彼女の過去
瑞穂さんは地方の兼業農家の家に生まれた。祖父母、両親、五歳下の弟との三世代六人で同居生活をしていて、比較的厳しい両親に育てられた。いや、両親も祖父母の手前厳しく育てていたのかもしれない。とにかく、彼女は長女という責任感を求められながらも、家を継ぐのは弟だからと、二番手でいなければならない複雑な立場にいた。例えば同じいたずらを弟がしても「面白いこと考えたね」と笑顔で受け入れてもらえるのに、彼女がすると「ふざけないで!」の一言で片付けられた。
真面目な彼女は、小学生の頃から毎日家庭学習をすることを欠かさなかったし、両親から褒められるような良い子でいようと努力した。近所の人たちは、会えばきちんと挨拶をして、言葉遣いにも気を付け、弟をとても可愛がっていた彼女をたくさん褒めてくれた。他人から褒められた時には厳しい両親もとても嬉しそうな表情をするから、笑顔の両親を見て彼女は安心した。つまり彼女は、周りの感情にとても敏感な子どもだった。
多くのことが両親に褒められることを目的に行われている彼女の生活だったけれど、弟の面倒だけは両親からの評価は関係なく、彼女がやりたくてやっていることだった。常に両親の目を気にしていた彼女が、弟と二人きりの時は思い切り笑うことができたし、弟のことは心底可愛いと思っていた。
僕が思うに、彼女は元来傷つきやすく繊細な心の持ち主だ。だからこそ、家庭での複雑な立場や弟との扱いの違いに対して子どもながらに悩み、自分を見失っていったのだと思う。大切に思っているはずの弟に時折嫉妬のような感情を抱くことも、彼女をさらに追い詰める要因だった。
彼女が不安定になる兆候は、小学校高学年から同級生とトラブルを起すことで見え始めていたけれど、まだ目に余るほど頻繁ではなかったし、子どものよくある喧嘩だと両親も教師も深く考えてはいなかった。
中学に入ると、彼女は明らかにクラスの中で浮き始めた。いじめられていた訳ではない、と思う。ただ、彼女の中でしっくりときていなかっただけだ。それは、彼女自身が仲良くしようとしなかったせいも多分にあるだろうけれど、誰からも必要とされていないのではないか、自分がいない方がみんなの為なのではないか。そんなことを考え始めると、どうしても彼女はクラスの中で笑って過ごすことができなかった。
「学校に行きたくない」
中学二年生の二学期、瑞穂さんは思い切って両親に思いを打ち明けた。彼女にとっては家だって決して居心地のよい場所ではなかったけれど、クラスで存在を消すようにじっと耐える毎日よりは自分の部屋に閉じこもる生活の方が気楽だった。
厳しい両親に自分の気持ちを伝えることに、生まれてから経験したことのないほどの勇気を振り絞った。両親の言うことに逆らったことのない彼女が、初めて両親が望んでいないと分かっている言葉を投げかけるのだ。その上、周りと上手くいっていない事実を聞いた両親の気持ちを思うと、胸が痛んだ。それでも一日でも早く、学校から遠ざかりたいという思いだけを支えに、彼女は震える声で伝えたのだ。
瑞穂さんの言葉を聞いた母親は、紙くずをゴミ箱に捨てるように簡単にこの問題を片付けた。
「行かないなんて、許されるはずないでしょう。甘えていないで、しっかりしなさい」
両親が自分と一緒に泣いてくれることを期待していた訳でもないし、何も言わずに聞き入れてくれるとも思っていなかった。けれど予想以上の取り付く島もない反応を拒絶だと受け取った彼女は、この日以降、両親にさえ本心を話せなくなった。
学校を休むことは増えたけれど(具合が悪いと言って布団から出ないか、頭が痛いと言って登校してもすぐに帰って来た)、なんとか中学三年間を切り抜け、進学校とは言えない高校に入学した。本来の彼女の学力からすれば、学区で一番とは言わなくても二番目、三番目に偏差値の高い高校へ入ることはできたはずだ。だから両親はずいぶんとがっかりとしていたけれど、瑞穂さん自身は高校に入学する意味さえ分からなかった。その先を考えることもできないのに、行きたくもない高校に通う必要性を感じられなかった。
高校生になっても、学校を休みがちなのは変わらなかった。違っていたのは、中学の時のように同級生と上手くいかずに逃げ出したくて休むのではなくて、ただ行く意欲がなかったから休んでいたことだけだ。高校に入ってからは、中学よりも自由に学校を休むことができた。学校に行くように装って家を出て、そのまま学校以外の場所で時間をやり過ごす。両親は瑞穂さんが高校へ行っているものだと思っていた。無断欠席をする生徒なんていくらでもいるような高校で、その都度保護者に連絡するようなことはなく、それを知った時の安堵感と言ったらなかった。
