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指揮者(前)

クリスのターン2(*`・ω・)ゞ

 




 パーパラパーパー♪パーラッパパーパ♪


 ファンファーレの音が聞こえる。

 ……なんか、馬券買いたくなるようなファンファーレですわね?

 って、だめだめ。エルリア、貴方は淑女でしょう?

 単勝なんて、なぁに、それ?って言わないとね。

 ……攻めるなら3連単ですわよね。

 おっと、いけないいけない。勝負師だったことなどありませんよ?

 まぁでも、この世界にもその先駆けみたいなのはあるのよね。今あるようなマッチレースもいいけど、やっぱりステークス方式を取って、掛け金も国で管理して我が国の収益の一つにしたいわね。意外と、持てる者(貴族)は博打事には金を吐き出すしね。そうなればクリスに構想を相談して、競馬場を作って、更には王宮杯みたいなメインを作って、そうだわ、以前父様に出発を無茶振りされた視察先の領地が、馬の産地だったはず。これに託けて領地に予算ぶんどって、これは早速計画書を作らないと。




 なんて逃避しているけど、とうとう来てしまいました、婚約披露パーティー。




 今日はさすがにリリアに髪を任せるわけにはいかず、いえ、最初はやってもらっていたんだけど、失敗しすぎて時間が無くなってきたので、別のメイドに急遽頼みましてよ。

 きれいに仕上がりました!



 はぁぁぁぁぁ。



「今から自分の栄えある婚約披露パーティーに登場だというのに、暗いね、エルリア?」


 登場を待つ薄暗かりの中、隣に立つのはもちろんクリス。

 イケメンですね!

 こんなに暗いのに、なんでそんなきらっきらしているんですかね?なにか光るものをまぶされているんですかね?内側から光っているの?恒星なの?

 クリスの格好良さはゲームそのものなのはまぁ、いい。


 ただ、なぜだ!


 胸を張って歩くための、あのたわわなふくらみはなぜ私に与えられないんだ?

 なぜ、あのゲームほど、育たなかった!

 もうすぐ学園に入学だというのに、なんでこんなに控えめなんだ!

 15歳になってむきむきと育つものだと思っていたんだけど、あれか、腹筋のために鍛えすぎたのがだめだったのか?けっこう低いので、一抹の寂しさを感じなくはない。

 せめてクッ○姫の3分の1でも……。



 こほん。まぁそれは良い。




「暗くもなりますわ。そもそも、婚約なんて(その)気なんてなかったのに。そして今からこのドレスで出なくてはいけないなんて。ああー、今から気が滅入るなぁ。」


 きっと私は今死んだ魚の目をしているだろう。あの、スーパーで山になっている秋刀魚の目だ。

 ……醤油かけた焼き秋刀魚食べたいな。



 バッドエンドが嫌だったが、それ以上に今はこのドレスでパーティーに出るのが嫌すぎる。

 なんだこれ。

 むしろ、そんな心境になれたことを、クリスに感謝すべきなのか?

