夜中の会話
やがて、剣が空を切る音が消えた。
葵の姿も庭にはない。
少しするとドアが開き、葵が中に入って来た。
ベッドに座っているカイトを見て驚きながら
「起きていたのですね」
といい、布で汗を拭う。
「ああ。起きたら驚いた。お前がいなかったからな」
「すみません。目が覚めてしまって…」
葵は、すまなそうに謝ると
「眠れなかったから剣の練習でもしようかと思いまして」
そう言ってから、剣をベッドに立てかける。
「起こしてくれたらよいのに」
カイトが不満げに言うが
「デュランさんもお疲れでしょうから、起こすのはちょっと…と思いまして」
申し訳なさそうに言う葵。
「そのような遠慮をする必要はない。何があるか分からないからな。護衛の意味でも私の側から離れない方がいい」
少し厳しい言い方になっているが、仕方あるまい。
本当に何があるのか分からないのだ。
葵=男=姫ではない、という図式があるとはいえ、見た目は弱い少年だ。
良からぬ事を考える者達に、何をされるか分からない。
葵は、まだ己を守れる程剣の腕が立つ訳ではない。
襲われたらアウトなのだ。
…その場合は、魔法を使うかもしれないが。
今は、魔法を使わない方向を貫いている以上、出来るだけカイトが護衛しないとならない。
葵は、そこの所を失念していた。
「すみません。あまり考えずに行動してしまいました」
申し訳なさそうにしている葵に
「分かったならいい。これからは気をつけるように」
そう言ってから
「ここから見ていたが、まだ動きが甘いようだ。剣を振るうスピードが足りないし、剣に振り回されている感がある」
と、見た感想を述べる。
葵は頷いて
「私も、その感じはあります。腕と足腰の筋力が足りないのではないかと」
「そうだ。その筋力を軽くつける為に、簡単な運動を教えよう」
そう言ってから自分の剣を取り、剣を肩と水平に持ち上げてスクワットのような動きをする。
「これで、少しは筋力もつくだろうし、バランス感覚もつくだろう」
と、動きを止めてからベッドに座る。
「ありがとうございます」
葵は、早速それをしようとするが、バランスが取れず立ち上がれない。
「…いきなりは無理か」
カイトは、そう言ってから葵から剣を取り
「まずは、剣抜きでやってみよう。筋力をつけるのが先だ」
そう言ってから、葵の剣をベッドに立てかける。
葵は頷いて、そのままスクワットのような動きをする。
何回かしているうちに、腕と太ももあたりが張ってくる。
「無理はするな。少しずつでいい」
カイトの言葉で動きを止めてから
「意外ときますね」
と言うと
「簡単な動きだが、効果はあるからな」
そう言ってから、布を渡す。
汗をそれで拭ってから
「…お風呂入りたいな」
小さく呟く。
「ん?何か言ったか?」
カイトの問いに
「お風呂…いえ、湯あみをしたいなって」
葵の言葉に、カイトは顔を赤くして
「お、お、お前…何を…」
思いっきり動揺している。
葵はキョトンとして
「今ここではしませんよ。どこか湖か池とか、きれいな水がある場所でですよ」
葵がそう言うと、カイトは動揺してしまった自分の恥じたのか黙り込む。
「デュランさん?」
葵が不思議そうにしていると
「…何でもない。もうすぐ夜明けだな。ギルドが開いたらすぐに依頼を受けに行こう」
そう言ってから
「とりあえず今は、早くこの街を出られるように。少しでも先に進まないとならないからな」
剣を取り握りしめる。
目指すは、北の解印石。
先は、長い。
「そうですね。4つの解印石を手に入れてから、シンフォニアの元へ戻らないと」
グッと拳を握る葵。
先の事を考えたら気が遠くなりそうだ。
場所は、それぞれ端の方に存在している。
この世界は、知識だけしかない葵にとっても分かる程に広い。
その世界を駆け回らないといけないのだ。
特に西の解印石は、海の向こう側の島にある。
海路の確保もしないとならないだろう。
それを考えると、途方もない無謀な旅に思えてくる。
だが、一度決めてしまった以上、始めてしまった以上、止めるという選択はない。
葵とカイト、それぞれの願いの為に。
止める訳にはいかないのだ。
太陽が山の向こうから姿を現し、窓に光が注がれる。
2人が光に照らされた。
「さ、行こう。そろそろギルドも開いている頃だろう」
カイトは、立ち上がり葵を促す。
「はい」
葵も立ち上がり、剣を取りカイトの後を付いて行くように部屋を出た。
『本当に危なっかしいお姫様だ』
『首領、それ言いますか?』
『庭とはいえ一人で行動しようとするなんぞ、危機管理感が欠けているとしか思えないな』
『…でも』
『でも?』
『あの方は、本当に姫様なのですか?』
『そうだが?何かあるのか?』
『いえ、前にお城で見た姫様とは雰囲気が違うような気がして』
『…そうだな。あの方は姫様だが、姫様ではない』
『は?』
『いずれ説明をする時がくる。その時まで待て。それより…』
『帝国ですね。情報によると、この近くを探索しているようです。ヴィヴィアン殿もよく働きますね』
『そうか…では…』
『分かっています。何とか2人にお伝えするように手配します』




