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夢の中の異邦国  作者: 如月まりあ
お姫様となって旅立ちます。
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いつもの朝

椎名葵は、目を覚ました。


いつも通りの朝だと思った。


ただ…


(またこの夢か…)


ベッドから起き上がりながら、溜息をつく。


時々見ている夢。


大きなお城の中で、はしゃぎ回って誰かに怒られたり、お花畑をくるくる回りながら駆け巡ったり、いつも誰かと一緒に日常を過ごす夢。


時々だが、大きなクリスタルが埋め込まれている大樹を見上げて祈りを捧げている時もあった。


時々見る夢。


夢は、いくつも見ているが、この夢達だけは、なぜか心に残っている。


ドキドキして、楽しくて、優しい気持ちになる夢。


ただ、今日の夢は、追っ手から逃げている夢だった。


必死な気持ちが、葵にも伝わっていた。


(一体…この夢は…何?)


しばらく考えたが、息をついてから


「考えても無駄か…」


そう言ってから、ベッドから降りて身支度を始める。



椎名葵-高校1年生。


幼い頃から剣道を嗜み、段持ち。全国の大会でも名が知れている猛者。


運動神経は、そんなわけでいい方だが、学業の方は中の中ぐらいという女の子。


(誰か、お父さんやお母さんみたいに強い人いないのかな…)


制服に着替えながら、何気にそう思っていた。


ふと頭に浮かんだのは、夢の中の人。


握りしめた手の感触を覚えている。


(あの人は…誰?)


いつものように、顔も分からない、名前も分からない。


ただ、いつも自分に寄り添ってくれている事だけは分かっている。


(腰に剣を下げていたな…強いのかな…)


そう頭に浮かぶが、その考えを吹き飛ばすように首を横に振る。


(夢の中の人に何思っているんだか。あれは、夢なんだから…)


身支度を整えて部屋を出る。


いつも通りの朝。


平屋だが、無駄に広い敷地に建つ自宅。


本邸の庭の向こう側には剣道の道場が見える。


両親が経営している道場だ。


小さい頃から、ここで剣の腕を磨いてきた。


長い廊下を抜けて洗面台に入る。


ここで、まずは顔を洗う。


そして、髪をすく。


葵の髪は、動きやすいようにショートカットだ。


櫛がすぐに通る、柔らかい髪をしている。


軽く歯磨きをした後、また廊下を歩き居間に入る。


和食の朝食がテーブルに並んでいた。


ご飯・味噌汁・焼き魚・卵焼き。


バリエーションはあるが、朝食は和食が主流だ。


テーブルの上座には、父である邦夫が新聞を広げて見ていた。


「お父さん、おはようございます」


礼儀正しくがモットーの家訓。


キレイにお辞儀をする。


「おはよう」


寡黙な方の父は、新聞からチラリと娘を見てから、再び新聞に目を落とす。


「さ、冷めないうちに食べなさい」


やんわりとした口調で母・佐枝子が、ご飯をよそった茶碗をテーブルに置く。


ふんわりとした雰囲気を持つ母だが、剣道の事になるとガラリと変わる。


両親共々師範代だが、たぶん強いのは母の方だろう。


「…おはようございます。お父さん、お母さん、姉さん」


葵の後に居間に入ってきたのは、弟の雪夫。


2つ下の中学2年生。


両親が怖いのか、ビクビクしているように見えるが、母の血なのか剣を持たせるとガラリと変わる。


…それでも、両親や姉には勝てないが。


「雪夫も席につきなさい。今、ご飯持ってくるわ」


佐枝子に言われ、ビクッとしながら急いで席に着く雪夫。


(…まぁ、お母さん、怖いからなぁ)


そう思いながら、葵も席に着く。


全員が席についてから


「「「「いただきます」」」」


と、朝食が始まった。


静かに過ぎる時間。


箸を動かす微かな音しかしない。


《食事中は、黙って食べる》


この家のルールだ。


私語やテレビを見ながらなんて、もっての外である。


学校では、食事中は家族の語らいの場であると聞いているが、厳しい両親の元に育てられた葵達は、それが不思議でならない。


家族の語らいの場は、食後や寝る前など、時間を作ればあるものだ。


そんな訳で静かな食事の時間が過ぎていく。


「ごちそうさまでした」


手を合わせてから、一礼をすると、食べた後の茶碗などを台所に運ぶ。


「あら、ありがとう」


佐枝子がお礼を言うと


「お母さんも、いつも美味しい食事、ありがとうございます」


そう答えてから、


「では、失礼します」


と、居間を出て行く。


もう一度歯磨きをしてから、身支度を軽くチェックする。


(よし!大丈夫だな)


身支度チェックを済ませると自分の部屋に戻り、鞄の中をチェックする。


「忘れ物はないな」


そう呟いてから、鞄とリュックを背負い部屋を出る。


そして、また長い廊下を歩きながら居間に入る。


テーブルの上には、お弁当の入った巾着袋が乗っている。


それをリュックに入れてから


「では、お父さん、お母さん、いってきます」


と、深々と頭を下げる。


食事が済んでいるので、テレビのニュースを見ていた邦夫が


「うん、気を付けて行ってきなさい」


そう言い


「部活が遅くなるようだったら、連絡お願いね」


佐枝子が台所から声をかける。


「分かりました」


葵は、答えてから玄関に向かう。


靴箱からローファーを取り出し、ソッと置く。


ここで音を立てたら、両親の雷が落ちる。


靴を履いてから、引き戸の玄関を開ける。


眩しい日差しが目に入ってくる。


ふう…と息をついて、石畳を歩く。


(そういや、うちは和風だけど、夢の中の世界は洋風だったな)


門までの道を歩きながら、夢を思い出す。


(たぶん、ああいう西洋風に憧れているんだろうな)


そう思いながら門を出る。


遠くに見える山。


近くを流れる川。


いつもの情景。


いつも通りの日常の始まり…のハズだった。


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