 悪役令嬢のバッドエンドより怖いことがあるなんて……。


 いや、けっこうあったな。父様に喧嘩売ったときとか。




 と、他の人が聞いたら不敬だと叱責される物言いなの、クリスは動じずいつもみたいに笑っている。

 私が文句を言うのがいつものことだからだろうか。実は、クリスは懐が深いよね。




 登場の合図があり、兵士たちが扉を開けて腰を折る。




「さぁて、行こうか、婚約者殿?」


「そうね、まぁ一日一日、楽しまないとね。今日もよろしくね、クリストファー殿下。」



 苦笑して、差し出された手に自分の手を重ね歩き出す。


 眩しい。

 薄暗い場所で待っていた私たちは、目がくらむように眩しい王宮のホールに足を踏み入れる。


 喧騒とまばらに打たれた気の早い拍手を耳にしながら、微笑んで歩を進めていく。

 まずは、国王陛下、王妃陛下の元に跪き、お言葉をいただく。


「クリストファー、今後も王太子として、励めよ。」


 はい、とクリスが応える。


「エルリア=ウィスタンブル、今後もクリストファーを支え、ゆくゆくはこの国を共に治めてほしい。そのために、我らもできるだけそなたを後押ししよう。」


「もったいないお言葉にございます。身に過ぎたことでございますが、クリストファー殿下とともに、この国に身を賭しまして尽力させていただく所存でございます。」


 (こうべ)を垂れて、ただ国王陛下、王妃陛下に忠誠を誓う。


 私はこの場に来るまで、どのような心境でここに立てばいいのかわからなかった。

 ゲームが始まるまで、未来を考えるのは保留にしていた。けれど、陛下の御前で誓う未来への約束。


 言葉はすんなりと出てきた。嘘偽りはない。

 でも、いつかこの言葉が夢幻だったように思うのかな。

 陽炎のように消えちゃったりするのかな。

 言いようのない感情が心を澱ませていくのを感じながら、足元の絨毯を睨みつけ、ただ国王陛下から顔を上げる許しを待っていた。



 挨拶が終わり、笑顔を張り付けて今度は貴族たち向けて国王陛下がクリスと私の婚約を言葉にして披露する。

 歓声があがり、盛大な拍手がわき起こる中で、あちこちから耳に飛び込んでくるこの声。



 ……あんなわかりやすく……

 ……まぁ、はしたない!……

 ……でもずっと殿下に懸想していたというし……

 ……ちょっとくらいはまぁ目を瞑ってあげても……

 ……ご自分が殿下のものって主張しすぎてていやらしいわ!……

 ……殿下にベタぼれだってことだからね、……

 ……この国の未来が、……




 ほらあ!

 ほらあ!


 だから言ったでしょう、このドレス着たらどう思われるかって!

 予想していた通りじゃないですか!

 そして皆の目!

 あのすごく残念なものを見る目!

 そんな残念な子を見る目で見ないでくださる?

 そしてめっちゃため息多いな!

 二酸化炭素濃度が高いぞ、ここ!



 それらを聞いて、隣でクリスが皆にばれない程度に声を出して笑っている。

 お前のせいなんだけどね!?

 そしてこの国の行く末さえ心配されているけど!?そのへん殿下気にされてますか!?


 もう今から婚約解消した方が……いや、だめだな、今この席でそんな真似をしたら私に明日は来ない。

 父様に消される。ゲームより、そっちの方が死亡する確率が高いぞ。






 ファーストダンスのために、階段をクリスに手を引かれて下りていく。


「聞いたか、君はずっと私に懸想していて、ベタぼれらしいぞ?」


「事実と異なることが多くあるようですね。」


 嫌味を多大に含ませて、にーっこりと笑ってやった。そんな顔を面白げにクリスは見つめる。

 ちっ、少しは悔しがれ。


「はは。さて、ファーストダンスだ。踊るぞ。」


 クリスタルのシャンデリアが煌めくホールへたどり着く。

 今夜は私たちの婚約披露パーティーなので、主役としてこんなだだっ広い空間を二人で踊らなければならないのだ。


 ううーん、最近は少し慣れてきたけど、王宮の何百人の前でダンス披露ってただの罰ゲームだよね?


