宿バスクベでの湯浴みの合間
恐る恐るな感じでドアが開き、葵が顔を出す。
バッカが一緒にいるのに驚いたが…
「バッカ…いたのか」
葵が聞くと
「まぁな」
バッカは、ニッと笑い
「そういやさ…」
と葵に近付き
「コイツ、フィアント公国のレイラ姫に惚れているみたいだぜ?」
と、チラリとカイトを見ながら茶化すように言う。
「え?」
葵が驚いていると
「今、どこで出会ったかを聞いているんだけどよ、答えねぇんだよ」
バッカは、そう言ってから
「ま、王家の人間なんて、俺達からしたら雲の上の人間だからな」
と、ボヤくように言う。
葵は、チラリとカイトを見る。
「ん?驚かないんだな?」
バッカが不思議そうに聞くと
「いや…まぁ…そういうのは個人の自由だろうし…俺には関係ないかな…って」
葵は、そう答える。
カイトのレイラ姫への想いは葵も知っているから驚かない。
チクリ…と胸が痛む。
この痛みの正体は分からない。
レイラ姫のモノなのか、自分のモノなのか…
分からずモヤモヤしている。
グッと拳を握りしめる。
「なんだ…意外とアッサリしてるな」
バッカの言葉に
「アッサリ…?」
葵が首を傾げると
「いや、もうちょいグイグイ突っ込んでくると思っていたからさ」
バッカの言葉に、葵は少し言葉に詰まりそうになるが
「さっきも言った通り、個人の自由に俺が首を突っ込む訳ないだろ?誰を好きになっても、それはデュランの自由だ。それに俺達は、まだ出会ったばかりで互いをよく知らない。そこまで深い仲でもない俺が出しゃばる幕はないって事さ」
と、興味ないように言う。
「…ふぅん、そんなものかね」
意外そうに言うバッカに、葵は少し不満げに顔を顰めて
「意外か?」
と、聞く。
バッカは、葵の不満を物ともせず
「あぁ…まぁな。お前達、すげぇ息が合った連携が出来るからよ…前々からの知り合いみたいに感じていたからな。だから、知り合ったばかりってのが、意外ていうか、信じられないていうか…お前ら本当に最近出会ったばかりなのか?」
そう問いかけてくる。
葵は、1回息をついてから
「俺達が知り合ったばかりって言うのは嘘じゃないぞ。連携が取れているって言うなら、それはアレだろ?相手に合わせるのが互いに上手く出来ているだけだろ?」
そう言ってから
「そんなに連携が取れているなら、俺達は気が合うって事だ」
と、結論づけた。
(ま、出会って間もないって言うのは、あながち嘘ではないからね)
頭の中で、そういうこじつけに近い考えをする。
レイラ姫の体とはいえ、葵の意識の中では、カイトに出会って間もない。
連携が取れるのは、レイラ姫とカイトの関係上、おそらく連携を取って修行をしたという過去があるからだ。
その記憶はレイラ姫の記憶として朧気ながら頭の中にはある。
カイトが何を望んでいるかは、自信はないが、それなりに理解して行動に移す事は出来る。
それはカイトも同様なのかもしれない。
だが、それはあくまでレイラ姫相手であって、葵ではない。
戦闘スタイルも、前は魔法で後方支援中心になっていたが、今は剣を手にして前に出ている。
連携は、危なげながらも手探りになっている。
それでも連携が取れている事は正直良い事だ。
…葵的にまだまだだと感じているが。
バッカは、2人を交互に見てから
「そんなモノかね」
少し納得出来ない様子であったが、すぐに
「確かに俺とも連携が取れているしな。相手に合わせて行動するのが得意って事か」
そう言ってから
「俺とも気が合うって事か」
と葵に肩を組んできた。
それを見て、カイトは一瞬ムッとしたが、葵は肩に組まれた腕を解いてから
「そういう事かもしれないな。だが、バッカは誰かと連携取るのか上手いから、俺達もやりやすい。師匠っていっている人の教え方がいいんだろうな」
と言い
「デュラン、俺は湯浴みが終わったから宿の人間に言って、湯を交換してもらおう」
そうカイトに向かって言う。
「…あぁ、そうだな」
カイトは、少し考える。
今、お湯の交換をするのであれば葵を連れて行った方がカイトは安心するが、バッカに不審がられるのは得策ではない。
かと言って、葵を1人部屋に残して部屋を離れるのも、リスキーではある。
「アオイ…俺は宿の人間に湯の交換を言ってくるが、お前はバッカと少し話すか?」
と、葵に問う。
葵は少し驚いてしまったが、すぐにカイトの真意を見抜いて
「そうだな…バッカ、お前は湯浴みは済ませたのか?」
と、問いかける。
バッカは首を横に振り
「いや…まだだ。もうすぐ持ってくるんじゃないかな…と、来た来た」
バッカがそう言うと、向こう側はお湯の入った桶を持った従業員らしき男が2人やってきている。
葵はカイトを見て
「デュラン、ついでに俺達も湯の交換を言ってみよう」
と、カイトに提案する。
「そうだな、丁度良い」
そう答えると、丁度お湯を持った男達が
「ウォルさん!湯を持ってきました」
元気よくバッカに声をかける。
「おう、ありがとさん!部屋に運んでくれ」
そう言ってから、自分の部屋を指すバッカ。
「了解しやした」
そう答えてから、従業員がお湯を持ってすれ違おうとすると
「帰りでいいから、俺達の部屋の湯の交換を頼む」
葵が、従業員にそう言うと
「了解しやした!ウォルさんの部屋が終わりやしたらそっちの部屋の湯を1回回収しやす」
従業員はそう答えてから、先に進んでドアを開けているバッカの方に向かい部屋に入っていく。
それを見届けてから
「これで一先ずはいいですね」
葵が小声で言うと
「あぁ」
カイトは短く答えた。




