後を追うモノ達の隠蔽行動
『…焦りが出ているな』
周りに気付かれない程の囁き程度の呟きを発する。
『首領…』
葵達を見つめていた視線は3つ。
首領と副官とその部下だ。
『この場は、獲物をそのままにして去るのがよい策だ。だが、魔法を使うのは出来るだけ避けた方がいい。資金源を確保する為に部位を取るのは理解できるが、その為に危ない橋を渡るのは得策ではない』
バッサリと切り捨てるように言い放つ首領に
『首領…』
副官は、何と言っていいのかコメントに困るように、居心地が悪そうにしている。
『まぁ、起こってしまった事を今さらどうこう出来るわけではない。我々は我々のやるべき事をやるだけだ』
そう言って副官を見る。
『…隠蔽魔法ですね。了解しました』
副官は、すぐに魔法を発動しようとするが
『待て』
首領に制止される。
『姫達との距離感が問題だ。この距離では姫に気付かれ警戒される可能性がある。もう少し離れてから魔法を発動しろ』
そう指示を出す。
『しかし、早くしないと姫様達に距離を置かれてしまいます』
副官が、そう言うと
『姫達の後は、私とベレッドで追う。副官は、隠蔽魔法を施した後にすぐに追ってこい』
と指示を出すと
『了解しました』
と、副官は答えて一緒にいる部下-ベレッドに
『首領がいるから見失う事はないと思うけど、頼むわよ』
そう、ベレッドの肩に手を置いた。
何故か、不穏な雰囲気を纏って
『は…はい、了解しました』
その雰囲気に気後れしながらもベレッドは答える。
『行くぞ』
首領に促されて、ベレッドは首領と共に後を追うために動き出す。
そのスピードは、葵達のスピードに合わせている。
一定の距離感を保つように、動いている。
先を行く2人を見送った後に副官は、ふぅっと息を吐いて先程、葵が魔法を使った位置へと移動して
『そろそろかしら』
そう言ってから、葵や首領達が見えない位置になっている事を目視で確認する。
『大丈夫ね』
確認を終えてから、スッと手を出す。
『姫様は最低限の魔力で発動したけど、それでも結構な魔力量なんだよね』
そう言いながら、魔力をゆっくりと放出する。
手から魔法陣が展開され、ゆっくりと広がる。
『姫様の魔力を上書きして、それを気付かれないようにするには…』
と、自分の放出する魔力量を微調整する。
『少し上回るように。そして、最低限の魔力で…』
魔法陣を展開しながら、放出する魔力も微調整していく。
手から出た魔法陣が足元に広がり、少しの範囲を覆う。
キラキラと範囲魔法が広がり、ある一定の範囲で止まる。
『ここからちょちょいっと』
そう言いながら、葵の魔力の残骸を打ち消すように上書きする。
副官の額から頬に汗が伝う。
一見、簡単そうに見えて微妙なテクニックがいる作業である。
何せ、周囲に気付かれないように魔力量を抑えないとならないが、抑えすぎたら上書き出来ないので、葵の魔力量より少し多めの魔力量を出さないとならない。
その絶妙なバランスを取らないとならないのだ。
それに、魔法を使った形跡は少しの間残る。
追手がそれを見つける可能性があるのだ。
その時に、葵―レイラ姫の魔法痕であると、追手に情報を与える事になる。
だから、魔法痕を別のモノに書き換えないとならない。
それを限られた魔力量と魔法陣で実行しないとならない。
その為、相当なテクニックが必要となる。
そのテクニックは、首領自ら副官に伝授されているが、練習と実践では全くの別物だ。
葵が使った魔法痕を書き換えるのは、これで2回目だが、何回やっても慣れないモノは慣れない。
しかも、今回は近くに首領がいるとなる…と、副官の中に緊張が走るのは致し方無いだろう。
書き換えが終わると、ゆっくりと魔法陣が消えていく。
ふうっと安堵の息を吐いてから
『これでお終い』
そう呟くように言ってから、額の汗を拭う。
『大丈夫かな?』
一抹の不安がよぎるが、副官の隠蔽魔法はきちんと機能している。
魔法痕が別物に書き換えられたように見える。
『さて…と』
そう言って、葵や首領達が進んでいった方角を見つめる。
『首領達の後を追いますか』
と、後を追うように歩き出す。
魔法痕ではないが、決めている目印がある。
そうしないと、バラバラに行動している部隊が進む方向に一貫性が生まれない。
全員がそれを見つけ、辿りながら行動をしている。
だが、それは部隊の外の者に気付かれてはならない。
気付かれては意味がない。
だから、分からないように偽装されている。
副官も、それを一定の距離で見つけながら後を追う。
気配を消しながらだ。
魔物にも、動物にも、人にも、何者にも気付かれてはならない。
気付かれたら、それは時間のロスを意味する。
だからこそ、気配を断って動かないとならない。
そして、先を行く者…首領達ではなく葵達の気配を感知しないとならない。
首領達は気配を消しているのだから、その気配を感じる事は出来ない。
副官以上の使い手である首領の気配を感知する事は出来ない。
だからこそ、その先を行く葵達の気配を感知するのだ。
首領達は、一定の距離を保ちながら、その後を追っているのだから近くを探せば合流出来る。
ある程度進むと、かなり離れているが葵達の気配を見つける。
スピードを緩めて、周囲を警戒しながら進む。
首領達との距離は近いと確信する。
後は、一定の距離を保っている首領達を見つけるだけだ。
気配を消し、周りに気を配りながら進んでいくと
『副官』
首領の声がした。
声の方を見ると、首領とベレッドを見つける事が出来た。
『思ったより早かったが…』
合流早々の首領の言葉に
『隠蔽魔法は施してきました…ですが…』
少し不安げな副官。
『ヴィヴィアン殿にどこまで通じるかは分かりません』
正直な言葉に
『時間を稼げればいい』
首領は、そう言って
『さ、姫達が村に到着するようだ』
と、先を行く葵達の方を向く。
『…ミヒデ村ですね』
副官が言うと首領は頷き
『強い魔力を感じる。だが、魔法制御が上手くいかず不安定な魔力だ』
少しの沈黙の後
『何もないとよいがな』
首領が呟いた。




