バースの森での休息
(やはり疲れていたのだな…)
と、カイトは葵の寝顔を見ながら思う。
年齢を聞き忘れていたが、姫とそう変わらない年齢だろう。
その年齢で、いきなり異世界に転移させられ、知らない土地で旅を強いられて…
それなのに、それに対する不満は一切漏らさない。
言ったといえば、カイトと口論みたいになった時の
『私だってそちら側の…そうその姫とシンフォニアの都合で、こっちの世界に転移させられたんですがね』
という言葉だけだ。
そう…こちら側の都合なのだ。
葵が今ここにいるのは。
そして、それを引き起こしたのは自分自身なのだ。
自分自身の油断が、レイラ姫を生命の危機に立たせ、葵が転移してくる事態を引き起こした。
カイトの心の中は悔しさと後悔で一杯だった。
(私が油断さえしなければ…)
そう思いながら、拳を握りしめる。
そして、すやすやと眠っている葵を見て
(よく寝ている。そういえば、姫も花畑に行くと、草の上で昼寝をしていたな)
遠い昔の事を思い出す。
自分とレイラ姫とヴィヴィアン…3人ででかけた思い出。
遠い日の思い出。
だが、今は…
姫は消滅し、ヴィヴィアンはフィアント公国を裏切り、自分は見知らぬ少女と旅をしている。
3人がバラバラになってしまった。
(…ヴィヴィアン、なぜ裏切ったのだ?あんなに国や姫に忠誠を誓っていたハズなのに)
疑問が頭を駆け巡る。
ヴィヴィアンの事は信用していた。
それは、ヴィヴィアンの普段からの行動からも信用に値すると思っていた。
しかし、ヴィヴィアンは、ビルガ帝国に寝返った。
『強い者に付くのは、当然の摂理ではなくて?』
ヴィヴィアンが言った言葉だ。
“強い者”-ビルガ帝国が強い国だとヴィヴィアンは認め寝返ったというのか…
今までフィアント公国に仕えていたのは、シンフォニアの力があったからなのか…
ならば、今までのヴィヴィアンは自分を偽りながら、自分達を騙しながら日々を送っていたのか…
疑問は、尽きることなく頭を駆け巡る。
(考えても仕方あるまい。ヴィヴィアンが裏切った事には変わりない。そして、ヴィヴィアンによって、我々も危機に晒されている事も事実だ)
そうしている内に月が昇りはじめた。
(よく3人で夜空を見たものだ…)
また思い出が駆け巡る。
それは、カイトの心を苦しめる。
“何故こうなった?”
今の状況は、カイトにとって受け入れる事は難しい。
信じていた幼馴染の裏切り。
愛する者の消滅。
どちらも、平穏な日々が続くと信じていたカイトにとって受け入れ難い事であった。
(シンフォニア…なぜ、私達を守ってくれない?)
セイトの小屋での会話を聞いていなかったカイトには、事情が飲み込めていない。
今のレイラ姫が、シンフォニアの力を引き出す事が出来ないという事を。
その為に、葵が転移させられたという事も。
何も知らずにいた。
葵も語るのを失念しているのもあるが…
ちゃんと伝える事は大事なのである。
葵が目を覚ました時、月は半分ほど昇っていた。
(…いけない。眠りすぎていた)
慌てて起き上がり、側にいたカイトに
「すみません。寝過ぎてしまいました」
と、頭を下げる。
カイトは、笑みを浮かべて
「大丈夫だ。疲れていたのだろう?疲れの方は取れたか?」
「はい、よく眠りましたから」
「…そうか、ならいい」
「デュランさん、私が周囲を警戒していますから、今度はあなたが寝てください」
そう言ってから、収納魔法を展開して中から大きめの布を取り出す。
そして、それをカイトに渡す。
「…大丈夫か?」
カイトが心配そうに聞くが
「デュランさんだって疲れているのですから、休んでください。あ、でも何かあったらすぐに起こしますから覚悟しておいてくださいね」
葵が言うと、カイトは笑みを浮かべ
「分かった」
そう言って、布の上に横になった。
カイトの寝息が聞こえてくると
(…さて、何をしようかな?剣の練習をしたいけど、音がするだろうから起こしてしまったら申し訳ないし)
そう思いながら、頭の中で動きを復唱する。
(縦に振るう時に、剣が後ろに倒れすぎている感があるわ。それは筋力をつければ何とかなるだろうけど…問題は、素早さね…元々レイラ姫の体で私の体ではないから、思い通りに動かない感がある)
そう思いながら、その辺にあった木の枝で適当に落書きを始めた。
ただ、ぐるぐる円を描いているだけだが。
(この体に慣れたとしても、素早さだけはどうしようもないわね。姫は後方支援型だったから、多少素早さに欠けていても、魔法の速度が速かったから大丈夫だったみたいだけど)
今は、魔法は使えない。
収納魔法や、地図を出す魔法は、何とかギリギリ察知されないように偽装出来ているから、何とかなっているが、攻撃魔法や防御魔法、支援魔法を使えば一発でアウトとなる。
ヴィヴィアンに察知されて、場所が特定される可能性が上がるのだ。
それを考えると、安易に魔法は使えない。
どうしたものか…と葵は考えていた。
ふと、顔を上げると池に反射した月の光がキラキラと輝いて池を美しくしていた。




