ミヒデ村ーある男の後悔の念
「ネーナ…」
彼が想う人の名を口にする。
彼は項垂れる。
「ネーナはいつも、俺の事を見てくれていた。いつも何か言いたげにしていた」
と語り出した。
「俺は気付いていた。俺との仲違いを解消しようとしている事を」
小さく呟き
「でもそれから目を逸らして、気付かないフリをしていた。ネーナはきちんと俺の事も考えていてくれていたのに」
フリューは顔を歪める。
涙をあふれさせながら
「分かっていた。サラガと結婚してネーナが幸せである事。イラガとネーゼを産んで、力があると知って、何よりもネーナが喜んでいた事。村の者達に虐げられても、《シンフォニアの祝福》だと信じて疑わなかった事。この村の誰よりも知っていた。なのに…」
フリューは、そこで少し言葉を紡ぐのを止める。
目を伏せてから
「ネーナと仲違いしたまま、ネーナはいなくなった。ネーナと仲違いを解消したかった。また、昔みたいに話をしたかった。悲しかった。ネーナが死んだ事も仲違いを解消出来なかった事。俺は自分が許せなかった。サラガとの結婚を心から祝福して、産まれたイラガとネーゼを我が子同然に可愛がって、昔みたいにネーナと笑い合って日々を送る。その日が永遠に来ない。俺が意地を張っていたばかりに…」
フリューは後悔の念を口にする。
「フリュー…」
イーナが悲しそうにフリューを見る。
「その機会を俺は永遠に失ってしまった。サラガの事だってそうだ。俺を弟みたく思ってくれていた。そして、俺を庇って命を落とした。俺が魔物にビビッて行動が遅れたばかりに、サラガは俺を庇って…」
フリューは自責の念にも駆られていた。
大切な幼馴染の幸せを祝えなかった事、幼馴染が産んだ子供を祝福して可愛がらなかった事、村の者からの理不尽な扱いから守らなかった上にそれに加担していた事、弟のように思ってくれていた人を、幼馴染が大切にしていた夫を自分のせいで死なせてしまった事、幼馴染が死ぬのを見ている事しかできなかった事。
それらがフリューの中で後悔と自責の念として、彼の中で渦巻いていた。
「だから俺は、自分自身に怒った。ネーナと仲直り出来なかった事、サラガを死なせた事。後悔していた。でも、そんなの認めたくなかった。考えたくなかった。だから、怒りの矛先をイラガとネーゼに向けて…」
そう言ってフリューは膝を付いて、肩をガクンと落とす。
イーナは、そんなフリューを肩に手を置き
「フリュー、あんたも苦しかったんだね。本当にネーナの事、想っていたからね。大事にしていたものね。ネーナも分かっていたよ。あんたが自分を大切に想ってくれている事。だから、祝福してもらいたかったんだ。私達だけじゃなくてあんたにもね。あんたを家族のように思っていたよネーナは」
その言葉に、フリューは涙を流す。
「ネーナ…ネーナ…」
その名を呼びながら、涙を流す。
「もう一度呼んでほしかった。『フリュー』とキレイな声で名前を呼んでほしかった。歌を聞きたかった。ネーナの歌声は、いつも俺の疲れを癒してくれた。笑顔が見たかった。でも、俺を見て辛そうな顔をしていた。そんな顔をみたくなかった。ネーナには、いつも笑顔でいてほしかった。でも、そんな顔をさせているのは俺だった。だから…だから…」
フリューは、そこで言葉を詰まらせる。
イーナは、フリューの肩に置いた手で肩をぽんぽんと叩いてから
「分かっていたよ。ネーナはね。あんたがネーナと昔のようになりたいって思っていた事も、素直になれない事も。あの子はちゃんと分かっていたよ。もう泣くんじゃない。あんたが自責の念に囚われて苦しんでいる事もあの子は望んではいないよ。それにイラガとネーゼに辛く当たる事もね」
イーナが優しく言うと、フリューは顔を上げて
「…そうだよな。イーナ姉さんの言う通りだ。ネーナは、子供達に辛く当たる事を望んではいない。見守ってほしいと願っている」
涙を流しながらそう言った後
「イーナ姉さん、俺、今からでも間に合うだろうか?」
涙を拭いてそうイーナに問いかける。
「何をだい?」
イーナは問い返す。
「あの子達…イラガとネーゼが健やかに育つように見守る事さ。サラガとネーナの代わりに」
フリューの言葉にイーナは少し驚きの表情を見せたが、フ…と笑い
「間に合うよ。あの子達も、サラガとネーナもそれを望んでいる」
そう言ってフリューの肩を、またぽんぽんと叩く。
フリューは、笑みを浮かべて
「そう…だよな。あの2人ならそう望んでくれている。優しいから」
そう言った後、ふと不安そうな顔をして
「許してもらえるだろうか…?」
と、不安を口にする。
「何をだい?」
イーナの問いに
「今までの事を。サラガとネーナだけじゃない、イラガとネーゼにも。謝っても許されない事をした。それを謝りたい。出来るなら許してほしい。イラガとネーゼを見守らせてほしい」
フリューの言葉に、イーナは微笑みながら
「そうだね、許されない事をした。でも、サラガとネーナは許してくれるよ。イラガとネーゼを見守ってほしいと願っているよ。イラガとネーゼだって戸惑うだろうが許してくれるさ。サラガとネーナの子供達だからね」
そう言ってフリューを立ち上がらせた。