかすドラゴンであるシャラのブレス一発で。
「こ、これからどうなるんでしょう」
「いや、むしろ私が教えてほしいんだけど……」
防衛兵団は、一般市民への避難の指示を解除する事さえ忘れていたようだが、気が付けば辺りには野次馬が増え始めていた。
『おお』とか。『やった』とか。そんな感嘆の声がまばらに聞こえる。ドラゴンを討ち取ることはたまにあるものだ。
だが、無邪気に喜んでいる人はこれがそこら辺のモブドラゴンだと思っているらしく、この死体が竜王ガイレイだと認識している者はむしろ驚きのせいで顔面蒼白になっている様子だった。
「ねえ、シャラ。あなた名乗り出る気ある? 『自分が竜王を殺しました』って。
そうなったら多分、あなたがドラゴンだってことも公表しなきゃならなくなる」
マリアベルはガイレイの死体を睨みながら硬い声で言った。
「……それは、えっと。今ならドラゴンだってバレても受け容れてもらえたりしないかな?」
「賭けね。チャンスがあるとしたら今だとは思うけど」
マリアベルは『魔力持ち』という、人族としては異端の体質を持っている。彼女の師匠であったエレナもそうだ。
場合によっては火炙りにされたりしそうな気もするが、彼女はその力を防衛兵団のために使うことで街に受け容れられている。
だとしたら、竜王を託した功績を以てすれば、もしかしたらドラゴンであるシャラも。
「んー……どのみち市当局とか冒険者ギルドは状況の調査を始めるはず。
ずっとドラゴンと渡り合ってる連中なんだから調査能力だって馬鹿にできないわ。
防衛兵団の見張りか誰かがあなたの戦いを見てたでしょうし……あなたが助けたトリシアも目撃者だし……隠し通すのは難しい……わよね」
「じゃあ実質、選択肢無いじゃないですか」
「そうなのよね……」
マリアベルは難しい顔をしていたし、きっとシャラもそうだったのだろう。
街は守った。だが、もはや人に紛れて密かに隠れ住むことなど不可能だった。
* * *
市当局とやらの動きは思ったよりも早く、シャラはその日の午後にはもう、マリアベルを通じて呼び出された。
呼び出された先は『冒険者ギルドのファルエル支部』とやらの建物で、この街の建物はどれもこれも堅牢だが、冒険者ギルド支部はそれ単体が砦と思えるほどの大きさだった。
裏口からこっそり入ると、全身を鎧で固めた何者かが出迎え、シャラたちを導く。
不気味に思ったシャラだが、マリアベルが警戒した様子も無く付いて行くので大丈夫だろうと思った。
暗くて湿っぽい階段を降りた先。
支部の地下に、その部屋はあった。
奇妙な部屋だった。小さめの体育館を丸ごと地下に埋め込んだような場所で、壁には何故か巨大な爪で引っかかれたような傷が付いている。そんな中に、全身鎧を着た者や、ローブを着て杖を持った者が数人待っていた。
小さく分厚い扉を二人が抜けると、入り口は閉じられた。
「なんなんですか、ここ……」
「地下でヤバい実験とかする時にギルドが使う部屋よ。
多分、あそこに私たちを呼んだ奴らがいるはず」
マリアベルが指差したのは、部屋のかなり高いところにある小さな窓だった。
周囲に居る冒険者だか防衛兵団員だかはボディーガードらしい。
「マリアベル・グレイ、参りました」
「うむ」
マリアベルが会釈をすると、高いところから声が降って来た。
相手の顔は見えない。
「それで、そちらが……」
相手の顔は見えないが、それでもシャラは視線を感じた気がした。
高いところにある窓の向こうから、何者かがシャラを観察している。
「シャラ、と言います」
シャラが名乗ると、部屋の中に静電気が走ったような気がした。
「まず確認からだ。君が竜王ガイレイを討ち取ったというのは本当か?」
「……そうなります」
「君がドラゴンであるというのは?」
「本当です。ただ、俺は出来損ないとして群れを追放され――」
「質問のみに答えたまえ」
シャラが『余計なこと』を言おうとした途端、上から降ってくる声は高圧的にそれを遮った。
――なんだよ? 嫌な感じ……
シャラを巡る事情は複雑に込み入ったものになっている。
それを説明しなければ事態の全容は掴めないだろうし、要らぬ誤解もするだろう。
しかし、そんなお気遣いは無用であるらしい。
「どのように殺した?」
「……ブレスです。トリシアさ……えっと、運搬中の人工触媒を使ってブレスを打ちました」
「ふむ。調査による推測とは一致するな。
だが、何故、ドラゴンがこうして我らがファルエルの街に平然と潜り込んでいるのか……
著しく疑問なのだがね」
「なんぞ申し開きはあるかね? マリアベル・グレイ」
どうも、上の方から見ているのは一人ではないらしく、いくつかの声が代わる代わる降ってくる。
指名されたマリアベルはしおらしく跪き、胸に手を当てて応じた。
「私が彼女を預かったのは、遠方に住む旧知の者の紹介によるものです。
彼女がドラゴンだとは知らずに会いましたが……」
「知ってからも何故、放っておいた?」
「彼女が『黒の群れ』を追放された立場であること、彼女がドラゴンとして極めて無力であること、そして彼女が優しく争いを望まない気性であることから、危険は無いと判断しました」
悪びれもせずに堂々と、マリアベルは主張した。
もちろん『上の人々』はこれに火が点いたように反発する。
「『判断しました』だと!? 貴様にそんな権限は無い!」
「その判断をするのは我々だ! 何故こやつを隠匿していた!?」
「だいたい竜王を倒すようなドラゴンのどこが無力だ!」
「シャラは人の中で静かに暮らすことを望んでいました。彼女がドラゴンである事を秘密にしなければ、それは成りません」
「論外だ! スパイかも知れないのだぞ!
何を考えている、貴様もグルか!?」
隣で聞いていて心臓が縮み上がるほど、マリアベルはあけすけだった。
そのくせ、シャラをドラゴンと知って預かったのだという事は隠していたが。
なんとなく、その狙いがシャラには分かった。
マリアベルは全部自分のせいにする気だ。
「待ってください! そんなまるでマリアベルさんが悪いみたいに――」
マリアベル目がけて降ってくる嵐のような非難に耐えかね、シャラが一歩踏み出した時だった。
彫像のように控えていた鎧の男たちが目にも留まらぬ速さで抜剣し、シャラに剣を突きつけた。
四本の剣がシャラを囲んで交差し、首枷のようにシャラを捕らえていた。
二日目はこれを含めて4話分、13話目まで投稿予定です。