カイトのジレンマと支援する者達の会話
少しの間待っていると、ドアの鍵が開く音がする。
カイトが戻ってきたようだ。
「今帰った…と、アオイどうした?」
ドアを開けてカイトが見た光景は、木刀を持って待っている葵の姿。
少しだけ驚いている。
ドアを閉めてから
「どうしたのだ?」
と問いかけてくる。
葵は、キッと表情を引き締め
「すみません、稽古を付けて欲しくて」
そう言うと、カイトは少し驚きつつも
「それは構わないが…何かあったか?」
心配そうに聞いてくるが、葵は首を横に振り
「いいえ、何もありません。ただ、このままでは足手まといでしかない自分ですから、そこから抜け出さないと、前に進めないと思いまして…」
そう言って、木刀の片方を差し出す。
カイトは、少し戸惑いながらもそれを受け取ってから
「少し急ぎ過ぎないか?」
と、率直に自分の意見を言う。
葵は、再び首を横に振り
「ダメです。このまま私が、カイトさんの足手まといのままでいたら、現状を打破出来ません。シンフォニアの試練にも立ち向かえないでしょう。私が最低限、自分の身を守れるように早くならないと、カイトさんも本来の力を発揮出来ません。だから…」
葵はそう言うと、カイトは少し考える。
確かに葵の言う事には一理はあるだろう。
しかし…自分はレイラ姫を守る騎士である事には変わりは無い。
それが根本から崩れるような事は正直やりたくはない部分は大きい。
だが、それは自分のエゴでしかない。
シンフォニアの試練がどういうモノなのかは分からない。
だから、葵が強くなろうと、自分の身を守れる程度に剣の腕を磨く事は、恐らく間違ってはいないだろう。
…確実に強さが求められる事は間違いない。
強さと言っても様々なモノがあると理解はしている。
剣の腕、魔法の腕、防御力、精神力、体力…数え上げていたらキリが無い。
どの部分が試されるのか、全く分からない状態だ。
だからこそ、様々な部分で強さを求めていかないとならないのは理解している。
それに、カイト自身が葵を守りながら戦うと本来の力を発揮出来ないのは否定出来ない。
それは、カイト自身の未熟さ故だと、カイトは思っている。
だからこそ、守りながら実力を発揮出来るようになろうと試行錯誤の真っ最中なのだ。
そういう理由から、カイトは葵の言葉を100%受け入れる事は出来ない。
納得が出来ない。
しかし、試練を乗り越える為には、彼女が強くなる必要があるのは否定出来ない。
そういうジレンマをカイトは抱えていた。
カイトは、首を横に振ってからジレンマを払拭するように
「分かった。軽く稽古をつけよう」
木刀を片手に、ドアを開けて廊下に出る。
葵もそれに続く。
カイトはドアの鍵を閉めてから
「昨日の様に、中庭を使わせてもらおう」
そう言ってから廊下を歩き出す。
「はい」
葵は答えてから、カイトの後ろを付いていく。
2人に気付かれないように、隣のドアが開く。
バッカが、見た事もない表情で2人を見つめていた。
だが、すぐに扉は閉まる。
閉まったと同時に葵が振り向く。
(気のせい…?誰かに見られていたような…)
そう思いながら首を傾げる。
「アオイ!急ぐぞ!」
カイトに声を掛けられ
「は…分かった」
思わず素で返事しそうになったが、声音を変えて、言葉遣いも変える。
ここはもう、素ではいられない場所なのだから。
『姫様…稽古を付けるみたいですね』
2人を監視していた者の1人が副官に声をかける。
『早く出立した方がいいと分かっているけど、この時間なら視界が悪いからこそ行動を制限されている…見事な判断ね』
副官は、感心したように言う。
『それでも鍛錬しようとする辺りは、焦っている部分はあると思われますね』
その言葉に
『そうね。表情から見てかなり焦ってはいるでしょう。追っ手に関する情報が何もない状態なのだから、不安に思われるのは仕方のない事だろうけど…』
副官は答えてから
『これは私達も判断を試されているのかしらね?』
小さく呟く。
『そうですね…』
部下の方も少し考えてみるが
『私達が気負う事は無い』
彼女たちの後ろから首領の声がした。
『首領』
副官がそう言うと、首領は副官の隣に立ち
『シンフォニアの試練を受けるのは、あくまで姫様自身だ。何事も自身のお力で解決しなければシンフォニアの試練は超える事は出来ないだろう。だが、今のままでは追っ手に捕まってしまうのは必至。それはシンフォニアが望んでいる事では無い。だからこそ賢者レスクドールとベイト・ディインダは、我々を使わしたのだろう。私達に出来るのは、あくまで最低限の事だ。姫様が危機に陥らないように、だが、姫様がお強くなる為に、姫様とバルテノス次期子爵が危機感を絶やさないように注意深く観察しながら、出来る限りの手を差し伸べるしかない』
そう言ってから
『明日の昼頃にはオリンズに奴らが入るだろう。それまでに姫様がオリンズから離れないようであれば、情報を流して上手くオリンズから脱出させるようにしよう。エイリアからの情報が正しければ、今はバースの森の南側の湖畔で奴らは休息を取っている。視界が悪い中動くのは、彼らに取っても悪手でしかない。出来るなら朝早く姫がオリンズから出て行く事が望ましいが…』
首領は、少し考える素振りを見せて
『いざという時は、追っ手が迫っているという情報を流すしかないだろう。朝一番で、姫様達がオリンズから動かない場合は、6班から情報を流せ。先程、指示した通りに1班から5班は撹乱行動を続行する。副官達は引き続き監視業務続行』
そう指示を出す。
『『了解しました!』』
副官とその部下が答える。
首領は、誰もいなくなった廊下を見つめ
『さて…次の手は、どうしたものか』
小さく呟いた。




