ミヒデ村での早朝鍛錬
葵は頷いて
「分かりました。彼の事はとりあえず置いておきましょう。まずは目の前の事ですね。今日も剣の指導よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる。
「その通りだな。とにかくアオイは戦闘の為に剣を練習するのが大事だと自分も思う」
そう言ってから、木剣を手に取り
「まだ外に出てからの鍛錬は、流石に村の者に迷惑だと思うから、ここで素振りの練習をしようか」
そう言って葵に木剣を手渡す。
「確かに、まだ陽も出ていませんし、皆さんまだ寝ているでしょうしね」
そう言ってから立ち上がり寝床の敷物を畳む。
カイトも自分の敷物を畳んでから木剣を持ち
「素振りは基本中の基本だからな。ブレがあるとそれで崩れていく。アオイは基本の部分は出来ているようだが、体が着いていけてない感じがある。それは仕方ないと言っても、そう言っている場合ではない事は分かっていると思う。だから、素振りの繰り返しをするしかない。ブレがありそうなら自分が指摘する」
そう言われて、葵は頷いて
「分かりました。よろしくお願いします」
木剣を手に取り、カイトに頭を下げる。
カイトは頷いて
「じゃあ、始めようか」
それが始まりの合図かのように葵は一心不乱に素振りを始める。
「軸がしっかりしてないぞ」
カイトがそう言ってから、隣で
「足腰に力が上手く入っていない。体がぐらついている。剣を振るう腕ではなく、まずは体を支える足腰に気を付けてみろ」
そう言ってカイトが見本のように素振りをする。
「足腰のバランスが重要だ。体は真っ直ぐ保ち、水平に動かすよう意識しないとならない。こうだ」
カイトの素振りは、葵から見ても見事な位にしっかりしている。
それを見て、元の世界の両親の事を思い出す。
あの2人も素振りは、見事な位にしっかりと軸足をしていて、更に美しかった。
葵も軸足はしっかりとしているつもりではあったが、まだ両親にしたらまだまだと言われていた。
両親と同じくらいに、カイトの素振りは軸がしっかりしていて、それでいて美しい。
感心して見惚れていると
「感心している場合ではないぞ。しっかり練習しろ」
カイトに言われて、ハッとしたように素振りを再開する。
軸足に神経を集中しながら、それで両腕にも集中して一心不乱に木剣を振るう。
「…やはり体がついていってないか」
カイトがボソリと呟く。
それは葵も理解している。
いくら葵が、基礎が出来ているとは言っても、身体はレイラ姫なのだから。
精神に体がついていけない感があっても仕方がない。
だが、そんな言い訳はきかない。
この旅では問答無用で実践が求められる。
葵の剣筋で、よくここまで無事に旅が続けられたと逆に感心するほどだ。
それくらいによくない。
「よくここまで旅が続けられたものだ…」
カイトが呟く。
その一言は葵に、ずっしりとくる。
分かってはいるが、身体がついていかなくてもどかしさを感じてはいるのだ。
「やはり、運動や練習方法を変える必要があるか…」
そう呟くと
「アオイ、素振りはせずに軸足の移動だけを繰り返しやってみようか」
と言う。
やはり、足腰の動きをしっかりしないとならないという判断だろう。
葵は
「分かりました」
と頷き、素振りはせずに足の動きだけを繰り返す。
スッと動いているが、どこかズレている感覚はある。
身体の動きがブレブレだ。
「やはりな…」
カイトは呟き
「体の軸がズレていると、剣に振り回されている感じになる。葵は、そうなっているのだろう。よく、ここまで旅がもったと感心するよ」
カイトの言葉に
「たぶん、シンフォニアの加護のお陰でしょう。それがなければ、今頃は…」
葵は、キュッと唇とを結ぶ。
カイトは頷いて
「確かに、そうだな。ボイテイでもギリギリで追手を回避できた。偶然の会話から、追手が迫っていると分かって街を抜けられた。それからも追手を躱して旅を続けられるのもシンフォニアの加護のお陰だろう」
そう言う。
実際の所で、暗躍している者達がいる事を知らない2人の会話だ。
それを聞いた者達が不満をもらす会話だが、それを聞いている者はいない。
何も知らない2人が、そう言い合っていると、集会所の扉がトントンと鳴る。
2人がドアの方を見ると、それと同時に扉が開く。
「おや、もう起きていたんだね」
イーナが扉から顔を出す。
「イーナさん、おはようございます」
葵が言うと
「あぁ、おはようさん。あんた達早いんだね。まだ、寝ていると思ったよ。流石、冒険者の人たちだねぇ」
イーナが感心しながら言うと
「まぁ、魔物や獣達に警戒しないとならないからな。イーナさんこそどうしたんだ?」
葵の問いに
「朝ごはんの用意をどうしようかと思ってね。起きているなら、私らと一緒でいいかなと思ってさ」
イーナが答えると
「すまない。食事の準備をお願いして。何か手伝える事はないか?」
葵が手伝いを申し出る。
イーナは首を振り
「手伝わなくていいよ。あんた達はお客様だし、この村を救ってくれた人達だ。本来ならば村をあげてもてなさないとならないのに。この状態ではね…」
そこで言葉を濁す。