使者との攻防
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「おや、エルリア様。」
昼休みに別れた場所に行くと、既にルークが立っていた。
「ルーク様!早速!早速ヒロインちゃん、いえ、ピンクブロンド美少女の元へ案内お願いします!!」
「はい、いいですよ。ではそちらですね。」
と言って、私に来た道を指さして進む。
そちらですか。クリスたちに会わないといいな。
「そういえば、そのお探しのご令嬢とはお知り合いなんですか?」
おっと、いきなり痛いところをつついてきますね。
「いえ。知り合いではないのですが。」
「なぜ探しているのです?」
聞かれても回答に窮する。
ヒロインちゃんと悪役令嬢の仲だからですなんて言えるか。
「いえ、色々ありまして~」
ほほ、と誤魔化す。
「色々?」
簡単に誤魔化されてくれませんね、この人!
「ほほほほ、そういえばなぜルーク様はこちらにいらしたので?」
「私ですか?和平の一環、とでもいいましょうか。今はまだ交流が難しい我が皇国と、ブルメンブラット王国ですが、お互いの文化を知り、次代の子息の皆様たちと過ごさせていただくことで、少しでも両国の架け橋になれればと思いまして。若輩者ながらこうしてこちらの学園に留学を許可していただいたのです。」
思いのほか立派な理由だった!
確かに、我がブルメンブラット王国と隣国のグランベル皇国は、平和条約は結ばれているが、まだその結ばれた縄は細く脆い。そんな中で交換留学する学生はそう多くはない。
なんかこの人、パーティーで踊った時の印象だけだとのらりくらりと過ごしてそうだったからちょっと見直した。
「ご立派ですね。」
そう正直に伝える。
「というのは、表向きで。ちょっとほしいものがありまして。一年だけという形で国から飛び出してきたんですよ。」
あははとルークは笑う。
ううーん、やっぱりのらりくらりとした印象で合っているのかしら。
「それで、エルリア様?私は質問に答えたのですから、答えていただけますよね?」
交換条件でしたかそうでしたか、それは知りませんでした。こういう辺りは使者ですよね。きっちり、自分のところの利益を手に入れようとするところは尊敬しますわ。見習わないといけない方は、世の中ごまんといますね。
「いえ~その~」
しどろもどろになっていると、では別の質問になら答えていただけますか?と聞かれて曖昧に首を傾げる。
「エルリア様は、どなたがお好きなんですか?」
「ふぁっ!?」
令嬢らしからぬ素の声が出てしまった。なんでいきなり恋バナ!?
「なぜいきなりそんな質問なんですか?」
「質問に質問で返すの、お好きですね、エルリア様。」
ちょっとだけ怒られたようだ。
いやでも、急すぎたからなんでだってなるよね。
しばらくルークを見ていると、ふっと息を吐いて、
「そうですね、私がハッピーエンドの恋物語が好きだからですかねぇ。」
と答えてくれた。
そういえば、踊ったときに言っていたね。王子様の婚約者を悪者扱いしていたよね、確か。
「だから、エルリア様はどうかなぁと思いまして。」
うむ、意味が分からない。そこからどうして私の好きな人になるのか。全く話がつながらない。
踊ったときには、もしかして悪役令嬢のことを知っているんじゃないかと思ったけど、考えすぎだったかなぁ。
ちゃんとしているようにも見えるけど、単にうっかりというかお馬鹿さん(私に言われたくないだろうが)なんじゃなかろうか。
「エルリア様は、」
歩きながら考え込んでいたが、名前を呼ばれて振り向く。
彼は、廊下のだいぶ手前で足を止めていた。
暗がりで口元をまっすぐに引き結んだ糸目の彼は、微笑んでいるようにも、少し怒っているようにも見えた。
「貴方は、誰を想ってらっしゃるんです?」
一歩、静かに彼が歩を進めて私に近づく。
誰を?
「王子様を慕っている?」
クリスを?保留にしていたな。
「それとも他に誰かお好きな方がいますか?」
好きな人?考えてこなかったな。
「それか別に考えがおありですか?」
それ以外の別の考え?なんだろう?悪役令嬢以外には考えて来なかったから。
「王妃という権力が欲しいとか?」
そんなものは別に望んでいなかった気がするな。
ああ、なんかこんな話を母様ともしたな。
私が欲しかったことしたかったこと、みんなを巻き込んで幸せになりたいと願ったこと。
「教えてください、エルリア様」
この人は、なにが知りたいんだ?
ざざぁと開けられた窓から花冷えの風が通り過ぎて思わず目を閉じた。風が落ち着いてから目を開けると、いつの間にか彼は私の目の前に立っていた。
風で靡き顔にかかった髪を、ルークが手を伸ばしてさっとよけて私の耳にかけ直しながら、
「それによって、物語が変わりますから。」
そう、呟く。
一瞬触れたその冷ややかな手に、ぞわりと鳥肌が立った。
こいつ、やっぱり知っているんじゃないのか!?
