ランクアップの試験ーランチが届く間
葵が考え事をしていて押し黙っていると
「どうした?」
バッカが顔を覗き込むように聞いてくる。
「うわっと!」
葵は驚きの声を上げてから
「すまない、考え事をしていた。…昼からの狩りについてな」
…嘘である。
本当の事は言えない。
「じゃあ、注文繰り返すね。新鮮野菜とボークのカゴ蒸しと、新鮮野菜スティック中盛とホロ鳥の胸肉のカゴ蒸し、それとホロ鳥と野菜のラーラ麺…以上でいい?」
リノンの問いに、葵とカイトは頷いたが、バッカは少し考えて
「いや、ボークボアステーキ小を追加でくれ」
と、言った。
「え?あれだけじゃ足りないの?」
と、リノンが問いながら注文書に追加していく。
「いや、俺じゃ無い。アオイにだよ。代金は俺が払うから」
そう言うと、葵とカイトは、驚きの声を上げる。
「え…でも…」
と、葵が立ち上がり何か言おうとすると
「お前、昼からの事を考えたら、それだけじゃ足りないぜ」
【そこ、考えてないだろ?】と言わんばかりに、バッカが言うと
「う…」
言葉を詰まらせる。
「昼の狩りは、アオイメインだからな。アオイが万全を期さないとならないんだ。スタミナつくもんを食わないと」
バッカの言葉に、ガタッと音を立ててカイトが立ち上がる。
「いや…それだったら、俺が代金を持つ。俺はアオイの連れだ」
そういうと、バッカはため息ついて
「お前だって、さっきの狩りで儲けたかもしれないが、大事に使わないとならないだろ?」
そう言うと、バッカは押し黙る。
「それに引き換え、俺は昨日と今日の狩りで懐がかなり潤っているからな」
そう言ってから
「リノンちゃん、以上で頼む。飲み物は水でいいから」
バッカがそういうと、リノンは頷き
「わかった。とりあえず、しばらく待ってて」
そう言って厨房へと去って行く。
「…すまない」
葵が、申し訳ないように言うと
「別に、俺はお前のお陰で儲けさせてもらっている。それを考えたら、これくらいはしないとな。それに、昼からもおこぼれをもらうつもりでいるし」
気にしている様子もなく、バッカが言うと
「だが…」
何か言おうとするカイト。
「デュラン、さっきも言った通り、お前だって稼ぎには限りがあるだろ?最近、冒険者を始めたばかりなら、懐事情はよくない。それを無理して、後々困るのは自分だぜ」
そう言った後
「これから先も長いだろうからさ」
と、付け加える。
その言葉に2人は驚いていた。
自分達の事がバレたのか…と。
そんな2人を見て
「これから先も、冒険者としてやっていくんだろ?」
と、不思議そうに聞いてくるバッカに、内心2人は胸を撫で下ろす。
(そういう事か…)
納得してから
「そうだな。これからの人生は、体力が続く限りはそうやって生きていくつもりだからな」
もっともらしく葵が言う。
「ある程度、金額が貯まったらギルドに預けるのも手だぜ。大金を持ち歩く事は出来ないからな。ギルドは世界中で展開しているし、シンフォニアの加護下に置かれているから、どこで預けても、どこででも引き出せるようになっている。ま、冒険者限定だ。一般人は、大金を手にしたら、近くの街にある金品交換所に預けるようにしている…っとこれは知っているよな?」
その問いに
「あぁ、もちろんだ。村ではそうしていた」
葵が、答える。
もちろん、嘘だ。
知るはずも無い。
「ま、そんな金を手に入れるなんてないけどな」
リアリティを出す為、そんな言葉を口にする。
オーバーだったろうか…?
バッカは、僅かな間黙ったが
「ま、大金なんて手に入れるなんてないからな。この世界の住人は、その日、その時に食べていくだけの金しか手に入れる事は出来ねぇ。貴族とか王族、それに大商人とかになると、話は別だが、そんなのごく一部でしかない。俺達には縁のない話って訳さ」
そう言って肩をすくめる。
「そうだな…」
答えながら、葵は考える。
自分の中にあるレイラ姫の記憶。
そして、葵自身の記憶。
どちらも、【不自由】という言葉からは遠い生活。
特にレイラ姫の記憶は、葵に考えさせる。
自身が憂いも何も無い生活を享受している中で、民はギリギリの生活を送っていた。
レイラ姫は王族なのだから、それを享受した分だけの責任はあるだろう。
しかし、自分がなに不自由も無く生活していた日々の裏で民達は、毎日の生活に必死に生きようとしていた…
そう思うと心が痛む。
立場や身分が違う…なんて言い訳にもならない。
だったら、その生活に自分を合わせるべきだったのか…?
それも違う。
レイラ姫とて、王族として、そして次世代の魔導師として、血の滲むような鍛錬をしてきたと言える。
それは、彼女の義務だ。
シンフォニアの加護がある、と言われているが何が起こるかは分からない。
王族として、民を守る者の先頭に立たなければならない自負はあった。
その自負だけは強い。
恵まれていたのか、魔導師としての素質は高かった。
成長するに従って、その素質は伸びていき、シンフォニアからも次期の《ベイト》としての指名を受けるのでは無いか?と噂されるくらいに。
だが、レイラ姫自身は、それはヴィヴィアンだと思っていた。
自身は実戦経験が、ほぼないに等しい。
逆にヴィヴィアンは、12歳から実戦を経験している。
民の安寧を考えると、実戦経験豊富で実力もある、ヴィヴィアンの方が次期としての資格があると思っていた。
あとはシンフォニアの判断を待つだけだと思っていた。