 ダンスホールの前で一度手を離し、二人で向かい合って互いに礼をとる。クリスに手を差し出されてダンスに誘われる。

 指揮者(コンダクター)がその様子を見て指揮棒を振り、繊細に、優雅に曲を奏でていく。細い弦から始まる音の波に、微かに肌が粟立つ。

 いつ聞いても、このオーケストラの音は見事だ。


 音に合わせて呼吸を整える。慣れていても、一歩目を踏み出すこの時だけは、少し緊張する。

 だが、その一歩を踏み出してしまえば、私たちの手足は相手に合わせて勝手に、そして共に、動きだす。



 何度クリスの手に、己の手を重ねただろう。


 彼のいつものように王家の紋章が入った白いグローブに視線を落とす。



「きれいだ、エルリア。」


「ありがとうございます。クリスも、今日()かっこよくて素敵ですよ。」


 いつもの私をからかうときの少し意地悪な声だ。口ばかりのお世辞と受け取り、冷笑してとりあえずのお礼を言い、ついでに嫌味スパイス入りの褒め言葉を伝える。



「……君と、何度こうして踊ったかな。」



 同じようなことを思うものだ。あの幼い日から、私たちは婚約者としてずっと、踊ってきたもんね。



「……さぁ。練習を入れればそうとうの数いくでしょうね。」


 応えると、ふっと、小さく息を吐くのが聞こえた。

 そっと見上げると、他意のない、朗らかな笑みを浮かべている。

 最近では、貴族たちとの化かしあいも多いせいか、感情を押し込めた作り笑いを浮かべるばかりだったから、わずかな驚きを感じた。


「そうだな、踊った回数だけは、カタールにもギースにも、勝てる。君のダンスの相手(ここ)は、婚約者(わたし)の場所だからね。」


「なんですか、それ。」


「私が公務で不在の間も、君とカタールはよく一緒に訓練していただろう?そして、ギースは家族だから、過ごす時間が多かった。でも、ダンスだけは私の方が君を、君の癖も、好みの振りつけも、君が楽だと思うホールドも、知っている。つまらないことだと言われるだろうけど、それがひどく嬉しかった。私の、ささやかな自慢だったんだ。」


「……この大舞台で、要らないことをしゃべっていると、足を誤りますよ?」


 そう言いながら、普段と異なるステップを踏む。


「ふふ、何度君と踊ったと思うの。そんな無様な真似はしないよ。」


 少しも動揺せずに、そのステップについてくる。


「私は君と踊っているときは、君しか見えないんだ。君しか、感じない。おそらく、こうして踊っている間は、君より君の体を知っていると思うよ。」


 腰に添えられた手が、私を巧みにリードする。

 ただ一人で練習をするときより、体が軽く感じる。

 何度も何度も、婚約者である彼と踊った。確かに、私の体は誰よりも彼のリードに慣れているとは思う。が、そういう恥ずかしい物言いはやめてください、クリス!私の方が足を誤りそうですわ。


「エルリア。」


 呼ばれて顔を上げると、角度が悪かったのだろう。

 クリスの後ろからシャンデリアの光が目に飛び込み、眩しくて眩暈を覚えた。


 ちかちか

 目の奥で光がちらつく。


 クリスの柔らかな笑みに、先ほどの驚きが今度は小さな痛みに変わっていく。体の真ん中がざわつき、胸を内側から多数の棘で突かれているようにチクチクする。


「はい。」


 ちかちかちか


 返事をしながら、私の勘が警告を続けてくる。聞いちゃだめだよって。これ以上、聞くべきじゃないって。


「ずっと君に礼を言いたかったんだ。」


「礼、ですか?」


「そう、幼いころに君と会ってからずっと隣にいてくれてありがとう、って。」


「そんなこと……。」


「幼いあの日、お茶会で頭を打った後に、君が私に言ってくれた言葉を覚えている?」


 きっと、その言葉は答えを待つものではない。


「君は、私が素晴らしい人間になれると、国を統べるに値する人間になれると、心から信じきった目をして、言ってくれたんだよ。周りの重圧に負けそうなときに、そんな人間に本当に自分がなれるのかと、誰よりも疑っていた私を、君は信じてくれた。」


「……。」


「君を選んだのは、侯爵家の地位を選んだからじゃない。あの信じてくれた目を、ずっとそばに置きたかった。その期待を裏切らないよう、努力し続けられるように、君が必要だと思った。そして、私の勘は正しかった。君はずっと信じてくれた。何度でも私の未来を信じて叱責してくれ、励ましてくれて、そばで笑ってくれていた。私の歩む先は、この国とともにあるのだと。君がいたから、私は今こうしていられるんだ。」


「……買い被りですね。私がいなくても、貴方はその道をご自身で歩いてこられましたよ。」


 そうだ、私は知っている。私がいたからそうなったわけではないことを。

 だって、貴方はヒロインに出会い結ばれ、悪役令嬢(わたし)を処罰して、立派に国を治めたとなっていたもの。

 私がいなくても、貴方は正しく道を歩めたはずだもの。


「エルリア」


 もう一度、名前を呼ばれる。その声は、甘くて、熱を帯びている。



 やめて、その声で、私の名前を呼ばないで。


 無意識に叫びそうになって、なんとか堪える。






 裏切られるのは嫌なの。







 それなら、悪役令嬢として、ただ処罰される方が、ずっといいの。










作者「クリス、言葉攻めでベタ甘にしてほしい。」→クリス「断る。エルリアに告白する。書け。」→作者 (・д・)チッ →クリス「舌打ち?不敬で処刑するぞ、このくそ作者。」→作者「すいませんっした!」渋々クリスの告白シーンを書こうとする。→エルリア「ん?なんか嫌な予感がする!」(←今ここ)

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