ミヒデ村の子供達ー鍛錬
練習用の武器を手に倉庫を出ると、すぐに村長の家に向かう。
鍵を返す為だ。
バッカと子供達が修練しているのが横目で確認出来る。
見た感じでは、無理をさせていない感じには見える。
だが、子供達の方は少し焦りが見える。
与えられた時間が少ない事は理解しているのだろう。
(焦りは余計に成長を阻害する…分かってはいるけど、上手くコントロールは出来ないよね。私も昔そうだった………あれ?私?…いや…これはレイラ姫の記憶…私の記憶じゃない…私?…あれ?…どうしたの?レイラ姫と私は別人なはずなのに、まるで経験してきたような感覚は…)
葵の中に戸惑いが生まれる。
だが…
(もしかして…これは融合の影響?…私とレイラ姫の精神が一つになっていくと言うの?)
少し怖くなる。
自分が自分でなくなる。
葵ともレイラとも違う何者かになるのではないかという…恐れ。
「どうした?」
カイトが葵の顔を覗き込む。
「顔色が悪いぞ」
カイトの言葉に、葵は何か言いかけるが
「…何でもありません。…少し疲れているのかもしれません」
そう答える。
「急ぎましょう。時間は限られています。暗くならないうちに鍵を返して鍛錬をはじめないと」
そう言って、歩みを進める。
カイトは、少し首を傾げたが、すぐに葵の後を追う。
それを遠くからチラリと見ていたバッカ。
だが、すぐに目の前の二人に視線を移す。
粗削りではあるが、ゆっくりと制御が出来ている。
まだ、気を抜くと暴発しそうになるが…
そこの部分は、バッカが声を掛けて、抑止している。
時間が少ないと理解出来ているのだろう。
集中しようとしているが、焦りが阻害して上手く集中できていない。
バッカは息をついてから
「イラガ、ネーゼ、焦る気持ちも分かるが、まずは落ち着いてみろ。焦りが集中力を阻害して、上手くいくものもいかなくなる。」
その言葉に、2人は少し俯いて黙っていたが
「でも、時間がないんだろ?」
イラガの言葉に、バッカは息をついてから
「そうだ、時間がない。だが、そこで焦ると事態は悪くなるだけだ。焦りこそが最大の障害になる。まずは、深呼吸をして集中力を切らさないように心掛けろ。安心しろ、少しずつだが出来ている」
その言葉に、イラガとネーゼは少し安心しているようだ。
「…だが、まだまだだ。気を抜けば、力の暴走が起きる。今は、少しでも早く魔力の循環を覚えろ。まずはそこからだ」
続くバッカの言葉に、2人は頷いてから深呼吸をして、ゆっくりと集中する。
少しだが、体に何かが巡っているような感覚になった。
鍛錬を始めた頃は戸惑っていたが、何度か繰り返しているうちに、少しずつだが慣れてきた。
だが、バッカから見て、まだまだである。
先は長いが、それをあと今日も入れて3日で習得しないとならない。
完全に習得する事を目標にはしていない。
ある程度教えて、その後のやるべき事を指示しておけばいい。
バッカはそう考えているが、イラガとネーゼは完璧に覚えないとならないと思っている。
それは、バッカも感じている事だが、今2人にそれを指摘するとマイナスに作用するのではないかと思い、黙っている。
だが、このまま焦りを前面に出している状態はよくないとも考えている。
…どうしたものかと悩んで、こういう時に自分の師匠ならば彼らとどう向き合うのか?と頭を過らせる。
バッカを始め、幾人の弟子を輩出してきた師匠の事を尊敬している。
修行の日々は、キツい事ばかりだったが、どの経験も何一つ無駄だった事はない。
彼の師匠は、天賦の才能に恵まれた人物であった。
『シンフォニアの祝福』と言われても過言ではないくらいである。
その才能の使い道にも心得ており、裏側から世界を支えている。
そんな人物でも、弟子が道を踏み外した時は、自ら弟子を処罰する。
幾人の中にも、己の力を過信して道を踏み外す輩もいる。
それを自ら赴いて、鼻っ柱を徹底的に圧し折るのだ。
それはもう立ち直れないくらいに。
その輩が数人であるのは、弟子に取る際に人格をしっかりと見定める事が出来る才能にも恵まれている証拠なのかもしれない。
その師匠なら、どうするか…
バッカは考えてみたが、いい案は見つからない。
師匠の弟子の中でも優秀な部類に入る彼だが、その深い考えは未だに掴めない部分が多い。
(考えても仕方ない。あの方の考えは自分では分からない。とにかく目の前にいるこの二人に出来るだけの事をしよう)
バッカは、気持ちを切り替える事にする。
少し考えに耽っていたら、焦りからなのかネーゼの力が暴走の兆候を出す。
「ネーゼ、焦りが出ている。流れが乱れている。とりあえず何も考えず深呼吸をしろ」
バッカに言われて、ネーゼがハッとして深呼吸をする。
だが、深呼吸が上手く出来ない。
力の暴走が深呼吸をする事を邪魔しているようだ。
バッカはネーゼの肩に手を置いて
「まずは落ち着け。力はまだ暴走していない。焦るな、不安になる必要はない。深呼吸をしながら、少しずつでいい、体の中を力が循環させるようにしろ」
ネーゼに指示を出しながら、バッカはもしもの時の為に結界を張る。
時間はかかっているが、少しずつ力の暴走は収まり、ネーゼはゆっくり深呼吸出来るようになる。