けれど最終的には彼女は高校を中退することになる。高校二年生の冬だった。週に一日だった無断欠席が次第に二日、三日と増えていき、とうとう見過ごせなくなった学校から両親へ連絡がいったのだ。
彼女がいつもどおり「ただいま」と制服姿で帰ると、刺すような空気が家中に広がっていた。
「ただいまって、今までどこへ行っていたの?」
低く、押し殺したような声で母親が質問した。まさか両親が事実を知っているとは夢にも思わない彼女は、様子がおかしいと思いながらも平然を装って答えた。緊迫した空気に彼女の精神は敏感に反応し、握った手には汗をかいていた。
「どこって、高校に決まってるでしょ」
恐る恐る言葉にした彼女の答えは、母親の理性を吹き飛ばした。
「嘘をついて一体何しているの!」
容赦ない平手打ちが彼女の左頬に当たった痛みとともに、彼女は両親が事実を知ったことを確信した。助けを求めるように父親を見たけれど、表情から完全に母の味方だということが感じ取れた。
弁解することもなく、彼女は家を飛び出した。我慢の限界だった。今までどうにかギリギリのところで堪えていた何かが、たった今決壊し、もう二度と戻らないことを感じた。彼女は自分の言い分を聞いてもらえなかったのではなく、端から話し合おうとしなかったのだ。彼女の気持ちは両親には届かないと、既に諦めていたのだから。
ひとまずの生活用品と、貯めていたお小遣いだけを持って、家族から逃げ出した。弟のことだけが気がかりだったけれど、両親に可愛がられている弟ならあの家でも大丈夫だと、後ろ髪を引かれる思いを断ち切った。
行く当てもなかった瑞穂さんは、地元から離れたい一心でこの街へやって来た。ここを選んだ理由は特にはない。あるとすれば、地元から高速バスで行くことのできる、もっとも遠い場所だったことくらいだ。
彼女はもう実家に帰ることはないと強く思っていたし、一人で生活をしていくためには仕事をしなければいけないことも分かっていた。未成年の彼女にアパートを貸す不動産屋はなく、ひとまずウイークリーマンションを借り(受験生だと思われたようで、難しいことを言われずに貸してくれた)、そこを拠点にしながら仕事を探し始めることにした。願わくは、寮があるか住み込みで働くことのできる仕事が良かった。けれどアルバイトの経験もなく、高校中退の彼女を雇ってくれる所は簡単には見つからなかった。
仕事探しにうんざりした頃、たまたま昼食を取ろうと入ったのが、先代のマスターである橘さんが経営していたジャーマンアイリスだった。食事を済ましてすぐに帰るつもりだったのに、優しく居心地の良いお店とマスターの雰囲気に、張り詰めていた気持ちが少し緩んだ。
「ココア、もらえますか?」
彼女が食後にココアを頼んだのが、何よりもその証拠だった。厳しかった母親の、唯一温かい思い出。それがココアだったのだ。
彼女が物心つくかつかないかの頃から、寒い日には母親が温かいココアを用意してくれた。弟は甘さが苦手なのか、いつも飲まずに残していた。だから母親は次第に弟の分は作らなくなったけれど、「男の子にはこの美味しさが分からないなんて、もったいないわね」と言いながら、彼女と母親二人分のカップに温かいココアを注いだ。ココアを飲む時間は、母親と二人で親子の会話ができる貴重な(恐らく瑞穂さんにとっては唯一の)心休まる時間だった。
マスターのココアは、そんな思い出を頭の中で蘇らせ、無意識のうちに彼女は涙をこぼしていた。
「良かったら、少しお話をしていきませんか?」
マスターはココアの隣にアーモンドを乗せた可愛らしく小さなお皿を置きながら、彼女に言った。一度緩んでいた気持ちを立て直すことはできなかった。彼女はマスターの言葉に甘え、ずっと誰かに聞いてもらいたかった気持ちを話し始めた。
「高校を辞めて、家を飛び出してきたんです」
一度話し始めると、堰を切ったように言葉が溢れてきた。両親に褒めてもらいたかったこと、弟と同じように可愛がって欲しかったこと、いつも顔色を窺い怯えていたこと、母親の機嫌が悪い時の家が怖かったこと、学校でも上手く同級生と接することができなくなっていったこと、誰かに認めて欲しかったこと。
マスターは黙って聞き続け、最後に彼女の頭にそっと手を置いてこう言った。
「ずっと頑張ってきたんだね」
そして彼女はジャーマンアイリスで働き始める。仕事が見つからなかった彼女を、マスターは我が子のように受け入れてくれたのだ。住むアパートもマスターの名前で借りてくれた。過去のことについてはそれ以上詳しい話も聞かれなかったし、彼女も自分から話すことはなかった。




