宿での出来事
周りの客が驚いたように叩いた男を見る。
「…すまねぇ。カッとしちまった」
男が誤ると
「仕方ないさ。この国はシンフォニアの加護に守られて生きてきたんだ。それが急に無くなり、さらに別の国から攻め込まれてきたんだ。仕方ねえよ」
厨房から出てきながら店主が言う。
「一体何が起こっているんだ?シンフォニアの加護が無くなるなんぞ…」
客の表情が暗くなる。
葵は胸が締め付けられた。
これは、自分の中にいるレイラ姫なのかもしれない。
自分の不甲斐無さが、この事態を生んでいるのだ。
民を思う姫が心を痛めないハズはない。
「まぁ、シンフォニアの加護に甘えていたツケが回ったんだと思うしかねぇよ」
店主はそう言ってから
「そういや、手配書が回ってきていたぜ。ビルガの王子と婚約したレイラ姫が騎士に誘拐されちまったらしいぜ」
そう言ってから、手配書を見てから
「お、坊主、おめぇ…」
店主が何か言おうとすると
「俺は、男だぜ」
そう言ってからギルドカードを見せる。
性別が男と記されているギルドカード(偽造されているが…)を見た店主は頭を下げて
「すまねぇ。似てるって言われた事ねぇか?」
と言い、葵に質問する。
「女によく間違えられるが、そういうのは初めてだな。俺が田舎に閉じ籠っていたせいかな。そんなに似ているか?」
そう言って手配書を見る。
当たり前だが似ている。
「確かに似てるな。じゃ、今度からはそっちも気をつけねぇとならねぇって事か」
と言って、やれやれと肩をすくめる。
「兄ちゃん達は、しばらくこの街にいるんかい?」
店主の問いに
「まぁ、気ままに旅をしているからな。いつまでここにいるかは分かんないよ」
葵が答える。
カイトは黙ったままだ。
「本当、この兄ちゃん愛想ねぇな」
店主が言うと
「仕方ないさ。これから、旅をしていけば愛嬌くらいは身につくだろうよ」
苦笑の笑みを浮かべて葵が言うと
「そうさな」
「ありがと、美味かったよ」
「いや、礼はいい。代金もらっているしな。だが、褒められるのは嬉しいもんだ」
店主は得意げに言ってから厨房に入って行く。
2人は、食事を済ませてからすぐに部屋に行く。
「男女が同じ部屋など…」
と言い出したカイトに
「自分達は、男同士という設定なんですよ。一緒の部屋でも仕方ないではないですか」
「しかし…」
「今の問題は、手配書がもう回っているという事です。本人だから疑われても仕方ありませんが、とりあえずこの街には長居は出来ないでしょう。明日の依頼が終了し次第、食料を調達して出発しましょう」
そう言いながらベッドに座る。
「それに追手も気になります…何か情報が得られたらいいんですが…」
そう言って考え込む。
「…おい」
カイトが話しかけても返事はない。
(髪を切ったぐらいでは誤魔化せないわね、やっぱり。何か策を考えないと…ここには長居は出来ないし…どうしたら…)
いろいろ考えて、頭の処理能力が追い付かない。
「おい!」
肩を掴まれてハッとする。
「何か?」
驚いていると
「さっきから話しかけているのだが…」
「すみません。考え事をしていました」
そう言って頭を下げる。
(考え込む癖も姫と同じか…)
カイトは、そう思いながら
「一人で抱え込むな。問題は、2人で解決していこう」
と言い
「とにかく、今日は休もう」
そう言ってベッドに座った。
「…そうですね。一回寝てから頭を整理します」
と、ベッドに横になり毛布らしき布団をかける。
「明日は、早くから行動しよう…」
そう言ったが返事がない。
よく見ると、葵はもう眠っているようだ。
(疲れていたのだな。…当然か)
そう言って、葵の寝顔を見る。
(姫…私は…あなたを守れなかった…だが、アオイは守ってみせる。そして、もう一度あなたと…)
そう思いながらも、自分も疲れている事に気付いたカイトは、自分も横になる事にした。
カイトが夜中に目を覚ますと、横のベッドが空いている事に気付く。
驚いて起き上がり、葵の姿を探す。
《シュッ…》
空を切る音がする。
音の方向は庭の方だ。
窓から庭を覗いてみると、葵が剣を振るっている。
カイトから習った型を忠実に辿っている。
(剣の練習をしていたのか…それにしても…)
剣の振るい方が少しだが様になってきている。
(吸収するのが早い…元々、剣を習っていたとはいえ、覚えが早いな)
何回も、何回も、剣を縦に横にと懸命に振るう姿に、思わず見惚れてしまう。
(…私は、いったい何を…姫と言う方がいるというのに。他の女性に見惚れるとは…)
そう言って、己を律しようとする。
だが、よく考えれば見惚れている相手は、その姫自身である事にカイトは考えが及んでない。
あくまで、姫と葵は別の人間だという認識でいるのだ。
(いかん。姫に申し訳ない)
首を横に振り、邪念を払うかのようにしてから
(そういえば、姫は運動の得意な方ではなかったはずだが…)
そう…カイトは魔法がからきしだが剣の腕は立つ。
一方、レイラ姫は魔法の腕はベイト・ディインダに次ぐ実力を有していたが、剣など体を使う事に関してはからきしダメだった。
(これも、禁忌魔法の影響なのか?)
姫と葵の長所が上手い具合に交わっている。
カイトは、そう理解していた。




