父様はテンプレ(宰相)でテンプレ(溺愛)じゃない
父様はテンプレよろしく、この国の宰相をしている。だが、故に忙しいので会いたいと言ってもなかなかお会いできないのだが、さすがエルリア!持ってるね!本日午前中は家にいてくださるようだった。
今、その父様の執務室の前でわたしは深呼吸をしていた。
トントン。
ドアをノックする。
「お父様、エルリアです。入ってもよろしいでしょうか。」
「……入れ。」
少し間をおいて、許しを得てドアを開ける。
「お父様、お忙しいところ大変申し訳ございません。お時間をとっていただき、ありがとうございます。」
「昨日の茶会では無様だったようだな。」
うっ、いきなりそこか。
「申し訳ございません。」
そう、父様はお忙しくほとんど会えないというのも大きいが、会っても笑顔一つ見せず、不出来を罵ってくる。テンプレするなら、溺愛する父様がほしかったなー。
わたしは、今まで父に、そして、母にも愛されていないことに心を痛めていた。不出来で、誰からも愛されず、そこで縋ったのは、侯爵家であるという肩書。
寂しさを紛らわすように、我儘放題をしていたのだ。そりゃあ、こんな怖い父様、近寄れないよねぇ。
「なにに対しての謝罪だ?」
「……殿下に対し、不敬な態度をとりました。」
「それと?」
「殿下のお手を煩わせることをしました。」
「……。」
無言で先を促される。
くそう、こええ。このラスボス感!10歳で太刀打ちできるわけねぇだろうが!
ちなみに母様とは恋愛結婚との噂が。
本当かよ!?どうやって落とすんだよ、こんなの!?
ていうか、恋愛感情なんてあるんですか!?
そして、母様はこんなのの、どこに惚れたんですか!?
いつかお話が聞ければいいですねっ!(←自棄)
「婚約者に選ばれることはできず、お父様の期待にお応えできませんでした。」
はぁ。
と父様は小さくもない、ため息を一つつく。
「そもそも、期待などしていない。」
その一言に、胸が軋む。親からお前になんか期待していない、と言われて傷つかない子供がいるだろうか、涙がにじんできた。
転生したわたしじゃなかったら、今ので心病んでるからな、くそう。
俯いて唇をかむと、更に父様は続けた。
「殿下に対しての振る舞いだけではない。お前は、貴族として振る舞いがなっていないのだ。昨日のお前の失態は、既に多くのものの耳に入り、嘲笑の的となっているだろう。幼かろうが、お前はウィスタンブル侯爵家に席を置くものだ。ウィスタンブルの名を背負っている。それをわかっていない。年齢など言い訳にもならん。お前は我が侯爵家の恥だ。反省しろ。」
スカートの裾をぎゅっと掴む手が痛んだ。
「それと、鼠を部屋に入れたらしいな。お前は、馬鹿か。令嬢としての僅かな慎みもないのか。」
「はぇっ!?」
思わず、変な返事をして父様に睨まれた。
「そのことだろう、要件を言ってみろ。」
エドのこと知られていたのですか!?父様にもばれていたとは!どっからばれたんだろう。
一つ呼吸をして、掌を強く結んでまっすぐ父様を見る。
「私設、と思われる孤児院の子供を保護しています。今、その孤児院では管理をするものがなく、子供たちが困窮しています。体調を崩すものもいるようです。お父様、彼らを助けてはいただけないでしょうか。」
「……教会は今、会談中か。あそこも融通がきかん組織だからな。」
ぼそりとつぶやく。教会の事情も、なんとなく察しているのだろうか。
「条件をのむなら、お前に手を貸してやる。」
「条件……?」
「一つ、今手元にいる鼠をお前の影として育てる。助けられたお前に仕えるなら、きっと裏切らんだろうさ。」
言われたことに頭がついてこず、影?と首をかしげていると、父様はこんなこともわからないのか、とばかりにため息をつかれた。
「うちの家系のこともろくに知らんのか、お前は。毎日なにをしている。」
ウィスタンブル侯爵家、それは陰から国を支える暗躍部隊、通称『影』の集団の所謂『頭』である。
暗躍部隊を何世代にもわたり育て、保護し、使役する。それを知っているのは、王家と、ウィスタンブルの名を持つもの、そして父様の側近たちの極僅かだ。
ウィスタンブル家は元々、表立つことなく陰で活躍していたのだ。
が、父様の代になり、その余りの優秀さに表舞台である宰相の地位に押し上げられた。
というか、父様が前の宰相に耐え切らず、千枚にぶった切って塩漬けして重石つけて更に辺境の奥底に放置した。今頃いい塩梅になっているだろう。
悪い方ではなかったんだけどなぁ、前の宰相様も。
ただ、ちょっと色々抜けているところが多かっただけなんだけどなぁ。
あれ、エルリアの影って攻略対象者の……鴉?