「ルーク様は」
「ルーク、でいいですよ、エルリア様。」
「……ルークは、やっぱりなにか知っているんですか?」
「……“やっぱり”“なにか”?」
オウム返しに聞かれて怯むが、もしかしたら転生者なんじゃないかと思って聞いてみる。
「“悪役令嬢”をご存知なんですか?」
「……“悪役令嬢”?」
首を傾げて、唇の端を上げて微笑まれる。
糸のように細い双眸から覗く目を見つめるが、揺らぐこともなく、まっすぐこちらを見据える。
その目から感情は読み取れなかった。
ううーん、わからないな。知っているようにも見えるし知らないようにも見える。
はぁ、と大きくため息をつく。
きっと彼はこれ以上何もしゃべらない。
だって、この人相手に話しをさせて自滅するのを手ぐすね引いて待っているもの。
失敗したかな、要らないこと言ったわ。
「いえ、忘れてください。」
踵を返して、彼が示した方向に進もうとする私の背に、
「そうですか。」
と小さく呟く。
ざざぁとひと際強い風が廊下に舞い込んだ。
今度は髪が舞わないように、耳元で髪を抑えて風が過ぎるのを待つ。
──“悪役令嬢”、それが貴方の秘密?
今日は風が強いな。
「あれ?今、何かおっしゃいました?」
「いえ、なにも。さて、目的地はこちらですよ。」
と一転してルークが明るく声を上げる。
うん!薄々気がついていたんだよ。こっちって私のクラスの方向だよなぁって。
ルークが指さすのは先ほど飛び出してきた私のいる教室。戻ってきましたよ。
「エルリア様、まずはご自分のクラス見回しました?」
えー、いやえっと、確か座ったまま見回した気がする。
「ほら、あちらです。どうぞ?」
促されてそっとドアから中を覗き込む。その先にいたのは、ピンクブロンドのふわふわカールのご令嬢の後ろ姿!
いやでもあれは間違いない!
ヒロインちゃんだよ!
あれー?
ちょっと思い返してみよう。
きょろきょろと周りを見回した時、そういえば、図体のでかいカタールの後ろにふわふわした髪の毛が見えたような気がする。
横並びの席順で、もしかしてカタールに隠れていたのを見逃していたのか!
納得だ!
まさかの灯台下暗し傍目八目!
流石だね、エルリア!お馬鹿令嬢の名は伊達じゃないね!!
っておい、自分!ふざけるなこのお馬鹿!
ほっかむりしたのもフランスパン丸かじりしたのも全部無駄じゃないか!
ご飯の時間を返せばかやろう~!!
愕然とする私の後ろで、くっと喉を鳴らしてルークが嗤う。
「『傾国の馬鹿』とは素晴らしい二つ名をお持ちだと思っていましたが……」
ぐっ。
そのワードで貶めますかこのやろう。
自分が今一番身に染みてるわ!
八つ当たりでルークを睨むが、彼はまったく気にした様子はなく続ける。
「侯爵家のご令嬢に、ましてや第一王子の婚約者にああも皆さん堂々と噂できるにはエルリア様が大らかなお心をお持ちだからだとは思いますが、大らかすぎて周りを見れないのはマイナスですよ。もっと精進しましょうね、エルリア様?」
怒られた。
ぐぬぬぬぬぬ。
「本日はご案内いただき、ありがとうございました!このお礼はいずれ。」
ぺこりと頭を下げてさっさと教室に入ろうとする。
「ああ、そうだエルリア様」
「なんです」
か?
そう言い終えるはずが、振り返ってすぐ目の前にルークの顔があり、思考が停止する。
硬直した私の耳元にルークは唇を寄せて、
「質問の答えはまたいずれ、」
と囁いた。
ふわりと、昼間彼の胸に抱えられたときにかいだ軽やかなフレグランスが漂った。
ふっと耳朶に息を吹きかけられて、私は耳を抑えて飛び退る。
「あ、なた……!」
ぱくぱく。
口を魚のように開閉しながら、言葉にならない言葉を吐く。
耳まで真っ赤になっていくのが、自分でもわかった。
その様子を見てルークが口を手で押さえ、
「慣れていらっしゃらないご様子で。」
と嗤う。
「エルリア?」
教室の中からクリスに声をかけられた。
「おっと、王子様の登場ですね。では私はこれで。」
さっさと踵を返すルークの背中を睨みつけるが、きっと彼は痒くも痛くもないだろう。
くぅぅぅぅ、覚えてろよ!
お前もいつか見返してやるからな!!
ううーん、ゲームに出てこなかった隣国の使者に主人公のエルリアも作者も振り回されています。なに考えているんだこいつ!?




