宿バスクベからの出立
「アオイ…起きろ…」
カイトに起こされて、葵は目を覚ます。
外はまだ暗い。
「…カイトさん」
目を擦りながら起き上がる。
「出立しよう。準備を」
カイトに言われて
「分かりました」
そう答えて、ベッドから降りる。
靴を履いてから、木刀を収納してない事に気付いて慌てて収納魔法を展開する。
「すみません。木刀を収納するのを忘れていました」
そう言ってから、ふと
「そう言えば、回復薬を作るのを忘れていました。どうしましょうか?」
葵の言葉に
「どれだけある?」
カイトが問う。
「質の悪いのが5本、出来るだけ良質に近づけたのが8本あります」
葵が答えると
「…そうか」
カイトは考えてから
「薬はどれ位の時間で出来る?」
その問いに
「そうですね、魔法を最小に抑えていますから、時間はかかると思います」
葵は答える。
カイトは悩んだが
「薬がないのは、正直痛いが、今はバッカを撒く事が優先だ。この時間なら、魔物もあまり活性はしてない。今が好機ではある」
そう言ってから、鞄を肩に掛ける。
「確かにそうですね。早く出た方がいい」
葵は納得したように言い、自身も鞄を肩に掛けた。
「出来るだけオリンズから離れて、隠れられそうな所を見つけよう。薬は、そこで作るといい。それまでは戦闘を避けて進むしか無い」
カイトがそう言うが、葵は少し迷っているようだ。
「どうかしたか?」
そう問うと
「いえ…追っ手の中にはヴィヴィアンがいると思います。オリンズから離れて魔法を使えば足取りが知られる可能性が…」
葵が不安を口にする。
だが、カイトは葵の肩に手を置いて
「足取りは、いずれバレる。アオイの懸念の通り、探知魔法に置いてヴィヴィアンより優れているのは、ベイト・ディインダぐらいしかいない。自分達の足取りは、すでに向こうは把握済みだと考えて行動するべきだろう。大きな魔法を使えばすぐに居場所が知られるだろうが、小さな魔法であれば、しばらくは誤魔化せる。慎重になるべきだとは思う気持ちは分かる。だが、今は綱渡りギリギリの攻防戦で奴らを撒きつつ、早く力を付けて少しでも先に進むしかない」
そう諭すように言う。
葵は頷いて
「そう…ですね」
と言ってから
「急ぎましょう」
顔を引き締める。
カイトも頷いてから
「さぁ行こう」
鍵を持ってから、そっと部屋を出る。
足音を立てないように廊下を歩き、階段もゆっくりと音を立てないようにして降りていく。
そうして、受付に辿り着く。
受付には男性が立っていた。
夜中だから女将ではないのだろう。
「どうした?」
受付にいた男性が怪訝そうに言う。
「いや…出立をするから精算をな」
葵が言うと
「こんな暗いのに?店も開いてないぜ?」
男性が言うと
「そうか…」
葵はそう答えた後に思い出したように
「そういやアイテム屋に寄らないと…」
と言う。
今から北に向かうのだから防寒具が必須になる。
それを失念していた。
カイトもハッとして
「…そうだな」
と小さく呟くように言う。
あくまで寡黙な剣士を演じている。
「すまないが、この時間でも開いている防具屋やアイテム屋はないだろうか?」
そう男性に聞くと
「なんでだ?」
もっともな疑問が返ってくる。
「いや、これから北の方にも範囲を広げようと思っていてな。その為には、防寒具とかを揃えた方がいいだろう?」
葵が答えると
男性は、目を丸くして
「おいおい、北ってヒルデガースでも目指すつもりか?止めとけ、あそこは極寒の地だ。あそこの国の人間でも滅多に結界の外には出向く真似はしないぞ」
と言う。
葵は、否定するように首を横に振り
「あくまで北に範囲を広めるから、もしもの時を考えて防寒具を揃えた方がいいと考えているだけだ」
そう言うと
「…そうかい…そうだな…この時間で防寒具なら、俺のダチがやっている店が準備を始めている頃さな」
そう言ってから、メモ書きのような紙にサラサラと何かを書いて
「この通りを2つ行った先を右に曲がって奥の方に店構えがある。宿バスクベのイヴァンの紹介って言えば、ちっと早いが何か売ってくれるかもしれねぇな。ま、期待しない方がいいと思うがな」
メモ書きを葵に渡す。
「すまない…ありがとう」
そう言ってから、銅貨を42枚出した。
「宿泊と湯浴みにしては、多いみたいが…」
男性がそう言う。
宿泊が2泊で銅貨10枚、湯浴みの追加料金が30枚で40枚の計算になり2枚多い。
「2枚は紹介状代わりの礼みたいなもんだ。受け取ってくれ」
葵の言葉に
「…気遣いなんていらないが…まぁ、もらっとこうかね」
42枚のうち40枚を、売上げを入れているであろう箱に入れ、2枚はポケットに入れた。
「母ちゃんには内緒な…これでちっとはイイ酒が飲めそうだ」
機嫌良く言う。
【母ちゃん】とは女将の事だろう。
そうなると、この男性は宿の主人と思われる。
内緒に小遣いにしようとする辺り、尻に敷かれているのだろう。
内心、クスリと笑いながらも
「じゃあ、主人、また世話になるかもしれないが、その時はよろしく」
一応、そう言っておく。
また泊まる可能性を示唆していた方が、後々都合が良い。
「おう!また使ってくれ」
主人が答えてから、宿を出る。