と明後日の方向の考えをしていたのを、おい、と低い声で咎められる。
「はい!申し訳ございません。エドをわたくしの影に、ですか。その件については、エドに確認してからでもよろしいでしょうか。」
「条件をのめなければ、鼠の大切なものがなくなるだけだ。確認もなにもないだろうが。」
「うぅ。」
「二つ、クリストファー殿下にお仕えしろ。」
さっきよりもっと、言われたことが理解できずに怪訝な顔になってしまった。
「お前は本当に令嬢か?そんな簡単に表情を変えるな。分かりやすすぎる。それでどうやって貴族たちと化かしあいするつもりだ?」
化かしあいなんてしたくないです、と心底思う。
「お仕え、とはどういう意味でしょう?」
「婚約者として誠心誠意お仕えしろ。」
「嫌です。」
婚約者、という単語に慌て、若干被さり気味にお父様のお言葉に応える。
「嫌、か。ずっと腕に掴まるなどはしたない行為を人目も気にせずにするくらいだ。お前はクリストファー殿下を気に入っていると思っていたが。」
「考えが変わりました。その条件は、他に変えていただけないでしょうか。」
「なぜだ?」
死亡フラグだから、なんて答えられるはずもなく、項垂れる。
「申し訳ございません。説明は、できないのですが……。」
「なら話は終わりだ、出ていけ。」
「そんな!お願いいたします。」
「なにを隠しているのか知らんが、お前は、困っている孤児より自分の身を選んだ。そういうことだろう?」
目の前が暗くなる気がした。
婚約者になったら、自分が死ぬ可能性が近づくのだ。誰だって、怖いものでしょう?
でもだからと言って、エドを、エドの家族同然の孤児たちを見捨てるの?
「お父様、こちらからも一つ。クリストファー殿下がわたくしを選んだら、という条件をつけてもよろしいでしょうか。殿下にだってお好みはございます。お父様からの申し出されますと、国王様であって断りづらい可能性がございます。こちらから申し出るのではなく、殿下から望まれた場合にのみ、でいかがでしょうか。」
お父様は、じっとわたしを見つめている。こちらも負けじと、お父様の目を見据える。
これには勝算がある。殿下にべたべたと引っ付いていたことで100%、嫌われていると確信している上に、わたしの願いを聞くと言ってくれていたのだ。確実に、殿下から婚約の話がくることはない。
「いいだろう。」
その言葉にほう、と息が漏れた。
「三つ目だ、勉強しろ。今のお前は役に立たん。知識をつけろ、貴族令嬢としての役割を理解し、経験を積め。条件は以上だ。」
「はい。」
素直に頷く。わたしに知識も経験も足りないことはわかっている。
今まで、両親から構われない寂しさから我儘で周りを困らせ、自分に目を向けてほしがり、その癖自分がすべきことはすべて放棄していた。寂しさを理由に、勉強も作法も投げ出していた。
「詳しいことはキリスに任せる。お前はすぐに鼠に確認してこい。下がれ。」
そういって父様は手元の鈴で家令であるキリスを呼びだし、私が一礼して下がる際には既にキリスになにか指示をしていた。
ああああああ、よく頑張ったよわたし!なんとか乗り切ったよ!
いやいや、待て待て。乗り切れてないわ。まずはエドに確認しないとね。