取引成立と準備
カイトが、それでも困惑気味でいると、葵は一回息をついてから
「時間はありません。決めてください。それに、私が元の世界に戻れる可能性があるというなら、私の中にいるレイラ姫を復活させる事も出来るかもしれません。ベイト・ディインダは、答えはシンフォニアにしか持ってないと言ってましたが、私は可能性に賭けたい」
その言葉に
「どういう事だ?」
と、食い気味に葵の両肩を掴む。
「私が元の世界に戻る方法を聞いたら、その答えはシンフォニアが持っているとベイト・ディインダは、答えた。シンフォニアが、そのような奇跡を起こせるのであれば、私の中にいるハズのレイラ姫と私を分離する事も出来るかもしれないという事です。…あくまで可能性ですけど」
距離の近さに戸惑いながらも、答える。
「…そうか、姫が復活する可能性があるというのか」
カイトは、少し考えるようにしてから
「分かった。では、互いの目的の為に行動を共にする。お前は元の世界に戻る為、私は姫を復活させる為に」
その言葉に、少しホッとする葵。
本音を言えば、一人で旅をするのは不安なのだ。
世間知らずのお姫様の知識しか無い異邦者なのだから。
いくら、葵の心身が強い方とはいえ、こちらの常識に詳しい人間がいると助かる。
「ありがとうございます。では、まずはこれからの話をしましょう。これを見てください」
そう言って地図を広げる。
「ここが現在地です」
そう言って、森から北西の光る点を指さす。
「ベイトの森の北西に出たのか…」
カイトの言葉に頷く葵。
カイトは、地図の四方を見て
「この緑・青・赤・黄色の点は何だ?」
その問いに、葵は
「これが、目的地です。4つの解印石を集めて、ベイト・ディインダが張った封印と結界を解きます。それまでに私がレイラ姫として成長をしなくてはいけませんが…」
そう言ってから地図を消す。
「まずは、近くの街で食料などを調達しましょう。でも、これでは目立ちますね」
と、自分の着ているドレスやローブを見る。
収納魔法の魔法陣を展開する。
(…やはり、あった)
その中にある物を取り出す。
それは、ボロの上下の軽装鎧とローブ。
そして、剣。
「おい…」
声を掛けるカイトに
「着替えますので、向こうを向いてもらえませんか?」
葵は、ニコリと笑い
「だが…姫には、そのような衣装は…」
「彼らの目を欺く為に、ベイト・ディインダが持たせてくれたようです。大丈夫ですよ、ボロに見えますが、防御力は高いようです」
「そうではない。姫は剣を扱った事がない」
カイトの言葉に、葵は剣を鞘から抜いてから、何回か振る。
「お、おい…」
「重さなどは問題ないですね。このような剣は扱うのは初めてですが、何とかなるでしょう」
そう言って剣を鞘に収める。
「お前は、剣を扱った事があるのか?」
カイトの問いに
「多少は…元の世界では、スポーツ…教養ですかね、その程度ですが囓ってます」
答える葵に
「教養…お前の住んでいた世界では、争い等があるのか?」
「…私が住んでいた国ではありませんが、別の国では紛争等はありますよ。武器は、こちらとは違いますが」
カイトの問いに答えると、カイトは
「魔法は?姫なら魔法が使えるはずだ…まさか、魔法は使えなくなった…という事はないか、難易度の高い収納魔法が使えるなら問題ないはず」
その言葉に、葵は静かに
「ヴィヴィアン」
と、一言だけ口にする。
そこでハッとなるカイト。
「ヴィヴィアンは、探索魔法においては、右に出る者がいない程の使い手です。魔法を使えば、すぐに彼女に探知されてしまうでしょう。魔法の波動から場所を探知する魔法もありますからね」
葵の言葉に頷くカイト。
「確かに…ヴィヴィアンの得意魔法は、援護魔法だからな」
「今は、慎重に行動をしなければなりませんから、魔法は出来るだけ使わない方向で行動しましょう」
そう言ってから
「とりあえず着替えますので、向こう向いていただけませんか?」
と、向こうを笑顔で指さす。
「あ、それと…」
そう言って収納魔法の魔法陣を展開して、装備一式を出す。
「後で、あなたも着替えてください。その鎧では目立ちますから。防御力に関しても問題はありません。さすが、ベイト・ディインダと言った所でしょうか…ちゃんと、私達の行動を読んで持たせてくれたようです」
そう言って、装備をカイトに渡してから、向こうを向くように指さす。
カイトが背中を向けると、葵は木の陰に隠れて着替えを始める。
ローブ、靴、ドレス、コルセットなどを外してから、サラシのような布を胸に巻き、胸の膨らみをまずは苦しくない範囲で締める。
上着とズボンとブーツを身に付け、胸当てとベルトを次に装着する。
剣を腰に差してから、今まで着ていた衣装などをキレイに畳んでから収納する。
麻で出来たヒモで髪を結ぶ。
(これで、少年に見えればいいけど)
と、髪を弄りながら
(切ったら、怒られるだろうな)
そう考えていた。
そうしてから、木の陰から出てきて
「こっちを向いても大丈夫です」
と、カイトに声をかける。