カイトの湯浴みタイムー葵は苦悩するー
従業員は、少しの間バッカの部屋にいたが、用事が済んだらすぐに部屋の外に出る。
「じゃ、終わりましたら女将に言ってくだせぇ。すぐに湯を回収しやすから」
そう言って、部屋の中にいるバッカに一礼する。
そしてすぐに
「じゃあ、そっちの部屋の湯を回収してから、新しい湯を持ってきやす」
と、葵達に近付いてくる。
「…頼む」
そうカイトは言ってから、部屋のドアを開ける。
男2人は中に入り、手際よく奥に大きな桶に入っていた湯を小さな桶に入れてから
「じゃ、すぐにもって来やす」
そう言って、とりあえず大きな桶を残し、小さな桶に入ったお湯を持って部屋の外に出る。
従業員が出て行くと、少し息を吐く。
「とりあえず、これで一先ずはいいですね」
葵は、カイトを見ながら言うと
「そうだな。アオイ、さっきも言ったが、俺が湯浴みをしている間は部屋にいるんだぞ」
そう、強調するように言う。
葵は、コクリを頷いて
「分かりました」
そう答えてから
「とりあえず、背中を向けますから」
と言い、少しの間沈黙する。
「それにしても…」
カイトが口を開く。
「バッカに疑われるとは…」
先程の会話で、2人の連携が取れている事に気取られた事に驚く。
「無意識にやってしまいました」
葵は反省するように言うと
「いや、ちゃんとバッカに疑われないように言葉を選んだ。それは、いい判断だ」
カイトは、素直に葵のすぐに取れた言動を褒める。
「そう…ですか?」
葵は、自信なさげに言うと
「そうだ。だが、まだ隙はあるがな」
そう言ってから
「バッカに肩を組まれただろ。あれはいただけない」
先程、バッカに肩を組まれた事を言う。
「…それは、不可抗力ですよ。でも、アレを躱した方が逆に何か疑われません?」
葵がそう言ったが
「いや、アレは上手く躱した方が良かったと思うぞ。中身は違うかもしれないが、お前はレイラ姫である事には変わりない。一国の姫があのような事を許す事は看過出来ない」
厳しい口調になる。
葵は、少し考える。
(そうかな?躱した方が何か疑われるんだろうけど…でも、隙があるのは事実だわ)
素直にカイトの諫言を受け入れるように
「そうですね。すみません、これからは気を付けますね」
と言う。
反論を警戒していたカイトは、出鼻をくじかれたが
「…気を付けるようにな。自分にも隙が出来てヤツの行動を止められなかった。次は無いと思い出来る範囲の事をやろう」
隙があったのは、自分も同じだと理解しているから、その言葉が出てくる。
「…カイトさんの手を煩わせないようにしますね」
葵がそう言うと、少しの間の後、ドアをノックする音がする。
「湯を持ってきやした」
ドアの外から声がすると、葵はトタトタと向かいドアを開いてから
「お疲れ様」
そう言って従業員を中に入れる。
「失礼しやす」
従業員は、一礼してから中に入り大きな桶の横にお湯の入った桶を置いてから
「じゃ、使い終わったら、また呼んでくだせぇ。回収しやすから」
そう言ってから、部屋を出て行く。
葵は桶の反対側の壁に椅子を背を向けて置いてから
「じゃ、私は背中を向けていますので、ゆっくり湯浴みしてください」
そう言って、背を向けて椅子に座る。
「分かった」
カイトは、そう言ってから大きな桶に湯を移して装備を外す。
(緊張するな)
物音を気にしないようにはしているが、やはり気にはなるものだ。
(いけない、いけない。邪心は振り払わないと。そうだ、頭の中で動きを反復させておこう。そしたら、少し紛れるかも)
そう言ってから、本日の戦闘を振り返る。
(やはり…動きが遅い。思考に体が付いていって無い感じがする。レイラ姫の体が私の思考に付いてきていない。いや、それよりも私自身がまだまだ経験不足で思考そのものが、カイトさんやバッカの援助が無いと獲物を狩れない。精進しないと…)
そう思いながら二の腕を軽く揉んで
(まだまだ筋肉はついていない状態だわ。あっちの世界での私の筋肉量にはまだまだだわ。レイラ姫の戦闘スタイルは後方支援の魔法だから仕方ないとは言え、このままでは足手まといでしか無い)
そう考える。
自分への補助がなければ、カイトはもっと自由に動けるハズだ。
それが理解出来ているからこそ、心が痛む。
(本来の戦闘スタイルに戻せば、カイトさんはもっと動ける。でも、魔法を使うのはあまりにもリスクが伴ってしまう。それは追っ手に自分の居場所を教えるようなもの。特にヴィヴィアンは…)
レイラ姫の記憶にあるヴィヴィアンを思い出す。
確かに、彼女は何を考えているかは分からない傾向はあったが、フィアント公国への忠誠心は折り紙付きだった。
その部分だけは、レイラ姫は尊敬の念を抱いていた。
なのに…彼女はビルガ帝国に与してしまった。
何を考えて彼女は、フィアント公国を裏切ってしまったのか…
葵は首を横に振る。
(考えても仕方ない。ヴィヴィアンの考えは彼女にしか分からない。でも、レイラ姫の悲しみは分かる。思い出の中での彼女は、いつでも忠誠心の塊だったのだから)
仕方ない…分かっていても考えてしまう。
そして、敵に回ったからこそ、ヴィヴィアンの索敵能力を考えると一層魔法を使用するのはリスクがある。
他の能力は、ほぼほぼレイラ姫の方が上だったが、索敵だけはヴィヴィアンの方が格段も上だった。
今、魔法を使ったら、ヴィヴィアンには確実に居場所が知られてしまう。
追っ手の中にはヴィヴィアンがいるのは容易に理解出来る。
だからこそ、魔法は使えない。
それが悔しい…と感じてしまうのだ。




