旅の不安と彼は敵なのか?
(綱渡りの旅だな…)
それは何度も過ぎってくる事。
考えても仕方ないのだが、何度も巡ってくる。
葵は首を横に振っていると
「どうした?」
と問いかけてくる。
葵はグッと拳を握って
「もし…追手に捕まった時の事を考えていました。そうなれば…と」
その言葉にカイトの表情は曇る。
「先程も言ったが、自分はその瞬間に始末されるだろうな。【シンフォニアの意志を破り、レイラ姫をかどわかした罪】でな」
カイトの言葉に葵は唇を噛む。
「…そうです。だから、捕まる訳にはいきません」
そういう葵の頭をカイトはポンと叩き
「そんなに気負うな。そんな感じでは、出来るモノも出来なくなる。剣の修行の事もだ。お前は焦りすぎている。向上心があるのはいい事だが、行き過ぎは逆な効果をもたらす事にもなりかねない。肩の力を抜いて一つ一つ丁寧に向き合えばいい。とにかく、今は深呼吸だな。落ち着けば少しは余裕も出てくるだろう」
自分の身の危険の可能性の話をしているのに、妙に落ち着いているカイトに
「カイトさんは…怖くはないのですか?」
疑問をストレートにぶつける。
カイトは少し困ったようにして微笑みながら
「怖いさ。でも、そんな事を言ったらいざという時に判断は鈍るからな。分かっていてもどうしようもない事は、そうなった時に考えればいいと思っている…が」
そこで少し間を置いて
「完璧に出来ている訳ではない。余計な事を考えて戦いに集中できない事もある。自分も偉そうな事は言えないな」
そう言って肩をすくめる。
葵は苦笑いを浮かべながら
「カイトさんは、完璧に立ち回っていますよ。カイトさんがいなければ、魔物に倒されるかビルガ帝国に捕まっていたでしょう」
と、影のある表情になる。
カイトは、それを見て暗い表情になったが
「それは、今考えても仕方がない。とりあえず、追手に見つからないように旅を続ければいい。今は2人ではない3人になっている。バッカは信用できないが、追手の目をくらませる可能性がある」
カイトの言葉に葵は頷いてから
「そうですね。追手の目をくらませてくれたら幸いです。カイトさんの言う通り、バッカ自体は信用にはおけませんが、利用出来るモノは何でも利用しないといけませんね」
葵の言葉にカイトは頷いて
「そうだ、その意気だ。それでいい。少しは元気が出たか?」
葵に問いかける。
葵はクスリ…と笑い
「そうですね。少し割り切りと言うか気持ちは楽にはなりました。とりあえず、旅を続けましょう。解印石を手に入れないとなりませんからね。それを得る為にはどんな試練があるかもしれませんが…」
そう言ってから、少し言葉に詰まる。
「何か不安な事でもあるのか…?」
カイトの問いに
「気にしてはいけないと分かっていますが、バッカの事です。彼が何を考えて私達の旅に同行しているのか、その目的は分からないです。私が持つレアな魔物を引き付けるモノの恩恵にあやかりたい、とは言っていますが、それが本当だとは思えません」
葵は顔を引き締めて答える。
カイトも眉間に皺を寄せて
「それには同意見だ。ヤツの言葉がすべて嘘だとは言い切れないが、少なくとも自分達の旅に同行する理由は他にもあるのではないか、と思える。警戒を怠らずにいざと言う時は…」
カイトはここで言葉に詰まる。
だが、意を決して
「自分がバッカを切る。ヤツは強い。戦闘力だけではなく魔法も使える。搦め手で来られたら勝負がどうなるかはわからないが、負けないように立ち回るつもりだ」
と、言い切った。
葵は頷いて
「そうですね。最悪、私も魔法で支援に回ります。バッカがビルガ帝国の手の者を分かれば魔法を隠しておく必要はありません。だから…」
そう言いかけるが、カイトは葵を手で制して
「魔法を使うのは、いざという時だけにした方がいいと思う。あくまでも自分がレイラ姫ではないと言い張った方がいい」
と言われて
「…わかりました」
と、了承する。
カイトの言う通り、バッカと戦う場合が出てくるのは、レイラ姫と騎士カイトだと勘付かれてしまった場合になるが、あくまでも違うと言い張るつもりなのだろう。
だが、戦闘の素人から見てもバッカは強い。
カイトの実力は高くても、戦闘となれば魔法を使える分バッカに軍配が上がる。
カイトはそれも折り込み済みなのだろうが、出来るだけ魔法を使わない方向にするのは悪い手ではないとは言い切れない。
バッカの実力は、日が浅いせいかまだ計れていない部分が多い。
本当の実力は分からないのだ。
魔法が使えるというアドバンテージを生かした戦い方も出来るのだろうが、葵達の前では出していない。
どんな魔法が使え、どんな戦闘スタイルなのかは不明なのだ。
ただ、今分かっているのは、カイト並みの剣の使い手である事と魔法が使える事だけだ。
実力は見せてはいない。
それを思い出し、葵は唇を噛む。
「バッカは私達に何も見せていないのですね」
葵がそう言うと
「そうだな。実の所、ヤツにどれだけの実力があるのかは計り知れない。警戒はするべきだと思う。いつでもヤツを相手に出来るように」
カイトが顔を引き締めながら言う。