幸田露伴「さんなきぐるま」現代語勝手訳(1)
幸田露伴「風流微塵蔵」のうち、「さんなきぐるま」を現代語訳してみました。
本来は原文で読むべきですが、現代語訳を試みましたので、興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。
「勝手訳」とありますように、必ずしも原文の逐語訳とはなっておらず、自分の訳しやすいように、あるいはずいぶん勝手な解釈で訳している部分もありますので、その点ご了承ください。
浅学、まるきりの素人の私が、文豪幸田露伴の作品をどこまで適切な現代語にできるのか、はなはだ心許ない限りですが、誤りがあれば、皆様のご指摘、ご教示を参考にしながら、訂正しつつ、少しでも正しい訳となるようにしていければと考えています。
(大きな誤訳、誤解釈があれば、ご指摘いただければ幸甚です)
「風流微塵蔵」は長短合わせて十篇の作品から成り立っています。
(ただし、最後の作品である「もつれ絲」は幸田露伴と田村松魚の合著と表記されているが、実際は田村松魚が著したものと言われています)
この「さんなきぐるま」は第七番目の作品で、比較的短い作品となっています。
「さゝ舟」→「うすらひ」→「つゆくさ」→「蹄鐡」→「荷葉盃」→「きくの濱松」からの続きです。
実際には題名に<7>の表記はありませんが、話が次々と連続して行くので、つながりが分かるように便宜的に付け足しました。
本当は最初から、もしくは<5>荷葉盃を読んでいただければ、流れも分かりやすいと思います。しかし、このままでも一つの作品として理解出来るのではと考えています。
「さんなきぐるま」とは、「三泣車」で、ここでは商家の丁稚などが荷物を運ぶのに用いる荷車の一種のこと。丁稚はその車を曳かされる苦労で泣いているのだと。
この現代語訳は「露伴全集 第八巻」(岩波書店)を底本としましたが、読みやすいように、適当に段落を入れたり、(*)において私なりの注釈を加えたりしました。
本 調 子
春はうぐひす、なつほとゝぎす、雁は秋なりや千鳥は冬よ、
いつも都でなくはくるま、いぢらしや、ひく兒もおもはるゝ
(*春は鶯、夏ホトトギス、雁が秋なら、千鳥は冬よ。季節によって、鳴く鳥は様々だが、季節を問わず、一年中都会で泣くのはあの車、ああ、いじらしい、丁稚奉公をして三泣車を曳く児の辛い気持ちが思われる)
其 一
昨日までと言わず、今日になっても、家の中では膝を並べて坐り、外に出れば手を取り合って、蜻蛉取りにも、摘み草にも、火巡しや竹返しの遊びにも、離れることなく睦み合い、たまたまどちらか一人が居ない時には、小夜ちゃんが居ないからと、他の子ども等との鬼ごっこにも新三郎は面白味を感じず、又、新ちゃんが居ないからと、目隠し遊びもお小夜は乗り気にならないほどの交情。お馬鹿の三太郎なんかに、お小夜と新三郎のことを色々とあちこちの塀やら壁やらに落書きされても厭には思わない相合傘のその相手の新三郎が、どういう訳でか、稚心には納得できないことで、突然、今日という日に東京という遠い所へ、知らない人に連れられて行ってしまうと聞いたお小夜は、何とも言えない残念な気持ちで溢れていた。
「母様、何で新ちゃんはそんな所へ遣られるの? 母様、止めて下さいな。悪いことをしたのなら謝って、堪忍してもらって、いつまでもいつまでも東京という所へなんか行かないで、ここに居られるように謝って」と、母にせがむのも一度や二度ではなかった。清兵衛は困って、横から、
「いえ、新さまが東京という所へ行かれるのは、悪いことをされたからではなく、これから段々好い人になられるために行かれるのです。お嬢様も大きくなってから一度行ってみなされ、それはそれは年中、ここの鎮守様のお祭よりも賑やかで、面白いものも沢山あれば、綺麗なものも沢山ある。本当に結構な好い所でございます」と、一つはお小夜を慰めながら、もう一つは新三に奉公を厭がらせまいとする口振り。
もう今さらどうにもならないことなので、お静も傍から口を添えて、
「新三郎さんは男の子だから、いつまでも田舎にいてはよくない。それで東京へ奉公に行って、立派な人になられるよう、このお方に連れて行っていただくの。お前は少し淋しくても、女の子だから家に居て従順していなければなりません。今に立派な人になって、新三郎さんが帰って来られるその時は、お前もこんな我が儘者のいたずら娘では済みません。好い子になったと、新さんを吃驚させるようになって、褒められなくては笑われます。お前が好い子になって、優しく待って居さえすれば、きっと新さんは帰って来られる。そして、必ず色んな好いお土産も下されるだろうから、聞き分けのないことをいってはいけません」と、辛うじてすかし慰めて、愛らしい眼に露を含みながら、別れたくない遊び相手の新三郎をじっと見つめる我が子の頭をさすり、ようやく納得させたが、捩れた気性の新三郎は顔を明後日の方に突と向けて、お小夜と同じ気持ちが眼にあらわれるのを清兵衛をはじめ、誰にも見られるのが厭という風であった。
さて、こうしてばかりはいられず、木工助だけを留守番にして、お小夜の足で歩ける所までと、お静は我が子を引き連れて、清兵衛と新三を送っていくことにした。
手を取り交わして先に出て行くお小夜と新三は何かを話ながら、十間、あるいは二十間ほど駈け隔たっては、こちらを振り返り、こちらが追いつく頃になれば、又駆け抜けて、路傍の草を摘むやら小鳥を指さして囁くやら、何か分からないが、いつものようにお互い罪なく遊んでいる。
お静は船渡しをする川の流れに臨んで、この往って返らない月日の態を写して流れる河水は最後にどんなところに行き着くのかと、新三のこれからを思いながら小櫃の流れを過ぎる。
お小夜はまったく疲れた様子も無く、岩出の村を横切っても足を停めず、先へと進み、戸崎を過ぎれば、もう持ち堪えられないだろうと思うに反して、新三と一緒に大空を飛ぶ女蝶男蝶がその翼に疲れを見せないように戯れ駈けて、長々しい一里に余る原を抜け、遂に、土地訛りで「たあくら」と呼ばれる高蔵寺の観世音の前までやって来た。流石に疲れたのだろう、皆からは先だったけれど、堂に上るとそのまま二人は足を投げ出し、肩を並べて、箕のような姿で欄干を背にして座り込み、清兵衛、お静等が来るのを例の子犬と一緒に待っていた。
つづく




