終わる日常
部活が終わると、圭子と二人で駅前に向かう。
『明日こそ!私が勝ちますわよ!』
美津子が、おーほっほっほ!と高笑いしながら、迎えの車に乗り込んで行ったのを思い出しながら、明日も日常茶飯事が起るのだな…と、肩を落とす。
「どうした?また北白川?」
圭子の問いに
「なんで飽きないのかしらね…」
ガックリと肩を落としながら、言うと
「まぁ、アレは負けず嫌いだからねぇ。もうわざと負けてやれば?」
「そしたら、調子乗るわよ。それに、私も負けず嫌いなの」
「おやおや」
肩をすくめる圭子に
「それに、わざと負けるの、北白川さんに失礼でしょ?バレたら、何してくるか分からないし」
葵が言うと
「確かに、プライドも高すぎだからね、北白川は」
面倒な案件である。
「ま、今はそれよりクレープですよ。ほらアレ!」
そう言ってから、店を指さす。
人気があるのか、行列が出来ていた。
葵は、スマホを見ながら
「時間大丈夫かな…」
と、時間を確認する。
「ああ、あんまり遅いと買い食いとか疑われるもんね」
「それに、食後の鍛錬もあるしね」
「…本当、剣道バカ一家ね」
「何とでも」
答えながら、行列と時間の計算を頭の中で始める。
「早く済めば、何とかセーフかな」
そう言ってから、駆け出す。
「ほら、圭子!早く並ぼ!」
「待ってよー」
追いかける圭子。
行列に並び、時間を確認しながら前に進む。
20分くらい並んだくらいだろうか。
「思ったより早かった」
安堵したように言ってから
「ほら、注文しなよ」
と、圭子を促す。
「葵は?」
「別にいいや。最近…ちょっとね…」
そう言って顔を逸らす。
「あー…」
それで理解した。
女の子にとって、気になるモノ…それは体重。
軽ければいい訳では無い。
だが、重いのはNGなのだ。
「食べても太らない圭子がうらやましいわ」
そうボソリと呟く。
「ははは…」
笑いながら、イチゴチョコ生クリームを注文する圭子。
「はいよ!」
出来上がりを店主から受け取り、代金を葵が払う。
近くの椅子に座る二人。
美味しそうに食べる圭子を、少し恨めしいように見る葵。
「…食べる?」
その視線に堪えられなくなった圭子が声をかける。
「…いい、いらない」
恨めしい視線をしたまま答える葵。
「そんなに食べたいなら、食べたらいいのに…」
食べにくそうにしている圭子。
葵は、視線を逸らしてから、また夢の事を考えていた。
あの夢は、一体何なのか?
小さい頃から見ていた。
夢は、いろいろ見るが、あの夢達だけは何故か心に引っかかる。
《同じ夢》
なのだけは、分かる。
それが何故なのかは分からないが…
ただ、実際に自分が体験したような感覚がするのだ。
そして、今朝見た夢は、何処かに逃げていた。
何かのトラブルに巻き込まれて、逃げていた。
それが、何で、何処に向かったのかは分からない。
(あれは夢だよね…)
でも、手に残った感触、感情はダイレクトに覚えている。
だが、考えれば考えるほど分からなくなる。
「何?どうかしたの?」
不思議そうに聞いてくる圭子に
「ううん、何でもないわ。おっと、時間切れだ」
スマホの時計を確認してから、立ち上がり
「じゃ、また明日ね」
葵が手を振ると
「ほーい」
と、圭子が手を振り返す。
笑顔で圭子と別れてから、帰り道を歩いて行く。
学校と自宅は徒歩の範囲なので、日が落ちるのをゆっくり眺めながら、歩いて行く。
だが、一回学校を通らないとならない。
自宅は、学校を挟んで駅の反対側にあるからだ。
(歩いた道を戻るとはね)
学校では、野球部とサッカー部が片付けをしているようだった。
(おっと、早く帰らないと)
と、駆け足になる。
とにかく、両親は厳しい。
あまり遅いと叱られる。
特に母は、怖い。
ニコニコ笑いながら怒るのだから。
その後の稽古が、厳しくなる。
駆け足で走りながら、ふと横を流れている川に目を向ける。
河原からは虫の鳴き声が聞こえてきそうだ。
(やばいやばい)
気を取り直して、再び走り出す。
自宅近くの公園を通過しようとすると、急に何かが飛び出してぶつかってきた。
「うわ!」
と驚いて止まる。
その何かは子供だった。
(こんな時間まで遊んで…親は…っといた)
「ごめんなさい。お姉さん」
その子供は、ペコリと頭を下げる。
「いいよ。大丈夫だから、早くお母さんの所に戻りな」
葵は、子供に手を振って、子供も葵に手を振る。
(はぁ、こんな時間まで遊ばせるなんて…最近の親は…)
と、婆くさい事を考えていた。
完全に油断していた。
葵は気付いてなかった。
進行方向から向かってくる車が、蛇行運転をしている事を。
《キキッーーー!!》
ブレーキ音に気付くと同時に
《ドン!!》
という音と衝撃。
空に舞う体。
痛み。
(いったーーー!!)
やがて、体は地面にバウンドする。
その衝撃で、痛みは倍増する。
(い…痛い…あれ…私…どうなったの…)
薄れゆく意識。
視界に赤いモノが写る。
(これは…血…?)
(痛い…痛い…)
痛みからか、意識が段々と遠のいていく。
葵が意識を手放す瞬間、自分の周囲が光った…気がした。
それは、魔法陣。
時が止まっているから、誰にも見えない魔法陣。
その光は、やがて光を失い、時間が動き出す。
「きゃあ!!!」
「女の子が轢かれたぞ!」
「救急車を呼べ!」
現場は騒然とした。