平穏で退屈な学校生活
(退屈だな…)
窓の外に広がる青空を見ながら、ぼんやりとしている葵。
(剣の道で私より強いのは、お父さんとお母さんぐらい…後は、全国大会の猛者…)
「…な…椎名!」
自分を呼ぶような声にハッとする。
前を向くと、数学教師が不機嫌な顔で葵を見ていた。
「椎名、この問題を解いてみろ」
立ち上がり黒板を見ると、目の前には分からない数式。
(…やば)
と、周囲を見るが誰も目を合わさない。
「…すみません。分かりません」
気まずそうに言うと、数学教師は
「お前、授業を真面目に受ける気はあるのか?いくら、剣道の猛者といえども、お前は高校生に過ぎないのだぞ。分かっているか?」
「…はい、分かってます」
「分かってないだろうが。大体、お前は…剣にばかり夢中になりおって、勉学が疎かになりすぎてないか?」
「イエソンナコトハ…」
笑って誤魔化そうとする葵に数学教師は眉を顰めて
「それは、分かってないという事だ。…まぁいい、今は時間が勿体ない。後で職員室に来なさい。たっぷりと話をしてやろう」
そう言って数学教師は背中を向けて
「じゃ続きをするぞ。ここの公式は…」
チョークで黒板に公式を書いていく。
葵は、気まずそうに座り、
(あぁ、また説教か…)
げんなりとしながら息をつく。
(しょうがないか。よそ見しているのがよくないんだし)
そう思いながら、前を見て授業を聞く。
そして、黒板に書かれた事をノートに書き写した。
『…様!何度も言っていますでしょう?』
頭に誰かの声がした。
手が止まる。
(誰?何処かで聞いたような声…誰なの?)
考えるが、分かるはずも無く、また考え事をしていたら教師に注意される事に気付いた葵は、気持ちを切り替えて、黒板の文字を書き写した。
「…であるからしてぇ」
《キーン…コーン…》
チャイムが鳴った。
「今日は、ここまで!…あと椎名!職員室に来なさい!」
数学教師は、教材を片付けてから教室を出て行く。
素早く日直が黒板を消そうとすると
「ちょいまて!まだ写してない!」
クラスメイトの誰かが声を上げる。
葵は、教科書とノートを机に入れてから
(面倒くさいなぁ)
と思いながら、立ち上がる。
「災難だね」
そう語りかけてきたのは、友達である真鍋圭子。
「そう思うなら、助けてくれたっていいじゃん」
葵は、隣に座っている友人に不満を漏らす。
「私は、火の粉は被らない主義なの」
ドヤったように言う圭子に
「はいはい、そうでしたね」
そう言ってから、手を振って教室を出る。
職員室まで近いので、1分も掛からない。
「失礼します」
キレイに一礼して、職員室の中に入る。
数学教師の元に行き
「先生、椎名葵来ました」
そう言うと
「おう、素直に来たな。椎名、お前最近、ぼーっとしている時間が増えてないか?」
「え?」
(…説教始まったよ)
心の中で、げんなりとしながらも
「最近、たるんでないか?一年生で剣道の猛者ともてはやされているみたいだが、さっきも言ったとおり、お前は高校生にしか過ぎない。分かっているのか?」
「…はい」
「少しは、勉学の方にも力を入れてみろ。将来、どんな進路を取るかは知らんが、勉強をしておいて損はない。その事をくれぐれも忘れないように」
「…はい」
「あと、この課題を放課後までに仕上げてきなさい」
そう言って、プリントを渡された。
(げ!マジで?)
受け取りながら、心の中で深い溜息をつく。
「部活前には、提出するように。次の授業があるから、もう教室に戻れ」
そう言ってから数学教師は、自分の机の方を向いた。
「…失礼します」
葵は、一礼してからその場を去る。
プリントを見ると、今日の復習のようだ。
(後で、圭子とかに聞くか…)
そう思いながら、職員室のドアを開ける。
「失礼しました」
もう一度一礼してから、外に出る。
(課題、苦手なんだよな…)
だだ下がりのテンションを抱えたまま教室に戻ろうとすると
「あーら、椎名さん。どうしたのかしら?」
振り向くと、隣のクラスの北白川美津子が、立っている。
「北白川さん、何か?」
葵は、愛想笑いを浮かべて、問いかける。
北白川美津子は、武士の家系に生まれたという街一番のお嬢様。
だが彼女は、剣道で葵に負け続けている為、葵を目の敵にしていた。
「あーら、何かやらかしたのかしらぁ?」
葵の手元のプリントを見ながらニヤニヤしている。
「別に…何も…」
(面倒くさいのに捕まった)
と思いながら、愛想笑いは崩さない。
「まぁ、おつむの出来が悪いから、先生から怒られたのかしらねぇ」
嫌みったらしく言う彼女だが、成績は葵より少しばかり下である。
(あなたより、成績はいいはずですがね…)
再び、テンション下がる。
その時、タイミングよくチャイムが鳴る。
「じゃあ、授業がありますから…」
そう言って、そそくさと立ち去ろうとするが
「ちょっと待ちなさい!放課後!覚悟しなさいよ!今日こそ、一本取ってやるんだから!」
立ち去る葵の背中にそんな言葉を投げかけるが…
「…北白川。授業だぞ」
ポンッと先ほどの数学教師が、彼女の肩を叩いた。
教室に戻り、急いで席に着く。
「どうだった?」
面白そうに聞いてくる圭子に
「課題…出された。分かんないから手伝ってよ」
「えー」
「お願いします。学年3位様」
そう言って手を合わせる。
圭子は、仕方ないように
「ま、駅前のクレープで手を打とうかね」
と言う。
「ありがと」
お礼を言ってから、次の授業の教科書とノートを出す。
(退屈な日々…でも、これが幸せなのかもね)
そう思っていた。
退屈な日々…でも、平穏な日々。
それは、葵にとって大切な日々だった。