ディフェンスに定評のある悪役令嬢
お読みいただきありがとうございます!
もしタイトルから醸し出される汗の香しさに惹かれていらっしゃった方がいましたら、大変申し訳ありません。汗だくになって「速攻!」とか言ってる悪役令嬢は出てまいりませんので、悪しからずご了承ください。
そろそろ、疲れてきましたわ。
というか、最初のダンスで体力を消耗しすぎた。
「エルリア。」
「クリストファー殿下。」
おつかれー!
声には出さないが、互いに目線で労いの気持ちを送る。
「一度、休憩しておいで。今日は時間が長い。ここらで休みを挟まないと、つらくなるよ。」
やったー!私も休みたいと思ってたんだよ!
「ありがとうございます、殿下。」
「カタール、今日はなにがあるかわからないからお前がついていてやってくれ。」
「ああ。」
「じゃあ、カタール、行きましょう。」
エルリアの後に続こうとするカタールに、クリスが声をかける。
「お前、変な真似はするなよ?」
「変な真似って、どんな真似だ?」
クリスを挑発するように、カタールが笑う。
「わかっているだろう。今日は私と彼女の婚約披露だ。そこで変な噂が立つようなことはするなよ。」
「エルリア、ちょっと待ってて。ああ、そうだ、なんなら休憩に欲しい菓子の目星だけつけておいて。あとで持ってくるよう言うから。」
カタールがエルリアを遠ざける。
離れたのを確認して、カタールがクリスに向かい合う。
「なぁ、クリス。婚約披露のパーティーを国王陛下が渋った理由、誰よりもエルリアの言葉を信じてやってきたお前なら、わかっているんだろう?隣国との関係改善、それで一番に思いつく方法。」
クリスの体が硬直する。
確かに、国王陛下はこの披露パーティーについて、学園卒業後でもよいのではないかと提案された。
あくまで、提案だ。
命令ではない。
だが、伝統だからと頭の固い連中を味方につけて、今日開催を押し切った。
「大局のためなら、女一人に執着しない。不要になったら、都合が悪いなら、切り捨てる。それを求められる地位にいる。……お前の大変さは、ずっとそばで見ていた俺だってよく知っている。けど、俺はあいつも大切なんだ。ずっと一緒にやってきた幼馴染だ。もしお前がそうしなければならないなら、……俺がもらってもいいだろう?」
カタールがまっすぐに、クリスを見据える。
ずっと昔に、国王である父上に、
『時期が来て彼女が相応しくないのであれば切り捨て別のものを据える』
と伝えたことがあった。
でも、それは単なる虚勢で、実際には起こり得るわけがないと思っていた。
根拠もなく、彼女と寄り添って、カタールが傍で軽口をたたく未来は必ず来ると。
「エルリアが待ってる。行くよ。」
クリスは、肩を優しく叩いて去っていくカタールの背を、複雑な心境で見送った。
**********
「ねぇ、カタール?ここって王族専用では?」
普段は出入りできない庭園だ。
カタールがその庭園の入り口で、兵に一言二言を伝えて、入っていく。
「そう、今日はクリスがお前の休憩場所にって用意したんだ。他の庭園だと人に捕まるだろうからって。控えの部屋でもいいんだけど、今日は外の空気の方がいいだろう?」
そうね。
今日のホールは熱気がこもり、いつも以上に暑かった。
外のひんやりとした空気が、心地よい。
回廊を挟んだ大ホールから、軽快な音楽や笑い声が漏れ聞こえてくる。
今日は成功と言ってもいいだろう。
たくさんのお小言をもらったし、叱責もされたが、それでも私を祝ってくれる人もいた。
こんな私でも、まぁしょうがないと笑って許してくれる人がいて、嬉しくて胸がじんわりと温かくなる。
「ああー!疲れた!!」
声に出しながら、背伸びをして体をほぐす。
淑女としてはしたないなどは聞かん!
血行良好最高!
うん、私にラッパーの才能はないな。
「お疲れさん。ダンスすごかったな。」
「呆れてるんでしょう?」
「そりゃあ呆れるさ。普通だったら、淑女らしくないって今頃大顰蹙だ。」
「ううっ」
クリスがなにか覚悟したみたいに、真剣な目をしていたから、思わず逃げるためにダンスを利用した。
けれど、そうだよね。
オーケストラの素晴らしさに皆の意識が集中したから、叱責はまだ可愛いものだったけど、良くはないよね。
あとでオーケストラの皆様、特に指揮者の方のところに謝罪とお礼に行かなきゃ。
「それより、お前足ケガしているだろう?」
「え?ああ、気が付かれちゃった?慣れない靴だから、ちょっと靴擦れ。」
「見せてみろ。」
カタールが、ベンチに座っている私に跪くようにして腰をかがめ、足を手に取る。
イケメン騎士様に傅かれるとか!役得!!あざーす!!じゃなくて。
「ああああ、あの、カタール!いいから!自分で!自分でやるから!!淑女として足を見られるのは恥ずかしいものなのよ!?」
「なに言ってるんだよ、今更。お前、散々裸足で走り回ってただろうが。」
ふっ、と息を漏らすようにカタールが笑う。
いやまぁそうなんだけど。
でも、昔と今は違うというか。今の状況が恥ずかしいというか。
「ああ、皮がむけて血が出てるな。脱がすぞ」
言うが早く、ヒールの靴が脱がされて動揺する。
「待って!自分で、本当に自分でするから。やめて!」
「そんな言葉、きけない。」
カタールに足首を掴まれる。
「エルリア、水をかけるから少し上げて。」
つい、とスカートの裾を引っ張られる。
治療のためだとはいえ、スカートの裾を上げるとか恥ずかしい。
前世だったら大丈夫だったのになぁ。これが教育か!
