正当なものと認めよう、諸君。
廊下に集まったざわつく生徒たちを後目に、肩にかかった髪をかっこよく(私当社比)払いのけて見せ、さっと踵を返す。
毎朝リリアが頭皮マッサージ付きで髪を梳かしてくれるから、髪はサラサラですことよ?マッサージが強すぎてその内禿げそうですけど。
それはさておき。
今日はこれから攻略対象とヒロインの出会いなんだよ!見届けないと!
握り拳を突き上げてやる気を漲らせ、いざ行かんと中庭への一歩を踏み出した瞬間、後ろから声をかけられた。
「ウィスタンブル嬢。」
ん?
あれ、副学園長様ではないですか。
「ちょっと試験のことでお伺いしたいことが。」
試験のこと?
首を傾げて副学園長を見ると、哀れんだように微笑んでくれる。
え、なんですの、その表情は?
「ああ、やっぱりカンニングだよなぁ。」
「馬鹿と名高い彼女がこの順位はないよな。まあでも、加減せずにカンニングする辺りはやはり馬鹿だな。」
なんて騒音が聞こえてくる。
はぁぁぁぁぁぁ!?
「さ、ウィスタンブル嬢、こちらではなんですから教員室に参りましょう。」
私を庇うように副学園長がそっとその背にかくして、教員室まで来るよう促される。
まさかのカンニング疑惑!
なんだって──!
ふと目線を辺りに彷徨わせると、遠くでお互いの肩を叩きながら、堪えられずに笑っているクリスとカタール、そしてそっぽを向いて小刻みに肩を揺らすギース義兄様が見えた。
お前ら!
人の不幸を笑うな!
「ささ、行きましょう。きっと理由がおありなのでしょう。」
慈愛に満ちた瞳。事情を聞いて一緒に悩まんとしてくれている先生は、きっと良い教職者なのでしょう。
目を見れば、わかります。
だがしかしバット!決めつけはよろしくありません!
私はやってない!冤罪だ!弁護士を呼べ!それまで黙秘する!
……ってそうではありません、コホン。
「いえ、私用事がありますので。」
だって、大事なオープニングだ。
最初が肝心っていうものね!
私の見えないところでなにが起こるか怖いじゃないですか!
「おい、逃げるぞ……」
「都合悪くなると逃げるのか。権力を笠に着て……」
って、ええー!
権力なんて使ってないじゃないか。せいぜい心の中で弁護士を呼べっていっただけじゃないか。
なんでこんなに私の地位低いの!?
「ウィスタンブル嬢、大丈夫。私たちは貴方を追いつめたいわけではないのです。ただ、貴方の心の叫びを、聞き逃したくないのです。」
いや、先生。聞き逃したくないなら聞いてくれよちゃんと。私は今人生の岐路になっているんだよ。お願いだから、変な濡れ衣着せずに行かせてくれよ。
そう言いたいが、先生の慈愛の目も周りの目もそれを許してはくれない。
「……はい。」
項垂れてとぼとぼと副学園長の後を追う。
そして至る現在。
「まさか本当なのか……?」
ヒュー先生と呼ばれた私の担任の先生がごくりと喉を鳴らす。
ヒロインちゃんとの出会いの前で気が昂って、先生相手に小劇場を繰り広げて一時間半。
どうしたらこの誤解はとけるのでしょうか?目の前で問題を解いて見せたらいけます?あ、じゃあそれで。同じような問題を出していただければ、解いて見せますので早く解放していただけないでしょうか。
音を上げてそう交渉して、問題を大人しく説き続けて一時間。
そろそろ先生方も現実を受け入れてくれる気になってくれたようです。
そしてその後もさらに数十分。
学園長まで出てきて最終、
「先生方、噂だったのだ。彼女は、正当に試験を受けた」
と他の先生方に重々しく告げた。
その言葉にその場に崩れ去る様に先生方が膝をつき、私に一言一言、絞り出すように謝罪を口にする。
きっと高笑いっていうのは、こういう時にするのよね!?
「ほ、ほほほ、ほーっ」
「ウィスタンブル嬢、貴方も今後誤解を受けるような真似はしないように。」
「あ、なんかすみません。」
高笑いをしようとして、学園長に睨まれた。
デモ、私ナニモワルクナイヨ?
その後ももう一度苦々しい謝罪を受けて(いくつになっても自分の非を認めるのはつらいよね、わかるよ先生!ていうかそれだけ思い込めるだけの私の噂ってどれだけひどい話が出回っているのでしょうか?)、解放されたのはかれこれ三時間後だった。
教員室を出て、一息つく。
クラスに戻ると、机に簡単な手紙が二通、置かれていた。
『おつかれさま、エルリア。
用事がありカタールと先に出る。
追伸
流石だね、エルリア。 C.』
『おつかれ、エルリア。大丈夫だったかな?
今日のことは気にすることないよ。
エルリアの評価は難しいから。 G.』
……クリス、なにが『流石』なのかしら?
ギース義兄様?評価云々ではないですよね、試験の結果をそのまま見たらいいだけですよね?
……帰ろう。
帰り道の試験結果が張り出された廊下、そこで、順位表の私の欄の下に、
『正当なものと認める。学園長』
との手書きの一文が安っぽいテープでぴらりと張られ、廊下を通る僅かな風に時折揺れて、はがれそうになるのが見えた。
窓の外に目線を移す。
ひらりひらり。
ピンク色の花びらが美しく舞う。
日差しく柔らかく差しこみ、緑がさざめく。
春。出会いがあり、たくさんの人の新たな物語が始まる季節。
きっとこんな美しい景色の中、優しく風が吹く中、鳥が歌を奏でる中、クリスたちとヒロインちゃんは、運命の出会いを果たしたのだろう。
ゲームの運命の一日、悪役令嬢は一切の登場も許されずに、ただ過ぎていった。
……いったいなにしてるんだろうなぁ。
しょっぱい気持ちで立ちすくむ。
ちょっとでいい。空回った私のやる気を、ちょっとだけでいいから、返してほしい。
じゃないと、ちょっと目から汗がでちゃいそうなんだ。
地球よ、オラに元気を分けてくれ。……ってここ地球じゃなかったね☆
エルリア(ノД`)・゜・。
お読みいただき、ありがとうございます!
冤罪ダメ!絶対!




