ミヒデ村ー母の信じた事
バツが悪そうにしているイラガとネーゼ。
「その母ちゃんを俺達が…」
イラガがそう言うと
「イラガ、それは違う。ネーナが言っていたじゃないか。イラガとネーゼのせいじゃないと。それにネーナは…あの子は2人の母親になれて幸せだったと言っていたじゃないか。だから、お前達が自分を責めてはいけない。それはネーナを冒涜する事だ」
イオの言葉にイラガとネーゼは、俯いたままだ。
「ネーナは、サラガと結婚してイラガとネーゼを産んで幸せだと言っていたし、私達から見てもそれが分かる位だったよ。イオの言う通り、あんた達がネーナの死を責め続けていたら、ネーナの事を冒涜する事だし、いつまで経ってもあの子は浮かばれないよ」
イーナの言葉を聞いても2人は俯いたままだ。
少しの間、食卓に沈黙が広がる。
だが…
「いつまでも、気にしてるんじゃねぇよ。ネーナ叔母ちゃんは、いつもイラガとネーゼの事を自慢していた。『今は、誰にも分からないかもしれないけど、イラガとネーゼは必ず、村を救える存在になる』って信じていたんだぞ」
ゼオがそう言うと、俯いていた2人はゆっくり顔を上げる。
「そうだよ。ネーナ叔母さんもサラガ叔父さんも、いつも自慢していたよ。『うちの子達は、いつかこの村の救世主になる』って信じていた」
マーネがそう言うと、イラガとネーゼは顔を見合わせる。
「…母ちゃんはいつもそう言っていた。『イラガとネーゼは、いつかこの村を救う救世主になれる。だから、胸を張って堂々としていなさい』って」
イラガがそう言いながら、涙をポロポロと流す。
それにつられるように、ネーゼもポロポロと涙を流してくる。
イーナが2人の後ろに回り込んで
「その通りさ。あんた達は、この村の救世主になる事が分かった。これから、ネーナの言葉が本当だった事を証明していくんだよ」
そう言って、2人の肩に手を添える。
「うん、分かった」
イラガがそう言うと、2人は涙を拭う。
「ところで…」
イーナがバッカを見てから
「この子達はどうだい?」
少し不安げに聞く。
バッカは、一回息をついてから
「そうだな…筋は悪くない。吸収も早い。焦る気持ちが邪魔している部分は多いが、素質は高いと思う。明日には結界柱に力を注ぐ練習を始めてもいいと思う」
そう言うと、イーナは安堵の息を落とす。
「じゃあ、あんたたちが旅立つまでに何とかなりそうかい?」
イーナの問いに
「それは、イラガとネーゼ次第だな。結界柱に力を注ぐ量ややり方が上手く出来ないと、時間を取られてしまう。だが、焦りが一番の成長の妨げになる。急いで叩き込むつもりではいるが、2人に無理はさせるつもりはない」
バッカが答える。
「そうかい…」
イーナは少しの間をおいてから、手を叩いて
「さ、本当にご飯が冷めてしまったね。さっさと食べてしまおうか」
と言う。
「そうだな。せっかくのごちそうだ」
イオがそう言いながら、ご飯を食べ出す。
それに続くように、各自食事を再開しだす。
(本当に美味しい。下味をじっくりと付けてから調理しているのかしら?たぶん、来客用に即席で作ったのだろうけど、しっかり味がついているわ)
葵は好奇心に駆られたのか、思わず
「この肉は上手いな。どんな味付けをしているんだ?」
と、口に出てしまった。
イーナは少し驚きながら
「あぁ、ボークボアの香草焼きだね。今日は客人がいるからって村長が分けてくれたんだよ。これはね、秘密の香辛料で味をつけるんだよ」
と、答える。
「秘密の香辛料?」
葵が聞くと
「村で代々引き継がれる香辛料さ。さすがに外の人間には教えられないがね」
イーナがそう言うと
「…外部の人間には言えないか。それもそうだな」
葵は納得するように言う。
「素材としては、イッカクボアの方が高く売れるけど、食材としてはボークボアには勝てないね。この村では、ボークボアは狩れたら食材にする事が多いよ。ボークボアの繁殖力は想像以上だから、街に納品する分を引いても余りあるくらいだからね」
イーナがそう言うと、葵は
「そうだな。美味で大量に生息している。ボークボアは、食卓の救世主だな」
と、少し皮肉めいて言う。
「それもシンフォニアの加護のお陰だよ。ボークボアの生態は、シンフォニアからの贈り物だと皆が言っている」
イオの言葉に葵は
「…シンフォニアの加護か。確かに、その通りだと思うよ」
しみじみと言う。
(シンフォニアは、生きとし生ける者を守護する存在。私達、人族が滅びないように、だけど、食物連鎖のバランスが崩れないように人も魔物も動物も、適度に間引く。そう考えてみると偉大だけど、怖い存在でもある。だけど、この世界に生きる者は、シンフォニアの加護を信じている。それが、一種の精神安定剤のようにうまい具合に作用している。本当に、私のいた世界とは違う)
自分がこの世界では異質なモノではないかと思えてくる。
外の世界から、この世界に来たのは理解していたが実感がなかった。
今、その実感がジワリとやってきた。