バースの森にて
「…そうだな。この辺に湖ほど大きくはないが池があったはずだ。ツォンズ公国の水は、清らかな水だから、その近くまで行こう」
カイトがそう言って、池を指さす。
確かに、小さな池があるようだ。
「そうですね。水は、そろそろ底をつきそうですし、水を補給するのにはいいかもしれませんね」
カイトの言葉に同意してから
「それでは行きましょうか」
葵の言葉で、2人は動き出した。
『何とか、国境はすんなり通れたみたいですね』
『まだ手配書が、ここまで来てないという事だな』
『ですが、首都オリンズには通信設備がありますから、ビルガ帝国から手配書が回っている可能性は高いかと』
『では、またこちらで攪乱するしかないな。それより、ボイテイの街に残してきた者達はどうしている?』
『さっき、通信が入ったところによると攪乱に気付いたみたいですね。さすがヴィヴィアン殿という所でしょうか。今は、躍起になって攪乱を行った者を探しているらしいですが、その者達は、抜け道により街を脱出しております』
『そうか…その抜け道が奴らに見つかる事はないのか?』
『大丈夫ですよ。我々の情報収集力は、奴らは真似出来ません。あんな旧道に気付く人間は、いませんよ』
『それならばいいがな。…では、我々は作戦通り、先にオリンズ入りをして情報を集めるとするか。ああ、数人は姫達の護衛に残しておけよ』
『了解。首領』
池のほとりに着いた二人は、早速周囲に野営出来る場所を探した。
もう日も傾きかけている。
「何とか間に合いましたね」
葵が言うと
「そうだな。それより、やはりこの国の水はキレイだな」
池を見ながらカイトが言う。
底が見えるほどの透明度を誇る池なのだが、キレイ=大丈夫とは限らない。
とりあえず、口に含んでみる。
「美味しい…」
葵が思わず言うと
「だろう?この国の水は、どの国よりも美味いとされている。グルゴ山脈からの恵みとも言われていてな、北に位置するヒルデガース王国は、寒さゆえにあまり水には期待できないが、南に位置するツォンズ公国は、その恵みが得られると言われている」
そう言ってから、野営に適した場所を見つけたらしく
「あの木の陰にしよう。周囲は低い木に覆われているから、隠れやすい」
そう言ってから、近くを指さす。
池にも近いし、生け垣のように植物が生えているから、隠れるのにもちょうどいい。
「そうですね」
葵が返事をすると、2人はその場所へと歩き出す。
そこに到着した後
「とりあえず、食事を済ませてから、交代で監視と休息を取ろうか。…アオイ、お前が先に休むといい」
カイトの言葉に
「え?いいのですか?」
「いいも何も、そなたは疲れているだろう。隠しているつもりでいるかもしれないが、それ位は分かる。姫の体力を考えたら無理をさせていたとは分かっていたが…」
そう言ってから干し肉を取り出す。
葵は、すまなそうに
「すみません。気を使わせてしまっていたようですね」
と言うと
「別に当たり前の事をしたまでだ。とにかく食事を早く済ませて休め」
そう言い、干し肉を噛んだ。
葵も、バックから干し野菜を取り出して、ちまちまと噛んだ。
(お腹すいてたんだよね。それに、足はパンパンなんだよね)
そう思いながら、ちまちまと食べる。
リスのように食べる姿に、カイトはクスリと笑う。
「え?何か可笑しいですか?」
葵が首を傾げていると
「いや、すまない。姫は、そのような食べ方はしなかったのでな。…まぁ、このような食材を食する事もなかった方だったしな」
カイトが笑みを浮かべて言う。
だが、どこか寂しげだ。
(やはり、いなくなったレイラ姫の事を想っているのね…いいな…こんなに想ってくれる人がいて)
正直、葵はレイラ姫が羨ましいと思った。
元の世界では、かっこいい女子として扱われていたので、男子はあまり寄り付かなかった。
というか、葵の方から寄り付かせなかった訳だが。
自分より強い男性ではないと、と決めていたからだ。
だが、目の前にいるのは、明らかに自分より強い人間。
しかも、魅力的な男性だ。
これが普通の乙女なら、ときめいても仕方あるまい。
だが、葵はそれをよしとはしない。
カイトは、あくまでレイラ姫の恋人なのだ。
自分の恋人ではない。
体はレイラ姫のモノであろうが、心は違う人間。
それに自分は目的を果たしたら、自分の世界に帰るつもりだ。
目の前にいるカイトが、どんなに魅力的であろうと、ときめく訳にはいかないのだ。
だが、胸の奥がチクチクする。
この痛みは初めて感じる。
この痛みが何なのか分からない。
この痛みをどうしたらいいのか分からない。
葵は、キュッと拳と唇を結んだ。
(今は、こんな事に囚われている場合じゃない。この痛みが何であろうと、私は私が為すべき事をなさないとならない)
そう言って自分を律しようとする。
だが、痛みは消えない。
葵は、戸惑いを覚えた。
食事が終わると
「早く横になれ。私が周囲を警戒しているから」
と言うカイトの言葉に
「ありがとうございます」
と、素直に礼をする。
「礼はいい。よく休め。明日には首都オリンズに入る。そこで、そなたにはいろいろやってもらわなければならないからな。疲れはよく取っておくんだ」
カイトの言葉に頷いて
「分かりました。では」
と、収納魔法を展開して、中から大きめの布を出す。
それを敷いてから、その上に横になる。
「おやすみなさい」
そう言ってから、葵は目を閉じる。
疲れていたのか、すぐに寝息が聞こえてきた。




