ミヒデ村ー母の料理は世界一
その言葉に続いてマーネが
「遠慮する事はないよ。堂々としていたらいいんだから」
と言う。
それでも、少し遠慮しているように見える2人に
「マーネの言う通りだ。イラガとネーゼは、この村を救う救世主なんだぞ。自信を持て」
イオが後押しするように言う。
そして、ルーナが取り皿におかずを乗せてイラガとネーゼの前に出してから
「ほら!食べなよ」
そう言うと2人は、遠慮がちになりながらもスプーンを手に取り、おかずを口にする。
それを満足そうに見ながら
「さ、食べよう」
イーナの言葉に食事が始まる。
葵達もおかずを皿に取り、口に運ぶ。
「うまいな」
バッカが言い、それに続くように
「食堂のごはんも美味いが、やはり家庭料理とは美味さの次元が違うな。心が温かくなる。」
葵は、そう言いながら母の手料理の事を思い出す。
母・佐枝子は、料理にも手抜きはしない。
出汁から取るタイプだ。
そして、体に優しくバランスもいい。
母に教えた祖母が厳しく教えた影響で、母の料理は門下生にも好評だった。
当然だが、葵も母に厳しく料理を仕込まれている。
今は出来るかどうかは分からないが、機会があれば料理をしたいな、とは思っている。
それでも今、目の前に並べられている料理には敵わないだろう。
それくらいに、イーナの料理は美味かった。
(…お母さん)
イーナの料理を口にしながら、ふと母の料理が恋しくなる。
そして、静かで厳かだった食事の空間を。
視界が霞む。
「お…おい…」
驚いているのはカイトだけではない。
その場にいた全員が驚いていた。
「す、すまない」
葵は涙を拭い
「故郷の母さんの事を思い出しちまった。母さんも温かい料理を作ってくれていた」
そう言って懐かしそうに笑う。
「…そうなのかい。私の料理で思い出してくれて嬉しいよ」
イーナが嬉しそうに笑う。
そこに
「アオイの母ちゃんってどんな人なんだ?」
バッカが聞くと、葵は少し間を置いてから
「厳しい人だったよ。礼儀や義理とか、人として大切な事を教えてくれた。まだ学びたい事はたくさんあったんだけどな」
と言ってから、黙り込む。
「…亡くなったのか?」
バッカの問いに葵は迷う。
葵の母は、この世界にはいない。
死んだ訳ではない。
だが、今すぐ会える訳でもない。
一方でレイラ姫の母は、シンフォニアと共に眠っている。
両方とも死んだ訳ではないので、どう答えていいのか悩む。
「…死んだ訳ではないが、この旅の目的が達成されるまで会えはしない」
それだけ告げた。
その言葉は葵の心に一点のシミとなる。
この旅が終わった時、自分は葵のままなのか、レイラ姫になるのか、それともそれとは別の存在になるのか、いつかは答えが出る事だ。
その瞬間に対して、恐怖がないと言えば嘘になってしまう。
…今まで当たり前だった事が崩れ去る。
その事から目を背けている事を自覚してしまった。
ズシン…と何かが心にのしかかる。
(私は…)
葵は、戸惑いを隠せない。
(どうしよう…どうすればいい?)
今までは、必死すぎて考える事が出来なかった。
だが、いつか考えないとならないだろう。
それは今ではない…それは理解できているのだが。
割れ目から雨水が浸み込んでいくかのように、恐怖が広がっていく。
体から震えが出そうになった瞬間…
「どうした?」
カイトの声がした。
その声にハッとなる。
「どうした?顔色が悪くなっているぞ」
カイトの声は、葵に安心感を与えた。
それが、レイラ姫の精神なのか、葵の精神なのかは分からない。
ただ、カイトの声に安心を覚えた。
(そうだ…今は考える時じゃない…いつか来た時に考えよう)
そう思いながら
「…デュラン、何でもない。ちょっと故郷を思い出してな、考える事があっただけだ。もう大丈夫だ」
そう言って
「何度も言うが美味いな。母の味というやつだな」
おかずを口に運ぶ。
「そうかい?」
イーナが嬉しそうに言うと
「うちの母ちゃんの料理は世界一なんだ!」
ゼオが自信満々に言う。
それに続くように
「いや、うちの母ちゃんの方が料理が美味い!」
そうイラガが主張する。
「そんな事はない!うちの母ちゃんが一番だ!」
またゼオが主張する。
「なんだと!」
「なんだ!」
ゼオとイラガが立ち上がると
「はい、そこまでだ」
バッカが間に入る。
「誰だって、自分の母ちゃんの料理が一番だ。そんな事で争うんじゃない。せっかくの料理が不味くなる」
そう言うと、バツが悪そうに2人は席につく。
「確かに、ネーナは料理美味かったな」
イオはそう言ってから
「だが、そうなるまでにすごい努力をした。最初は焦げたモノしか出来なくてな。それでも美味い美味いとサラガは食べていてな。それを嬉しそうに見ていたネーナを俺達は見守っていた。ネーナは…」
言葉を詰まらせる。
よく見るとイーナもイオも涙ぐんでいる。
それを見ていた葵は
「努力家だったんだな、ネーナは」
そう言うと
「そうだよ。あの子は努力家だった。そして、信念のしっかりしていた子だったよ。この子達に村の者達が《呪われた子》だと言っても、シンフォニアの祝福だと信じていた。そして、村の者達に、それを説いていた。村の者達も、少しずつそれを信じるようになってきていたんだけどね…その矢先に…」
と言いながら涙を流すイーナ。