ううー。
羞恥で顔が赤くなるが、これ以上照れていたらきっとカタールにつっこまれて終いには馬鹿にされかねない。
『お前、なに意識してるんだよ?』
って。
あ、なんか想像するとイラっとしますわね。
おずおずと、足首のちょっと上くらいまでスカートを上げる。
水をかけられて、いつの間に持ってきていたのか絆創膏を張られる。
用意がいいな、相変わらず。
彼は面倒見がよいのだ。
幼い頃、私たちが無茶をしたときに一番に止めるのは、意外とカタールだった。
やんちゃそうに見えて、冷静で、物事の分水嶺を見極める力がある。
だからこそ私たち彼に止められるまではなんでもやったのだが。
カタールは、かっこよくなったと思う。
背が伸びただけじゃない。
ずっと鍛錬を重ね、クリスの側近となるべく勉学に励んできた。
人懐こく笑うその下で、人や物事をじっと観察して判断し、クリスから見えない部分を見ようとする。
あの幼い頃のお茶会の日より、ずっと大人びた。
ああ、そうだ、大人びたのだ。
幼馴染の彼が、まるで知らない人のように見える。
上の空でじっとカタールを見つめていたら、ふいに彼と目線が合って心が跳ねた。
「エルリア?」
焦ったのをごまかすように、目の前にある幼馴染の頭を撫でる。
「大きくなりましたわね、カタール。」
いつもの仕返しですわよ!
子ども扱いされてちょっとは照れるがよい!
なんて思っていたら、その手を取られて口づけされる。
カッと一瞬で頬が染まるが、またいつもの冗談だと思いたつ。
「カタール!そういった冗談はやめてって……」
「なぁ、」
その声に被さるように、カタールが言葉を吐く。
「俺はいつになったら、お前に単なる幼馴染じゃなく、男として意識してもらえるんだ?」
カタールが立ち上がって、私を閉じ込める様に、ベンチに腕をもたれさせる。
エルリア、
そっと耳朶を打つ声は、まるで焦がれているように聞こえた。
カタールの真剣な双眸に見つめられて、ますます頬が上気していく。
彼の目を見ていられずに視線を逸らす。
それを見て、彼がふっと鼻で笑う。
「この前のクリスとのキスで、俺たちを少しでも意識できるようになったか?なら、クリスに感謝だな。」
カタールが耳元で囁き、ついでとばかりに耳朶を甘噛みする。
ぞわりと肌が粟立つ。
おおおお落ち着けー!
今魔法の言葉をーってむりだ!
出てこない!
むりげーだよこんなん!
「お菓子!お菓子食べましょう!?」
「はっ?」
「カタールが好きな、甘さ控えめなチーズのタルトも選んでるの!さっさと食べて戻りましょう!クリスが待っているもの!!」
カタールが呆気にとられて口を開けている。
「あの!美味しそうなナッツ入りのクッキーもあったの!ナッツは疲労回復にいいんですのよ!ね!」
カタールは慌てふためく私をしばらく呆然と眺めていたが、ややあって、くくと喉を鳴らして笑い出す。
「そうだな、まだお子様だったな。悪かったな。」
ポンポンと、頭を撫でられる。
お子様と言われて、ぐうの音も出ない。前はカタールの方がお子様だったくせに!
ううー!
またなんか負けた気がするー!
前世でもっと三次元の免疫をつけていればこんなことには……!
はっ!もしかして私、前世からやり直さないと一生高笑いできないんじゃ……。
いえ、諦めたらそこで試合終了ですものね。
ええ、先生。私はディフェンスに定評のある悪役令嬢になってみせますわ!
どうか見ていてくださいませ!
絶対にあきらめませんことよ!
いつかは!
いつかはきっと吠え面かかせて高笑ってみせますわ!
……うん、きっと、多分……。
作者「カタール、言葉攻めで甘く……」→カタール「いいぞ」→作者v(o ̄∇ ̄o) ヤリィ♪→カタールの攻め→エルリア・作者「もう止めてください!!!!!」→カタール「エルリアは可愛いから許す。おいそこのくそ作者、お前これからエルリアを口説こうってのにお前なにしてくれてんだ?一遍死ぬか?俺の剣の錆びになれることを誇りに思えよ?」→作者 (((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル逃げ、逃げなくちゃギャー―――――!(←今ここ)
読者の皆様、お付き合いいただきありがとうございます!!!
……そして作者はそろそろ消されるんじゃなかろうか。社会的に。




