ランクアップの試験ーランチタイム入ります
入ってすぐにリノンが駆け寄り
「おや?冒険者さん達、今日はもうお終い?」
と、声を掛ける。
女将と同じ事を聞いてくる。
流石母娘…というより、ごく自然な質問だろう。
「いや、腹が減ったから、腹ごしらえにな」
葵が答えると
「あぁ、そうだね。お腹すいていたら、いざという時動けないしね」
リノンは、納得したように言ってから
「じゃ、席はこっちね」
と、空いている席に案内する。
奥で酒を煽っている連中と、さりげなく離してくれているようだ。
中々気の利く娘のようだ。
「すまないな」
葵が言うと
「あいつらは、今日はヤケ酒化しているから、絡まない方がいいからね」
と、こそっとリノンは言う。
奥の方で
「リノンちゃーん、さけー」
と、奥で叫ぶ声。
「はぁ~い!じゃ、注文決まったら呼んでよ」
呼ぶ声に答えながら、ひらひらと手を振る。
葵達は、メニュー表を見ながら、注文を決めている。
この宿は、時間帯によってメニューを変えるらしく、昼のメニューはどれも腹には溜まるが、胃をもたれさせないメニューになっているようだ。
メニュー表を隅から隅まで確認してから
(昨日は、食べすぎた感があるから…でも、これから運動するし…少しはエネルギーになるのを食べないと…)
唸り声が聞こえそうな位に、メニュー表を凝視する。
その気迫に、カイトとバッカは何も言えない表情を浮かべる。
「おいおい…そこまで真剣に悩む事か?」
呆れ気味にバッカが聞くと、ハッとしたようにメニュー表から顔を上げて
「…いや…この後の狩りの事を考えるとな。少しは栄養も考えないとならないだろうし…それに…そう!…懐具合を考えると高いもんも注文出来ないからな!」
…後半は、とってつけたような言い訳に聞こえる。
レイラ姫の体質がどうなのかは分からないが、葵は向こうの世界では太りにくい体質ではなかった。
カロリーとか、いろいろ気にするお年頃ではあるのだ。
「そうなのか?さっきボアが売れたから、それなりに持っていると思うけどな」
そういうバッカの言葉に
「それは、デュランの儲けだ。俺の儲けじゃない」
スッパリと言い切った。
「…ほう」
「いくら旅のツレとは言え、そこんとこの線引きは大事だからな」
葵は言い切ってから、再びメニュー表に目を落とす。
カイトが何か言いたげにしているがそこは無視する。
(よし!)
注文が決まると
「お前らも早く決めろよ」
そう言ってメニュー表を渡す。
それを受け取ったバッカは、一通り目を通してから
「ふむ…これでいいかな」
と、あっさりと決める。
次にメニュー表を渡されたカイトも、これまたあっさりと決めた。
(…悩んでいた私って)
と、軽くショックを受ける葵。
「お~い!リノンちゃーん」
バッカが手を挙げてリノンを呼ぶ。
「はいは~い!今行くよ~」
少し遠くにいたリノンは、すぐにパタパタと駆け寄ってきて
「注文決まった?」
と3人に聞いてくる。
「あぁ、俺はこの新鮮野菜とボークボアのカゴ蒸しをくれ」
まずはバッカが答える。
リノンは、少しだけ目を見開いて
「お客さん、今日は豪勢にいくね」
と、驚いていると
「今日は、朝から儲けたからな。懐は少しだけあったかけぇんだよ」
そう言ってから
「今からまた儲けさせてもらうつもりだからよ。ちゃんと食べとかねぇと」
と、ニヤリと笑う。
リノンは、メモを取りながら
「お客さんが儲かると、うちも儲かるから助かるよ。あとの二人は?」
リノンの問いに、カイトは葵をチラリと見る。
葵は、【お先にどうぞ】という感じで目配せをする。
「じゃあ、俺は新鮮野菜スティック中盛とホロ鳥の胸肉のカゴ蒸しを頼む」
注文をした後に葵を見る。
葵の順番のようだ。
「俺は、ホロ鳥と野菜のラーラ麺な」
そういうと、リノンはまた驚きながら
「お客さんは、控えめだね」
と、また驚いていたようだ。
バッカが注文したのに比べると、相当に安くて量も控えめだからだ。
葵は肩をすくめて
「俺は、バ…ウォルと違って儲けなかったんだよ」
そう言うと、リノンは納得したように
「そっかー、そういう時もあるから仕方ないよね」
と、妙に納得していた。
(納得出来るくらいに、私って弱く見えるのよね…実際弱いけどさ)
その態度に、軽く凹んだが、それは致し方ないと納得…するしかない。
現実的に、今の自分は弱い。
魔法を使えば、たぶんB…もしかしたらAランクの魔物でも対峙出来るかもしれない。
師匠でもあるセイト・レスクドールからは上級魔法を、ベイト・ディインダからは最上級魔法を指南されている。
だた、当たり前のように戦闘の経験は無い。
【使える】だけで【使いこなす】事は出来るか分からない。
だが、それだけの実力を持ってはいるのだ。
だが現在、魔法は使う事が出来ない。
己の身体能力と剣の腕のみで戦闘をこなさないとならない。
本音を言えば、状況に応じての魔法訓練もしたい。
いずれ…ビルガ帝国と対峙する時の為に。
ヴィヴィアンと対峙する時の為に。
単純の力比べでは、レイラ姫が実力は上だが、経験上で言えばヴィヴィアンの方がはるかに上に行く。
今の自分では、ヴィヴィアンに負けるのは必至だ。
だからこそ、経験を積まないとならない。
分かっているが、今の実力では追っ手を追い払う事は出来ないだろう。
爆撃魔法の一発でも入れたら戦況は変わるが、それは自然破壊に繋がる。
慈悲深いと名高いシンフォニアが許さないだろう。
シンフォニアの加護があるからこそ、今の逃亡生活が成り立っている。
それを自ら放棄することは、あまり利口とは言えないだろう。
だから、剣の腕が上がるまで魔法は使わないようにしないとならない。
いざという時…以外は。




