ボイテイの街への進軍
まだ夜も明けないうちから、兵達は動き出す。
テントや道具等を収納し、準備を整えている。
「準備できました」
兵卒長らしき兵からの報告にリスターは頷き
「では、急ぎ出発する」
そう言ってから馬に乗る。
ヴィヴィアンも続いて馬に乗り、手綱を引く。
軍隊は、ゆっくりとだが動き出す。
やがて少しずつだがスピードを増してきた。
「ボイテイの街には夜明けに到着しそうね」
うっすらと見えてきた茜空を見ながらヴィヴィアンが言うと
「そうだな、これで姫を確保出来たなら、急いだ甲斐があったというもの」
少し棘のある言い方。
どうやら、先程、兵を動かそうとした所を止めた事に対して、嫌味を言っているようだ。
ヴィヴィアンは、気付かないフリをして
「そうですわね」
と答えてから地図を広げる。
ボイテイの街に近づいているようだ。
「ま、彼等も油断しているでしょうから、呑気に寝ていたりしてね」
そう言ってからフフフと笑う。
「…だといいがな」
リスターは答えながら、一抹の不安を感じていた。
(この娘、何を考えているのか分からない…油断は出来んが、探索魔法に長けているのは事実。このまま信じてよいのか…)
ヴィヴィアンを疑惑の目で見ている。
それにもヴィヴィアンは、気付かないフリをしている。
彼の不安は、当たっているようで当たっていないのだから。
ヴィヴィアンは、帝国の協力者である事には間違いない。
だが、彼女にも目的がある。
その為に、彼女は帝国に寝返ったのだ。
その事は、誰もしらない。
彼女の思惑を誰も知ることはないのだ。
彼女が《あの方》と呼んでいる人物以外は。
ヴィヴィアンは、その者に対しても忠誠を誓っている。
その者を裏切る事はしない。
だから、その者に帝国軍への協力を命じられても拒否しなかった。
親友と幼馴染を裏切る形になるとしても。
育った祖国を裏切る形になってしまっても。
ヴィヴィアンは、彼女の目的の為だけに動いている。
帝国は、彼女にとって、駒の1つなのかもしれない。
だが、ヴィヴィアン自身もキートン王子に忠誠を誓っている…フリをしているだけだ。
そのような気配は、微塵も出さない。
それが出来、実力があるのだから、その者に選ばれたのだろう。
(さて、間に合うといいけどね。姫達の危機管理がいかほどのモノか試させてもらうわ)
笑みを浮かべて馬を動かす。
「どうした?」
笑っている彼女に対して、疑惑の目を向ける。
「何でもないわ。もし、あの街に姫達がいたら、私は報酬を得て、何をしようかしらと考えていたのよ」
そんなヴィヴィアンを鼻で笑い
「気が早いな。まだ確保出来ていないというのに」
リスターが言うと
「まぁ、私はあのお姫様を知っていますからね。あの呑気なお姫様が急いで出立するとは思えないわ。ボイテイの街で確保して城に連れ帰れば終わり。封印を解く為のアイテムとやらは帝国で回収していただけばいいし、私の仕事は終わりよね?」
確認するようにヴィヴィアンが聞くと
「一応、終わりはする。報酬もその時に払う。だが、それからはどうするのだ?フィアント公国を裏切った以上、お前に行く当てはないだろう?」
「あら、心配してくださっているの?」
「いや、帝国にも優秀な魔導師が必要だからな。私の方から殿下に進言してみてもよいぞ、と言っているのだ。お前の魔法力は高いからな」
リスターの言葉に
「それは、魅力的な誘いね。でも、私は簡単に裏切るかもよ?」
ヴィヴィアンは、クスクス笑いながら言う。
「その時は、私がそなたを斬るだけだ」
その言葉に
「おお、怖いわね。背中には気を付けておかないとね」
そう言ってから、肩をすくめる。
そうしているうちに太陽が昇り始めた。
「街まであと少しだな」
遠くに見えてきた城壁を確認しながら言うと
「そうね」
そう言ってから、探索魔法をかける。
馬の上だからか、上手く出来ない。
(不安定だけど、波動を感じる。中に入ったら、もう一度魔法をかけてみよう)
「どうだ?」
探索魔法を使った事はリスターには分かっているようで結果を知りたいようだ。
「馬の上からだから、不安定で分からないけど、いるとは思うわ。少し急ぎましょ」
ヴィヴィアンの言葉に
「よし、歩兵は、そのままの速度を維持して進め。馬兵は、私達と共にボイテイの街に一刻も早く向かう」
兵卒長にそう命じてから、手綱を引き、馬を走らせる。
ヴィヴィアンもそれに続いた。
それから、馬兵達が2人の後を追うように馬を走らせた。
(間に合えばいいけど…)
ヴィヴィアンは、そう思いながら馬を走らせる。
やがて、2人の馬が門に到達した。
「帝国副指令リスター・バレンタである!門番、門を通せ」
彼が命じると、門番は慌てて
「バレンタ副官!こちらにおいでは知らな…」
「お前の言葉はよい。早く中に入れよ」
リスターが切り捨てるように言うと、門番はムッとしたようだったが、門を開ける。
「今は、住民もほぼ寝ていますから、ギルド会館か裏の露店しか人はいませんが」
門番の言葉に
「分かった」
と短く答えてから、ボイテイの街に入る。
入ってすぐ、馬を降りたヴィヴィアンは、すぐに探索魔法を使った。
(…この波動、近いわ。…いる!)
魔法陣が消えた後すぐに
「いますぐ、街を閉鎖して!検閲が済むまで街の出入りを禁止させるのよ」
と言う。
「どうした?」
「波動を感じたわ。ここにいる。早くしないと、逃げられるかもしれない」
切迫したようなヴィヴィアンの言葉に
「急ぎ門の閉鎖を実施せよ!」
すぐにリスターは命令を下した。




