バスクベの食堂での一幕
葵は、ムッとしながらも
「まぁ、そうだが…」
と答える。
すると彼女は、パァッと明るい表情を浮かべ
「マーニャや母さんの言っていた通りね。ほんと、女の子にしか見えない」
そう言ってから、マジマジと葵の顔を見る。
どうやら彼女が、マーニャの幼馴染でこの宿の娘のようだ。
顔をじーっと見られている葵は、困ったように
「そ、そんなに見られては困るんだが」
と言う。
(…正体がバレたら困る!!)
顔を覚えられたら困るのだ。
何せ、手配中のレイラ姫本人なのだから。
「なぁに?照れているの?可愛い」
彼女は、面白そうに笑い
「私は、リノンよ。よろしくね」
そう言ってから、メニュー表を置いて行った。
「モテていいな」
茶化す様に言うバッカに
「別にモテたくないよ」
ムスッとした顔して答える葵。
(女の子にモテたくないわよ。こっちの世界でも)
と思いながら。
あっちの世界で、男女問わずモテていた…とは思うが、女子の熱はとにかく熱かった。
葵が試合で勝つ度に、黄色い歓声が上がる。
それを面白くない他校の男子もいた。
針の筵に晒された事は、どれだけあったか。
それでも、動じない精神は持ってはいたので、別にどうという訳ではないのだが…
年相応に…という感情がなかった訳ではない。
それを自分の中で封じ込めて、蓋をしていただけだ。
葵が悶々としている側で
「さぁって、何を注文しようかな」
バッカが呑気にメニューを見ている。
それに一瞬ムッとしたが、バッカに怒っても仕方ないと思い
「どんなメニューがあるんだ?」
とバッカに問う。
「ま、名物のボークボアのステーキだな。これは美味いぜ。あとは、お、今日はレッドディアのソテーが特別入荷…」
そう言った所で、葵達にメニューを見せる。
「高いな」
レッドディアのソテーの値段を見た葵が感想を言うと
「希少食材だからな。これでも安い方だぜ。ふむふむ…」
そう言ってから
「俺は決めたから、お前らも早く決めろよ」
バッカの言葉に、葵は
「分かった」
と、答えてメニューとにらめっこする。
(まぁ、名物のボークボアのステーキは外せないわね…でも野菜とかもきちんと摂らないと。うーんと、あ…新鮮ポックのサラダ…こっちでいうジャガイモよね…これにしよう。後はスープね…ほくほく野菜スープか…これでいいや)
カイトを見て
「デュランは、決まったか?」
と、問うとカイトは小さな声で
「あぁ…」
短く答えた。
「決まったみてぇだな…おーい!リノンちゃん!注文よろしく!」
とバッカが手を挙げて、リノンに声をかける。
リノンは足早にやってきて
「注文どうぞ」
メモとペンを両手に持って聞く。
「俺は、ボークボアのステーキとレットディアのソテーに、サイガ風温野菜サラダな」
バッカが言うと、リノンは素早く書いていく。
「デュラン、先どうぞ」
と、葵がカイトに促すと
「しかし…」
と躊躇しているようなので
「じゃあ、俺が先な」
と、先に注文を済ませる事にした。
カイトとしては、いくら別人の人格だとは言え、仮にも忠誠を誓っている姫君である。
躊躇もするだろう。
葵は、それを理解して、先に注文する事にした。
「俺もボークボアのステーキな、あと新鮮ポックのサラダ、それとほくほく野菜スープに黒パン」
葵が注文を済ませると、カイトが
「じゃあ、俺もボークボアのステーキ。あとは、新鮮スティックサラダ、以上だ」
注文を書き終えたリノンは
「飲み物どうします?」
と聞くと
「黒エールをジョッキでくれ」
バッカが、速攻で答える。
葵は、メニューを見て酒類しかなかったので
「俺は、水でいいや」
と、メニューをカイトに渡す。
「…俺もそれでいい」
そう言ってから、メニューをリノンに渡す。
「お客さん達、水でいいの?そりゃ、ここの水はすごく美味いけど…」
リノンが不思議そうに聞く。
よく見てみると、周囲の客たちは何かしら飲み物(酒類)を注文しているようだ。
葵は肩をすくめて
「駆け出しの冒険者だからな。今は、あまり金を使いたくないんだ。それにこの土地の水なら、どこの飲み物にも負けやしないだろ?」
そう言うと
「確かにね。水は、この土地の自慢だからね。分かったわ。少し待っていてね」
そう言ってからリノンは席を離れていった。
すぐに木のジョッキを持ってきて
「はい、黒エールね」
と、バッカの前にジョッキを置く。
「お、サンキュ」
そう言って、バッカは黒エールを一口飲む。
「かぁぁ!働いた後のエールは美味いね」
とご機嫌に言う。
しばらくすると、いい匂いを立てた鉄板皿が3つ運ばれてくる。
「まずは、名物のボークボアのステーキね」
そう言って、リノンは器用に持ってきた鉄板をそれぞれの前に置く。
美味しそうな匂いが立ち込める。
「じゃいただくぜ」
バッカがフォークを掴み、角切りにされたステーキの1つを刺す。
ジュワっと肉汁が溢れ出る。
「おっと…」
バッカは、それを口の中に頬張り
「やっぱ、うめぇな」
と、感想を言う。
続いて葵達もボークボアのステーキを口にする。
(うわ…あっさりとした肉汁。噛めば噛むほどに味わい深くなるわ。それにこんなに脂ぎっているのに、口の中で蕩ける様。さすが名物と言われるだけあるわ)
そう思いながら、次々と頬張る。
リノンは次に
「はい、サイガ風温野菜と新鮮ポックのサラダに新鮮スティックサラダにほくほく野菜スープね。あとレッドディアのソテー」
そう言ってテーブルに料理を置いていく。




