至福が終わって現実に戻る、そして暗躍する者も至福
まずは、新鮮ポックのサラダを食べてみる。
所謂、ポテトサラダのようなものだ。
ゴロゴロ大きめに切ってほくほくにゆでたポックを葉野菜とハムのような食材を特製ドレッシングで和えているようだ。
(あら、これは、なかなかいけるわね。ポテサラといえばマヨと思っていたけど、この特性ドレッシングはよく合っている。それに温かくても美味いわ)
そして、次に手を付けたのがほくほく野菜スープだ。
(おぉ…このゴロゴロした野菜達がケンカしない感じで絡んでくる。それに前に飲んだスープも美味しかったけど、その上をいく美味さだわ)
そう思いながら、もう一口スープを口にしようとしたら
「あ、ちょっと待って」
リノンが、黒パンを片手にやってくる。
「黒パン、忘れていたわ。これにスープを吸わせるとすごく美味しいのよ」
そう言って、葵の前に黒パンを置く。
葵は、パンを手に取り、一口分千切ってからスープに浸し、それをすくって口に入れる。
(あ…ほんとだ。黒パンの硬さにいい感じにスープが絡んで柔らかくなっている。クルトンみたいな感じかな…)
と、美味しそうに食事を進める。
合間に飲む水も、やはり美味しい。
自慢するだけの事はあるようだ。
一方で、バッカの注文したレットディアのソテーだが、軽く焼いたレッドディアの上にキノコ類の入ったソースがかかっており、これも美味しそうだ。
ジョッキをあおりながら
「これは、確かに美味だな」
と、バッカも太鼓判を押している。
サイガ風サラダは、普通の生野菜サラダにハムがたっぷり乗っており、その上には白いサウザンドドレッシングのような白いソースとオリーブオイルのようなソースが、たっぷりとかけてある。
それをボウルの中で軽く混ぜて食べるようだ。
一方で、カイトの注文した新鮮スティックサラダは、普通のスティックサラダで、別に面白みもない。
それをもくもくと食べているカイトに
(ウサギみたい…)
と葵は思い、クスっと笑う。
「どうした?」
バッカの問いに
「いや、別に。それにしてもここの料理は美味いな。女将が太鼓判押すはずだ」
そう言って、ボークボアのステーキを口にする。
少し冷めても、まだ美味しさがある。
「ま、名物だからな。この辺では、祝い事があると、ボークボアを使った料理を作るそうだ」
そう言って、レットディアのソテーのソテーを口にする。
カイトは、黙って食べているだけだ。
「…ほんと、お前しゃべらねぇな」
バッカが、そう言うと
「こいつは、口下手だからな。逆に俺は口が立つ」
「腕は、こいつの方が断然上だから、持ちつ持たれつって訳か」
バッカが納得したように言うと
「そうだな」
そう言ってから、スープを口にする。
そして、食べ終わった後…
(至福だわ…ハッ!!)
そこで、葵はある事に気付く。
食べている量が半端ない…
狩りをして運動してきたとはいえ、これは食べすぎではないか。
(まずい…)
年頃の女の子らしく、そういう部分は気にする。
(体重増えているかも…)
少し青ざめた様子に気付いたカイトが
「どうした?」
と問いかける。
「食いすぎて、腹でも壊したか?」
茶化す様にバッカが言うと
「…そうかもな」
と、青ざめた様子で立ち上がり
「部屋に戻るよ」
そう言って、席を立つ。
それに続くようにカイトも葵の後を追う。
それを見ていたバッカは、ククッと面白そうに笑った。
離れた席には二人の女性が座っている。
『なんですかねぇ』
『………』
『なんか平和そうですね』
『………』
『こっちは、錯乱に大変だというのに……って副官?』
そこでようやく《副官》と呼ばれた女性らしき人物が
『…何?』
と、答える。
『何、副官も呑気にボークボアのステーキを食べているんですか?』
『だって美味しいじゃないの』
そう言ってもう一口食べる。
『やっぱ、ボークボアは美味いわ。肉汁最高!』
副官と呼ばれる女性が至福に浸っていると
『今も首領達が、錯乱に奔走しているというのに…』
と、もう一人の女性が頭を抱えるように言う。
副官と呼ばれる女性は、ナプキンで口を拭いてから
『で?進捗状況はどうなのかしら?少しは時間稼ぎにはなっている?』
キリっとした口調で聞く。
もう一人の女性は、ため息をついて
『首領の錯乱が効いているのか、寄り道はしていますね。ただ…』
『ただ…?』
『追手の軌道修正が早すぎるのが気になります。ヴィヴィアン殿が優秀なのでしょうね』
『…ふぅん』
『どうします?副官?これを姫様達に何とか伝えますか?』
その問いに
『いや、まだいい。首領が戻られるまでは、様子見をしましょう。でも、いざという時は…』
『分かっていますよ。バルテノス次期子爵には申し訳ないですが…』
『私達の使命は、あくまで姫様の旅の援護なのだから、そこは割り切らないとね。姫様には恨まれるだろうけど』
『それも我々の仕事のうちですよ』
『そうね…』
そう言ってから副官と呼ばれる女性は
『さあて、冷めないうちに食べてしまいましょ』
と、もう一度フォークを手に取った。
もう一人の女性は、呆れながらも仕方ない…という感じで自分もフォークを手に取った。




