久々の湯浴み
宿バスクベに着いた一行は、受付にいる女将に
「夕飯の前に湯浴みをしたいんだが…」
と、言う。
女将は
「湯浴みかい?だったら、この奥の…」
と、大浴場を案内しようとしたが
「いや、部屋に桶と湯を持ってきて欲しい」
と、葵は言う。
女将は目を丸くして
「追加料金として、1人銅貨15枚になるけどいいのかい?」
と、確認を取る。
葵は頷き
「あぁ、今日は少し儲けたからな。それに疲れたから誰かと一緒に湯浴みとか気を使うから避けたい」
そう言うと
「そうかい。じゃ、手配するけど…1人分でいいのかい?」
と、葵に尋ねる。
「あぁ…」
と、葵が返事をしようとしたら
「時間をずらして、俺も頼みたい」
とカイトが言う。
驚く葵に
「俺も誰かと一緒に湯浴みは、ごめんだ。疲れているからな」
そう言うと女将に
「アオイの湯浴みが終わったら俺の分も頼む」
と言う。
「一緒にじゃなくていいのかい?」
と、至極まともな事を女将が聞くと
「いくら一緒に旅をしているとはいえ、馴れ合いはしたくない時もあるからな」
カイトはそう言ってから懐から銅貨を30枚出す。
「お…おい…」
葵が何か言う前に
「今日は、俺の奢りだ」
そう言ってから
「早く部屋に戻ろう。女将、湯浴みの準備をしてくれ」
そう言ってから葵を促す。
葵は、戸惑いながらもそれに従う。
そこに残っていたバッカに
「あんたはどうするね?」
と女将が尋ねた。
バッカは、即答で
「俺も頼もうかね」
と、肩をすくめながら言った。
スタスタと先に行くカイトを追いかけながら
「すみません、ありがとうございます」
と、小さくお礼を言う葵。
「別に、構わない」
ぶっきらぼうにいうカイトに
(…優しいのよね、昔から)
そう思う葵。
だが、それはレイラ姫の記憶だ。
葵の記憶では無い。
同化の影響なのか、レイラ姫の経験や記憶が自分のモノであるかのように錯覚してしまう。
無意識にだ。
(いけない…まただ)
それを自覚して、葵は自制するかのように
(これはレイラ姫の記憶…私のじゃ無い。それをちゃんと自覚しておかないと。最後はレイラ姫と分離して私は元の世界に戻らないとならないのだから)
そう思いながら、チクリ…と胸が痛む。
(まただ…この痛みは何?何故、こんなに胸が痛いの?何故、苦しい気持ちになるの?)
痛みも苦しみも、味わった事の無い事だから葵は戸惑う。
部屋に着くと
「アオイが湯浴みしている間、私は外で見張っている。ゆっくり入るといい」
カイトが開口一番に言う。
「え…じゃあ、カイトさんが入る時は、私が外で…」
葵が言いかけると、それを手で制止して
「私が入っている間は、背中を向けてくれているだけでいい。ここは荒くれ者の巣窟だ。外で待機しているのはリスクと伴う。今のお前では、連中を追い払う事も出来ない。だから、室内にいろ」
そうカイトは言う。
「しかし…」
葵が何か言いかけると
「頼むから、目の届く範囲にいてくれ」
と、カイトから言われ
「…分かりました」
葵は素直に従う事にした。
今の自分の体はレイラ姫のモノだ。
それを大切に思うカイトの気持ちは痛いほど分かる。
だから、カイトの言葉に従う事にした。
しばらくすると、宿の従業員らしき人間3名くらいが、桶と湯、それに体を拭く用のだろう、布を運んできた。
「湯浴みが終わったら声をかけてくれ」
そう言ってから去って行く従業員。
カイトは、スッと立ち上がり
「じゃあ、外で見張っている。よく洗うといい…だが…」
そう言ってから、互いの装備を見る。
察した葵は
「洗浄魔法は、魔法の痕跡を残すリスクがありますからね。今は使えませんね。あ、でも…」
そう言ってから、収納魔法を展開する。
中から、シャツらしきモノを出して
「予備の上着は用意してもらっていたみたいです。さすが、ベイト・ディインダですね」
そう言ってから、シャツをカイトに渡す。
「…そうか、流石と言うべきだな」
見た目は襤褸に見えるそのシャツも、防御力に特化した作りになっているのだろう。
それを受け取り、ベッドに置いてから
「じゃあ、私は部屋の外に出ている。鍵はかけろ」
そう言って部屋を出て行った。
葵は、何か言いたげになったが、とりあえずその言葉に従って鍵を掛け、窓を完全に閉める。
桶の3分の1くらいにお湯を張り、装備と服を脱ぐ。
桶の中に入り、ふうっと息をつく。
(久々のお湯だ…)
そう少し感動しながらも
(本当は、湯船でシャンプーとかしたい気分なんだけど…贅沢は言ってられないわよね)
そう思いながら、お湯を使って、髪や体を洗っていく。
汚れていたのだろう、少しお湯が濁っている。
(うわぁ…相当汚れていたんだな)
と、改めて今日の激闘(?)を思い返す。
二の腕を揉みながら
(少しは筋肉付いてきたかな?レイラ姫は華奢だったからなぁ。元の世界の私と比べても筋肉は少ない方だったし)
と、残ったお湯を頭から被る。
(よし!終わり)
と、布で体を拭く。
髪は入念にだ。
髪が濡れていると、風邪の原因にもなる。
ここは、北側に近いせいか、少し寒さがある。
ちゃんとしておかないと、後で旅に支障が出るだろう。
体をよく拭いた後、シャツとズボン、そして装備を身に付けてから、外で見張りしているであろうカイトに声をかける為に鍵を開けた。




